第15話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 15




 声を張り上げるのはみっともないがそれでも黙って話を聞くなんて事は微塵も頭になかった。



「おかしいでしょ! 確かに一日中俺は運営本部にいました! でもそれはシフト上仕方なく」

「そう、その事情は分かっている。だからこそ聞いているんだ。それに君が離れた三十分の間も部外者が来ていないかを他の人に聞いたが関係者しか来ないとしか証言していない」

「でも俺が一番に怪しい、ですよね?」


 そう聞くと生徒会長は黙り込んでしまった。

 ありえない。そもそも俺に何のメリットがある?

 文化祭費用を無断で持ち出すなんて教師にバレれば下手すれば停学処分だし、犯罪者というレッテルを貼られ、ぼっちでの生活がよっぽどましだ。

 そんな危険行為で手を汚すような事を何故しなきゃいけないんだ。


「一ノ瀬君。その報告上がったのってついさっき?」

「ああ……まだ教師にも報告はしていないし、事情を把握している生徒にも他言無用と厳守している」

「そう。じゃあ先に犯人を捕まえて、無事に取り返せば文化祭は平和に終わるって訳ね」

「むしろ取り返さないとかなりまずい。費用に関しては学校側に必ず報告する義務がある。もし予算が一円でも合わなければ会計はもちろん、委員長であるお前の責任問題ともなる」


 そしてそれは生徒会長も同じだろう。だから仲のいい刹菜さんに対しても、疑心暗鬼になっているのだ。

 個人的には彼女がここに入ってきた時にいきなり抗議してくれたのは嬉しかったけどな。ちゃんと信じてくれる人がいるって事だし。無論彼女だけで生徒会長も控えている雪村も口調は気を使っているがそれでも叱責されているようにしか受け取れなかった。


「蒼。今日のところは帰りましょう。もう見当つく場所は生徒会の皆さんが探してくれたようだから、私たちの出る幕はなさそうだし」


 室内にいる全員聞こえるような大きい声で確認を取るように刹菜さんは発言する。生徒会長もそれに応え、黙って首を縦に振る。


「とりあえず何か分かり次第、すぐに連絡を頼んだ」

「そっちもね。人を犯人呼ばわりしてるんだから」

「そうじゃない。身体検査した事も事情聴取も彼を犯人の候補として外す為だからな」

「あっそ。じゃあね一ノ瀬君」


 刹菜さんに続き、俺も生徒会室を後にする。最後まで室内の全員がこちらを睨んでいたが現状じゃ文句の一つも言えない。

 文化祭運営費がいくらあり、どこで保管しているのかを把握している人間は少ない。よって盗もうと考えるなんておおよそ思い浮かばないはずだ。

 ただ今日はシフトが少なく、気が緩んでいたのもまた事実だ。でも途中で寝ていた訳ではないし、離れた三十分も刹菜さんのクラスや自身のクラスの様子を見に行っただけ。だが盗むタイミングで一番怪しいのはこの三十分の間しか考えられない。


「蒼。気にしないでいいから」

「そんなの無理って分かって言ってません?」

「そうだけど考えたところで解決するものでもないでしょう?」

「だからって黙って犯人扱いされろと?」

「そうは言ってない!」


 その場で足を止めた俺は軽く息を吐き、口を開いた。


「刹菜さん。いくら俺でもプライドがあります。幸い明日は今日よりかは動く時間がある」

「今動けば、犯人側の思う壺だよ?」

「それは言い過ぎなんじゃないですか。あれほどの大金だ。誰だって悪魔の声が囁いて、ついやってしまったんでしょう。そしてそのまま隠し通して、卒業してトンズラ。こんなシナリオでしょう?」

「簡単に考えていい事じゃないよ、これ」


 重たく冷たく―――きつい。

 もちろん理解出来ない俺じゃない。けれど言いなりになるのはごめんだ。




 結局その後も言い争いになる未来しか見えず、俺達が学校で別れ、そのまま自宅へと帰宅しようとした。校内では既に噂になっているようで学校を出るまでの間に何度か視線が突き刺さっていく。


「こんなんで名前を憶えられてもな……」


 確かに失うものはないかもしれない。

 けれど俺は刹菜さんの彼氏になりたいんだ。その男が汚名を着せられたままでいいはずがない。何より俺自身もここまで色々と犠牲にして、その結果がこれなんて納得出来るものではない。

 とはいえ本当に誰が犯人なのか? 運営費が運営本部にあることを知っているのは限られているが実行委員なら偶然見つけたり、保管場所について話している所を耳にしたりと可能性はある。

 そしてその人物が誰かに口外でもすれば一気に容疑者は拡大する。全校生徒四百人以上。その中から手がかりなしに探せというのは無謀な話だ。


「……頼れる相手もいないか」


 ぼそっと独り言を呟いてしまう。誰かが聞いている訳ではないから構わないかもしれないが別にいいだろうと思った時だった。


「あ、雨宮だ」

「……ん?」


 思わず反応するまで間が開いてしまった。そりゃあいきなり名前を呼ばれるとは思わないだろう。

 すぐに声のする方へと顔をむけると全く見覚えのない女の子が一人立っている。


「実行委員お疲れ様」

「あ、ああ……どうも」

「……その反応は私が誰か分からないってやつ?」

「察しがよくて助かります」


 彼女は「そっかぁ」とやや残念そうに呟いた。いや本当にすまない。だが俺の記憶の中でこんな人いたか? 実行委員ではないよな?


「まあクラスの人とほとんど馴染みないから仕方ないか」

「よくご存じで。というかその言いぶりからして」

「うん。というか同じ出席番号一番なんだから覚えててよ。五日市だよ、五日市」

「あーなんとなく最初の頃の挨拶で俺の後に呼ばれた名前がそうだったような」

「というか席も番号順だから隣同士だったんだけど」


 面目ないとしか言えない。クラスの奴なんぞ速水くらいしか覚えてないからな。フルネームで言えないけど。

 というより興味がないのだ。この数か月、刹菜さん一筋だっただけに女子はおろか男子、いやこの学校にいる他の人間に関心を持てというのが無理な話だ。

 しかしせっかく声をかけてくれた訳だし、邪見に扱うのも後腐れが残るだろう。適当に会話して、途中で別れればいいか。


「悪かったな。今日は実行委員ばっかにかまけてて。まあ明日もなんだけど」

「別に。むしろ一人でやってて大変でしょ? 加奈が全然手伝わないから」

「えーと加奈さんって速水の事?」

「そそ。本日もクラスのシフトをサボって、彼氏と一緒に文化祭を回っていた某速水さん。おかげで私のシフトが伸びたから一言文句いってやりたいわ」


 あーなんとなくその気持ちは分かる。でも俺の場合はもう諦めてるからなぁ。きっと文化祭後には名前も忘れている始末。


「で、そっちは大丈夫なの?」


 と、いきなり話題が変化したので思わず「へ?」と間の抜けた声が飛び出す。


「何が?」

「いやもう学校中で噂になってんじゃん。あんたが金盗んだって」

「ああ。そういや注目を集めるなぁって」

「……ふーん」

「どうした?」

「いや思った以上に気にしてなさそうだし」

「気にしてないという事はないけどな。というよりその……五日市さんはいいのか?」

「何が?」

「犯人扱いされてる俺と話してて」


 普通なら容疑者で疑われている男と気軽に会話なんてしようとは思わないだろう。ましてや今までろくに話していない相手だ。

 にもかかわらず、彼女は気軽に声をかけてきた。だからちょっと気になったのだ。


「いやいや。だって雨宮は犯人じゃないんでしょ?」

「盗んでいないんだからな」

「じゃあそれでいいでしょ? 違う?」


 その言葉に思わず、吹き出してしまう。


「な、何で笑うの?」

「まあちょいと」


 やれやれ。人を疑わないってまさにこういう人なんだろう。というかどっちかといえば凄く見覚えというか何か引っかかるんだよな。この人。


「あ、私こっちだから」

「ああ。それじゃ」

「ん。また明日」


 手を振りながら、互いに帰路へと進みながら、家までずっと彼女の正体について、考え続けた。

 うーん何だろう。誰かに似ている? 学校? ヲタク仲間? 中学の奴?

 そんな思い当たる候補を一つ一つ思い浮かんだ中でいつの間にか犯人探しについては完全に消えていた。

 それくらいにインパクトが強かったのだ。あの彼女は。


「そういやフルネーム聞くの忘れてた」


 



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