第17話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 17



「お久しぶりです。一応自己紹介いります?」

「刹菜にくっついてるストーカーだっけ? あいつも物好きだよな、こんなのつれてるなんて」


 色々言ってくれるがそんな事はどうでもいい。

 本題にさっそく入らせて頂く。


「単刀直入に伺います。運営費は今どこにありますか?」

「は? 何だそれ?」

「一応こちらには目撃証言もありますし、事を大きくするのは先輩も困るんじゃないですか?」

「だから何言ってんだよ、意味わかんねえ」


 威圧をむき出しにし、ギロっと睨んでくるがそんなので怖気づくとでも思ったのか。

 あいにくを中学時代に散々相手してきたからな。慣れたくはないが免疫はある。


「生徒会だけで収まってる今なら大事にならずに済みます。このままだと教師も関わってきますから今後の学校生活に支障が出るかもしれません」


 その発言にも何も言わず、じっとこちらを睨むままだ。言葉で揺さぶっても効果がないとなるとどうするか。力尽くで連行なんて出来る訳がない。

 だんまり状態で膠着する中、突然携帯の着信音が鳴る。俺じゃない、皆川だ。携帯を取り出すとこいつは俺を無視して普通に電話に出た。余裕のつもりだろうか。


「……分かった。んじゃ向かわせるわ」


 電話を切った皆川は再度こちらに視線を向けるとフッと鼻で笑い、


「屋上に行けよ。お前の言う犯人さんに心当たりがあると言ってる人物がいるらしい」

「見え見えの罠に簡単に乗るとでも? というか心当たりじゃなくて本人じゃないのですか?」

「お前をハメたところで何も得ないだろ。大体生意気だって思うならぶん殴ってるし。ま、あとはご想像にお任せする」


 ヘラヘラした態度を取ってはいるが嘘をついていないだろう。というかそんな回りくどい事をするならこのまましらを切って、無視した方がいい。それくらいこいつにとって、俺は眼中にないはずだ。

 どうする? 誰かに伝えて、何人かで行くか? しかし一緒に行ってくれそうな人物なんて数人しか浮かばない。生徒会は今は来賓者の対応中で刹菜さんは……頼れない。

 これ以上心配かけたくないから。

 決意した俺は皆川を一瞥し、そのまま近くの階段を昇った。

 文化祭も残り数時間だ。そしたら後夜祭で刹菜さんと一緒に踊ったり、次の休みにはまたデートしたい。それだけじゃなくてまだまだあの人と一緒にやりたい事はいくらでもある。

 その為にもこの不安要素だけは片づけておきたい。あの人の隣にいるのに泥棒の烙印を押されるのは勘弁だしな。

 そんな考えを巡らせている内にもう屋上が見えてきた。正確には踊り場だけど既に人影が見えてきた。一歩、さらに一歩と近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなる。

 どうする? 俺に犯人を抑える権利はない。だが逃げるようなら身体を張ってでもここから逃がす訳にはいかない。

 さあ屋上だ。覚悟を決めて、俺は踊り場へ足を踏み入れた。

 人影じゃない。この目で面を拝ませて頂くとしよう。



 犯人候補を浮かべているで皆川とその仲間達が上がっていたのは言うまでもないだろう。現文化祭実行委員会に対して、不満を持っている人物なんて彼くらいだろう。そしてその彼が実行委員の仕事を放棄した理由、それは明確ではないけれど思い通りにいかなかったからとうのが理由で彼以外にも何人かが抜けた事も覚えている。

 しかし俺は見落としていた。いや忙しさを理由にそんな事を気にする余裕がなかったのかもしれない。

 そう、目の前にいるこの人も実行委員を辞めていた事、そして皆川のグループの一人だったという事を。


「……お久しぶりですね、マ……柊先輩」


 思わずマキナさんって言いそうになったがきちんと言い直した。見間違えるはずがない。何かの間違いか? もしくは俺が聞き間違えて、本当は屋上ではないのか?

 呆然としている俺をよそにマキナさんは不満そうに口を開いた。

 

「何だ、来たのって後輩の方じゃん」

「一応雨宮って名前があるんですけど」

「陰キャみたいな見た目なんだから皆同じでしょ。というか刹菜呼んでないのかよ」

「あの人多忙みたいなので……ところで何でここにいるんですか?」

「……ま、仕方ないか。で、あんたが欲しいのこれでしょ?」


 そう言って、膨らんだ封筒をスカートのポケットから取り出す。

 間違いない、だ。でもどうしてだ。どうして彼女が犯行に関わってるんだ? この人は皆川にいじめられていて、俺達が助けたんだ。あいつの為になるような真似なんて是が非でもしたくない……はずだ。


「理由を聞いてもいいですか? それと呼びだしたからにはただでは渡してくれないと思うのでそっちの要求もお聞きします」


 慎重に口にした。挑発的な態度はまずい。今お金を手にしているのは彼女なんだ。どんな行動をとるにせよ、お金がこちらに戻ってこない展開だけは避けなくてはならない。

 するとマキナさんは軽くため息を吐いて、口を開いた。


「色々とあんのよ。洋一も色々大変みたいだから、私が手伝わないとだし」

「洋一?」

「は? あんた私の彼氏知らない訳ないよね?」


 桑間先輩って洋一っていうのか。まあそれはどうでもいい。


「私もちょいと迷ったんだけどね。まあ友情か彼氏かって言われれば、男取るでしょ。刹菜には悪いけどさ」

「……それで要求は?」

「察し悪りーな。つまり今回盗んだ犯人を刹菜に仕立て上げようってんの!」


 聞いているだけで怒気が溜まっていく。同時に吐き気もだ。

 この女、助けてもらった恩を仇で返そうっていうのか。ふざけるにも大概にしろ。


「つかお前が呼べば刹菜来るんだろ? 早く呼べよ」

「はい、そうですかって言う通りにするとでも? 馬鹿にするのもいい加減にしてください」

「後輩のくせにうぜぇな。キモくて、うざいとか何の為に生きてんの?」


 全く同じ質問を投げてやりたい。お前こそ大事にしてる彼氏と別れたら、何の為に生きるんだよ。


「……今回の犯行って浅間先輩や他の三年生も一緒ですよね? はっきりいって、その辺の人達にはメリットがあると思いませんが」

「結衣はあれだろ、良太郎の為なら何でもするってやつ。大好きだから何でもしちゃうとか怖いよね。言われたら援交とかもすんじゃねーの。男子達は元々気に食わなかったからでしょ。刹菜って顔はいいけど誰とでも仲良くなりたいとか平気で口にするもん。いつも聞くたびに笑うの堪えるの辛れぇんだよなー」


 無理。こんな奴助けるんじゃなかった。もういい、知らん。

 激高に駆られ、思わず拳を握った俺はそのまま大きく手をあげようとしたがその瞬間マキナさん、いやマキナが薄ら笑みを浮かべた。


「いいの? もしここで私が大声出せば、あんた終わりだよ」


 振り上げた手が止まった。

 そりゃそうだ。いつでも自分に有利な展開に持ち込める為にこんなとこまで呼び出したんだ。おまけに下の階は文化祭で人が賑わってるので騒げばすぐに人が駆け付けるだろう。

 少ない脳みそでよく考えたもんだ。


「わかったら早く刹菜呼びなって」

「……俺一人を犯人に仕立て上げるじゃ駄目ですかね?」

「はあ? 別にあんたなんかどうなっても興味ないし、こっちには意味ないの。いいから早く呼べよ!」


 駄目だ。交渉は決裂、このまま硬直状態を続けていてもこちらに得はないだろう。

 かといって、あの人を呼ぶのだけは駄目だ。自分が助けた友に裏切られるなんて友達想いのあの人が絶えれるはずがない。泣くだけならいい。もし心が折れてしまえば、ユウナになるどころか自身がいじめられる対象になる。

 そしてきっと連中はそうなる事を望んでいるんだろう。運営費を盗んだ犯人が委員長なんてもう誰からも信用される訳ない。だから絶対に来させちゃ駄目なんだ。


 でもその俺の願いは儚く崩れ去った。


「蒼? それに……マキナ?」


 その声に思わず絶句した。

 おい嘘だろ……どうして……このタイミングで……。


「……何で……ここに……?」

「蒼が顔色変えて、走っていくからついていったら、良太郎と話してるのを見て、その後ここに向かっていくのを見かけたから良太郎に聞いたんだけど全然教えてくれないから追って来たんだけど……」


 事態が把握出来ていない彼女は戸惑った様子で俺とマキナを見る。

 そしてすぐに彼女の手に持っている封筒に目がいった。


「マキナ……何でそれ……」

「あー遅いよ刹菜。あと来るなら一人で来ないと。あ、良太郎がこいつを来させたんだっけ? まあ来てくれたならいいや」

「どういうこと? ちゃんと説明して!」

「それは後でするからさ……あのさ刹菜……悪いんだけど良太郎達の為に犠牲になってくれない?」

「犠牲?」

「そ。これ盗んだの、あんたが犯人って事にしてほしいの」

「ふざけないでよ!」


 まずい。打開策が何も浮かばない。

 万が一、俺と刹菜さん二人で無理矢理金を取り返しても、彼女がこの学校で前みたいに振舞う事は二度と出来ないだろう。そうすれば俺との約束も叶えられなくなる。


「ふざけてないの。ただあんたが邪魔なの」

「邪魔って……私が何したの?」

「私だって悪いとは思うけど洋一が頼む訳だし、良太郎も昔の事は謝ってくれたからさ。結衣も協力してくれてるし」

「……嘘だよね? マキナも結衣も……友達だよね?」


 辞めさせないと。もうこれ以上彼女を絶望に叩き落す訳にはいかない。

 でも何も思い浮かばない。どうすんだ、どうすればいいんだよ!


「それにさー、前に転校しちゃった子いんじゃん? 名前覚えてないけどね。実はさー私の友達がその転校先にいるんだよねー。で一応いつでも連絡取れるって訳」

「……いじめるつもりなの?」

「そんな怖い顔しないでよ。冗談だから」


 このままマキナの挑発に乗り続ければ、俺達は彼等の要求を飲まざるを得ない。

 それだけは避けなきゃいけないけど無理だ、無理だ無理だ無理だ。こいつを黙らせるには気絶くらいはさせないといけない。でもそんな道具はないし、俺みたいな非力な男が襲ったところで返り討ちにされるのがオチだ。

 じゃあどうする……どうすれば刹菜さんを助けられるんだ。







 思えば俺の高校生活なんて最初は青春とかけ離れたものだった。実行委員だってやりたい訳じゃなかったのに勝手にさせられていた。

 でもそのおかげで彼女に出会い、毎日が楽しくなっていた。

 あぁ、これが俺の求めていたものなんだなって心の底から感じられるようになっていた。昔みたいに厨二病で強がる事もなく、好きな人と過ごす日々を今もそしてこれからも続けていきたい。


 だけどそれ以上に好きな人の笑顔が見れなくなるのはもっと嫌だ。


「おい」

「あ?」


 マキナがこちらに振り向いた瞬間だった。

 俺が距離を詰めて、彼女の手元にある封筒を奪おうとする。一瞬の隙を上手くついたのですぐに取り上げられた。だが同時にマキナが大声で叫ぶ。

 ああ、それでいい。予想通り動いてくれ。

 刹菜さんはそのままでいい、そこで何もしないでくれればいいんです。

 連中にはあなたに指一本触れさせません。

 すぐに階段から何人かの生徒が上がってきて、その先頭に立っていたのは皆川と見覚えのある取り巻きだった。大方すぐに駆け付けられるように待ち構えていたんだろう。

 さあ舞台は整った。始めようかと連中を見渡した俺は言葉を発する前に刹菜さんの方を振り向いた。


「……蒼?」

「刹菜さん、あとの仕事頼みます」


 それだけ伝えた後、すぐに演技に入ろうとした。腕を組んで、高笑いする。こういう悪役を丁度ラノベで見たばっかなので自ずとキャラが脳裏に浮かんでくる。

 どうせなら口調も真似てみるか。


「何だよ、雑魚が群がって……せっかくいいとこだったのに」

「は? 何だ、お前。マキナに何したんだ!?」


 怖い怖い。てかこいつ桑間か。お前も皆川に騙されてんだよなぁ、まあ何もかもがどうでもいいけど。



「別に。俺が盗んだ金をこいつら二人が無理矢理奪ったから、奪い返しただけ。本当意味わかんねえよな。お前らみたいに仕事放棄した奴らが真面目に仕事してた俺に説教するとか。何が文化祭の為だよ? そんなのよりも俺が使ってやった方がはるかに有意義なんだよ。ちっとはその馬鹿な頭に記憶しとけ。あ、馬鹿だから無理か。どうせろくに仕事も出来ない連中だもんな」



 この日、志閃高等学校の文化祭で初の大事件が起きた瞬間だった。

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