第16話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 16



 文化祭二日目。今日は土曜日という事もあり、一般来場者が昨日よりも増大で運営本部も実行委員のみの対応では手が回らず、生徒会や教職員の面々、いやそれでも足らず猫の手も借りたい始末な状況。

 結論としてあれから犯人捜しに考えを巡らせてはみたものの、疲れのあまり、そのままお布団へバタン。夢の世界まで一瞬だった。

 ただ心当たりがない訳ではない。午後の休憩時間にでもあたってみよう。


「雨宮君、これお願い」

「はい」

「雨宮君、PTAの役員さんのご案内を」

「は、はい」

「雨宮君、後夜祭で使うペンライトの準備を」

「……はい」


 情報共有がきちんと出来ていれば、ほとんどは解決出来る案件なのだがまあご察しの通りだ。刹菜さんもクラスの仕事以外は代表対応という事でろくに話す時間もとれやしない。


「雨宮君。今大丈夫?」

「大丈夫ですよ、生徒会長。で?」

「ちょっと生徒会の方の出し物でトラブルがあったみたいなんだ。少し見てくるから離れる」

「了解です」

「それと……例の件ももし何かわかれば」

「釘指さなくても分かってますから」

「ならいいんだ」


 それだけ告げ、さっさと教室を後にしていく生徒会長。あの様子だとまだ疑いがかけられているな。


「蒼―、いるー?」


 その入れ替わりに今度は刹菜さんがひょこっと扉から顔を出してきた。


「どうしました?」

「私の方は一区切りついたから、こっちどうかなって」

「一応そこそこ忙しいですがある程度は」

「そっか。一応私の方から手が空いている人はこっち手伝うようにって連絡したんだけど、人増えた?」

「ええ、昨日と違って、俺含めて二人ですね」


 何ならシフト通りに来ない奴がいたのでヘルプがいるだけでも大助かりだ。ちなみにサボった奴が速水なのはもう言うまでもない。

 そんな報告を聞いた刹菜さんは唇を尖らせた。


「何でかなぁ。忙しいのは分かるんだけどさ」

「一にお得意の部活、クラスが忙しい。二に準備で頑張ったから。三にそもそもシフトの時間じゃないから」

「どれもこれも指摘出来る事ばっか」


 呆れた刹菜さんは「はぁ」とため息を吐く。同意しかない。これで受験とかには「実行委員として文化祭の盛り上げに貢献しました」とか書けるんだからチョロいもんだ。


「ところで刹菜さんはそろそろ……」

「うん、クラスの方にいかないとね。でさ、蒼君や」

「何ですか、刹菜先輩」


 わざと君付けと先輩呼びをした俺達。企みがある証だ。


「今日の衣装は昨日と違う上に猫耳サービスまでしてるんですよ」

「してるんですか」

「そ。興味あるでしょ?」

「まあ好きな人のメイド服を見る機会なんて一生に一度あるかないかですし」

「という訳で君はこの後一緒に私のクラスに直行。そろそろ代わりも来るでしょうし」


 正にその直後。がらっと扉が開き、交代の実行委員が入ってきた。向こうは何か言いたげなようだがその気まずそうな表情は大方他の所での仕事が入ったのでこっちの仕事を抜けたいという考えだろう。もう三人目だからな。だが先手を打ったのは刹菜さんだ。


「ごめんね。私達少しクラス対応行くから、あとよろしくー」


 伝えるとさっさと俺の手を引いて、運営本部の教室を飛び出して行く。彼は呆気に取られているようだがまあごめん。というか謝る理由はないよね? 俺頑張ってるし。少しくらい文化祭を満喫してもばちはあたらないよね?

 そのまま刹菜さんのクラスへ連行されると空いたテーブルに腰を下ろされ、「それではしばしお待ちを~」と本人は着替えに。その間は他の従業員&お客さん、まあほとんど生徒なんだが注目がこちらに集まってくる。

うわぁ、辛れぇ。この場で放置はあかんでしょ。せめて廊下で待たせてくれたならまだ誤魔化しようがあるけどこれは無理。

 さらにこのテーブル、思いっきり『予約席:雷木刹菜』と書かれたプレートが置いてあるのだ。こんなもん置いてある上にやってきたのが男とかどう考えても疑惑が確信になるよね? いや付き合いたいよ? 好きだし。でも何事にも順序というものがある。レベル一のままでいきなりボス戦には行かないだろう。昨日だって軽く挨拶しに行った時はこんなご用意はされてなかったのに今日おかしくない? まあ昨日は事前に伝えずにアポ無しでというのもあるんだけど。

 という羞恥に晒された俺に一人近付いてくるメイドさんが一人。


「お待たせ致しました、ご主人様」


 お決まりの台詞と共に現れた愛しの人は昨日とは少しデザインが変わったメイド服に猫耳という装備を兼ね揃えた。うわ、なにこれ。もう可愛いしか出てこない。語彙力がどんどんと頭から消えてく。もう無理、ああ可愛い。


「ご注文はお決まりですか? 今なら超超特別サービスでオムレツではなく、本格的ラーメンを」

「いや料理出来ないですよね」

「……世の中には三分で作れる商品があるのを知っているかな?」


 メイド喫茶でカップラーメンとか夢なさすぎでしょ。

 とはいえ無難にオムレツ頼んで、ケチャップ描いてもらうのもこの視線が浴びせられている状況ではこそばゆいというか。


「とりあえずおすすめでお願いします。あまり恥ずかしくないやつで」

「えー、あーんとかしなくていいの?」

「そんなオプションないでしょ?」

「うん、ない」


 知ってた。つかそんなもんしたら、見ている男子の誰かにぶん殴られそう。リア充爆発しろとは正にこの事。


「ま、簡単なものでいいなら。私も少しはあれから練習したからね」

「期待してますよ」

「その薄ら笑みから期待されてるとは全く思えないんだけど」


 しかし数分後にはきちんと作ってきてくれた、焼きそばだったが。少し不機嫌そうだったがそれでもいくつかの指に絆創膏を巻いているのを目にしてるのだから本当に練習したんだろう。


「では」


 箸を手に持ってつかむとそのまま口元へ運ぶ。うん……普通。でも前に比べると味付けはよくなってるし、何より頑張ってくれたものをまずいなんて言えるはずがない。


「美味しいですよ」

「お世辞はいいよ」

「本当ですって。前に家でご馳走になった時とは大違いですね」

「……ま、ありがと」


 ぷいっと顔を赤くしながら視線を逸らす刹菜さん。その仕草を何度か見たはずなのに可愛さは何倍も感じる。マジメイド服装備凄過ぎ。どんだけ攻撃力上げてんの、これ。


「ちなみに次は本格的ラーメンとかどうです? 有菜と協力すれば出来るんじゃないですか?」

「出来なくはないかもだけど時間かかりそうだからパスかな」

「それは残念。てかここってオムレツと焼きそば以外だとコーヒーと紅茶だけなんですね」

「学校の喫茶店だもん。この程度でいいでしょ、まあそれに」


 そう区切ると刹菜さんはクラスの一角に視線を移した。目を追うと同じようにメイド服を着た女子がお客さんと楽しそうに談笑している。


「本当はね、メイド喫茶は反対の声が多かったんだけどどうしてもやりたかったんだ。あの子の為にね」

「あの子?」

「前にいじめられて転校したって話した子」


 そして刹菜さんがユウナになりたいきっかけを作った子だ。俺の部屋でその話をされたんだ、忘れようにも忘れられない。あの部屋に女の子が来たのなんて初めてなんだから。


「文化祭でメイド喫茶やったら面白いねって話をした事があってさ。で、今回実現出来たから連絡もしてみたんだ。もしかしたら来てくれるかもしれないって」

「返信は?」


 刹菜さんは首を横に振った。まあ正直足を運ぶのも苦痛だろう。自分を追いやった場所な訳だし、嫌でも足を踏み入れれば、記憶が蘇ってくるかもしれない。それくらい本人に刻まれた傷はえぐく、そしてしんどい。


「でもまだいいじゃないですか」

「え?」

「誰かが連絡を取ろうとしてくれてるだけで。普通の友達なら転校したら、ほとんど交流なんてなくなるんですから」

「まあそうだけど……」

「少なくても嫌とは思ってないと思いますよ」

「そっか」


 刹菜さんの口元が軽く緩んだ。本当羨ましい限りだ。

 なるほど。ずっと気になっていた。どうしてここまで文化祭をやりたがるのか。

 それは今はいない友の為、そして彼女が少しでも来やすいような空間にしたかったから。そんな想いが実現したのが今のこの場所だ。あの数時間だ。せめて学校にでも来てくれればこの気持ちは報われるだろうか。

 が、その時だ。丁度廊下の方を見ていた俺はある人が歩いているのが目に入った。


「ごめん、少し離れます」

「え? ど、どうしたの?」

「後で話します」


 教室を飛び出して、すぐにその人物に追いつき、声をかける。


「あの今いいですか?」

「はい? あ、確かあなた」

「えーと自己紹介とはまた後程で。それより聞きたい事があるんですけど」

「聞きたい事?」

「昨日シフトの時間の際に俺がいない間は先輩がいたんですよね」

「そうだよ」

「その際に来たのって関係者って話ですけどもしかして……」


 その返答に彼女はこくりと頷いた。

 やはりそうだ。どう考えても怪しまれずに犯行を行える人物なんて連中しかいない。


「ありがとうございます」

「ううん、あ、ちなみに彼等ならさっきそこの突き当りで見かけたよ」

「今度何か礼します」


 伝えると俺はそのまま突き当りへ向かう。ただしいたのは一人だけだ。

 しかしそれでもお話出来るので十分だ。


「どうも、皆川先輩」

「……お前は確か」


 チェックメイトの時間だ。

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