第13話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 13




「場所を移したい?」

「ええ。さっきの話し合いでは運動部の方が揉めていて、言いづらかったのだけど私達書道部も出来れば、使いたい場所があって」

「えーとそれはどの辺?」

「五階の多目的ホール。正直体育館でやるよりもあれくらいの方が書道部には丁度いいかなって」


 書道部ねぇ。

 そういえば毎年『一筆書き』の書道パフォーマンスをしているというのは有名な話でテレビにも取り上げられた事あるとか。しかしそれなら体育館の方が客目線的によさそうな気もするが客入りなどの影響もあるだろうし、そもそも多目的ホールだって教室よりもやや広めのスペースだ。狭過ぎるから入り切らないという心配はない。


「あれ? でも海風さんって確か帰宅部じゃないっけ?」

「そう。ちょっと今回は知り合いに頼まれてね」

「へー、ピアノだけじゃなくて書道も上手いんだ」

「全然よ。というより雷木さんが私の事知ってるなんて」

「そりゃ知らない人はいないでしょ」


 会話に拍車がかかっているようですっかり蚊帳の外扱い。

 何か仕事でもないかなーと辺りを見渡しているとちょんちょんと刹菜さんがつついてくる。


「何です?」

「蒼君は知ってるよね? 海風さんの事」

「……はい」

「嘘つくな」


 流石にバレるか。だって俺が上級生どころか学校の連中に興味を持つところなんて想像も出来ない。いるとすれば目の前の美女だけ。いや美女二人いるけどね。

とはいえ興味ないと言うのは些か失礼だろう。仕方なく海風先輩に「すいません」と頭を下げた。


「もしかして彼が雷木さんの噂の彼氏?」

「はい、そうです」

「だから嘘つくな」


 またつついてきた。地味に痛い痛い。

 いや未来形だよ? トゥモローって事でいいじゃん? あとここ最近頑張っていたのでちょっと調子に乗りたさはある……。


「一応彼氏候補の一人です」

「一応はいらない気もするんですが」

「蒼君はそういうと調子乗るから駄目」

「こんな先輩を敬う心を持つ俺が調子乗るなんて」

「数秒前の自分を振り返りなさい」


 ふんと長い髪を払う彼女はまだ人前では恥ずかしいご様子。まあその反応が普通だろう。むしろ恥じらいを持たずに平気で彼氏とか言っちゃう俺の頭をお花畑そのものと言っても過言ではないだろう。

 そんな俺達の様子を見ていた海風先輩はいつの間にか口元に笑みをこぼしていた。


「あ、ごめんなさい。聞いていた以上に仲がいいから」

「そう? あんまり客観的に見ないもんだから」

「仲がいいのはいい事じゃない。私も付き合ってる人いるけど、不愛想だから羨ましいわ」

「え? 海風さんって彼氏いるの?」

「みんなには内緒ね」


 と口元に指を当てる海風先輩。

 そりゃあこんな綺麗な人なんだから、さぞそこらの量産系リア充ではなく、どこぞの御曹司クラスのお坊ちゃまがお相手かな。というより気品高そうな相手と考えるだけでこの学校に該当しそうな奴が全く思い浮かばない。


「じゃあ場所変更の件は」

「当初の予定通りの時間なら多目的ホールは誰も使わないし、大丈夫だと思うよ」

「本当? それじゃあお願いしていいかしら?」

「はいはーい。えーと書道部、場所変更っと」


 刹菜さんは手元にあったメモ用紙にさらさらと書き込み、すぐにクリアファイルへと突っ込んだ。あとできちんと変更届を作っておこう。絶対ああいうのって後から「いやそんな話をした気がするんだよねぇ」「え? 言ったっけ?」なんてとぼけられるので証拠大事。ボイスレコーダーもあると尚よし。

 そうして海風先輩も納得した様子で教室を後にしていき、いつの間にか俺達二人だけが残されていた。


「もうちょっと、だね」

「そのちょっとが近そうで遠いですけどね」

「全くだよ。もっと上手く出来ると思ったんだけどなぁ」


 「ん」と声を上げながら腕を伸ばす刹菜さん。本当にお疲れのようだ。


「文化祭の期間はどうする予定でいる?」

「ほぼここにいるかと。もしかしたらクラスの方の雑用も手伝うかもしれませんけどね。刹菜さんは?」

「私もここメインのつもりでいるけど、少しは手伝わないとね」

「メイド姿は楽しみにしてます」

「想像を膨らましとけよ」


 ニヤっと意地の悪そうな笑み。うん、この人はこういう強気なくらいがいいんだ。その方が可愛さ百倍増。じゃなかったら俺もここまで惚れてなかっただろうな。

これまで雷木刹菜という人間の強いところも弱いところもこの数か月の間で彼女の近くで沢山見てきた。だからどういう時にどんな風に笑うのかも自ずと把握してしまっていて、点数をつけるなら今の彼女は百二十点。そう、百じゃ収まらない。その姿を人は可愛いと呼ぶ。


「ねぇ、どうかな?」

「何がです?」

「ユウナ。少しは近づいたかな?」

「それに関してはまだ結論は出せてないです」

「だよね。私もまだまだかなって思ってるし」

「でも近づいているかいないかでいえば、間違いなく前者かと」

「それはそれは。嬉しい事言ってくれるね、後輩」


 本音を口にしただけだ、他意はない。それに嘘をつける才能があるならもっとかしこく生きていけてる。友達も沢山作り、学校生活をそつなくこなし、文化祭実行委員なんて面倒な仕事は誰かに任せて、今もクラスの行事にかかりっきりになりながら、別の人と話していたかもしれない。

 でも結局俺は変わらなかった。ヲタク気質で皆と同じリア充になる事もなく、何一つ成長していない。でもそのおかげで他の奴じゃ手に入れられないチャンスが巡ってきたのだから。


「一体俺が刹菜さんの彼氏になる日はいつなんですかねー」

「さあ? ま、私が卒業するまで頑張って」

「あと一年半って中々短くないですか?」

「華の女子高生の命は短いですから」

「そういえば先輩って女子高生でしたね」

「じゃなかったら何で私はここにいるのかなー?」

「痛い痛い痛い! 抓らないで!」


 だってこんなくだらないやり取り出来るなら、クラスにいるよりよっぽどいいに決まってる。

 まあエンディングにはまだまだ程遠いかもしれないけれど、青春ってのが二次元だけじゃなく、ちゃんと現実にも存在している事もこうして実感しているのだ。

焦らず今は目の前の事を終わらせる、それで十分。


「とにかく今は平和に事を終わらせるのが最優先ですよ。ただでさえ人数不足だというのに色々と無茶苦茶に詰め込んでるんですから」

「でもそこを何とかしちゃうって本当は蒼君って凄い人?」

「まさか。ただの凡人ですよ」


質問に平然と返す。

すると刹菜さんは首を横に振りながら、否定の言葉を口にした。


「ううん」


 そして今度は優しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。


「蒼君は凄いよ」

「具体的にどの辺がです?」

「どんな無茶でも見捨てず、限られた中で出来る事をする。それでいて一途な所かな」

「最後のは光栄ですが他は誰にでも出来るんじゃないですか?」

「出来ないよ。だから私は君に頼んだんだもん」


 自分にだけしか出来ない。

 そう思えるだけで不思議と気分が高揚してくる。でもそれはほかの誰かに言われるからじゃない。

 目の前のたった一人の大好きな先輩が言うから、そんな効果が出るに決まってるじゃないか。


「文化祭終わったらどうしようか?」

「また何かやるんですか?」

「うーん、生徒会にでも立候補する? やっぱり生徒会は外せないじゃん?」

「何を狙ってるんですか、あなたは」

「学校を牛耳るとか?」

「とんでもない帝国が出来そうですね」

「蒼君は幹部候補ね」


 特別扱いがさらに最高のスパイスになる。

 さあ文化祭まであとわずか。ここからが執念場だ。


「その為にも成功させますか」

「ええ、頼むよ……蒼」


 ほら、こういう所もね?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る