第11話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 11



 もうすぐ時計の針は十二時。シンデレラの魔法が解ける時間となる。

 夕食は刹菜さんが手料理をご馳走してくれるという事だったが想像以上に下手で特に味付けが酷かった。まあ妹さんがカレーを作ってくれたので有難く頂くことに。

 そこからは再び部屋に戻って、一緒にアニメ鑑賞。気付けば俺の肩に寄り掛かっていた。軽く揺らしたけど起きる気配もないのでそのまま寝かせて、今に至るという訳。


「流石にここで電話はまずいよな」


 外は大雨。アニメは正直言うと一度見ているので打ち切っても大丈夫。てか飽きてきたし、人の家なので伸び伸びと見れないし。

 じゃあ寝るかと思っても、素直に寝付けるものではない。かと言って部屋から出てうろうろするのも失礼な話だ。

 いや本当にどうしようか……。


「やっほっほー、蒼君いる?」

「あ、えーと」

「有菜、有菜」


 と、扉からひょっこり顔を出した有菜さんが入ってきた。

 夕食時の話では俺の一つ下であり、今は中学三年。来年うちの高校に来るかは悩み中との事らしいが来たら來たで姉と並んで、そこそこの有名人にはなりそうだ。


「あーやっぱりお姉ちゃん寝ちゃったかー。ここのところ、まともに寝てなかったもんね」

「そうなんですか?」

「らしいよー。てか私の方が年下なんだからタメ口でいいって。疲れるでしょ、敬語」

「じゃあ遠慮なく。そっか、刹菜さん寝てないんだな」

「何か文化祭の仕事が忙しかったとかでね」


 文化祭の仕事? いや実行委員の仕事なんて今の記録・撮影は徹夜してまでやる仕事なんてないはずだ。仮にマキナの仕事を手伝っているとしても、桑間先輩と上手くこなしてるようだから問題ないし、皆川先輩が嫌がらせで仕事を増やしてくるとは今の状況では考えにくい。


「ま、お姉ちゃんが文化祭で何やるか知らないけどきっと面白いんだろうなぁ」

「そういえばメイド喫茶やるとか言ってたな」

「可愛いんだろうねぇ。ま、蒼君にはきちんとその写真を私に提供するという任務があるので」

「一枚五千円くらいの価値はありそうだなぁ」


 よく同人イベントでコスプレイヤーの写真が入ったROM-CDを販売してるのを見るけど結構有名な人はそこそこ稼いでると聞く。なので志閃一の美少女である彼女のメイド写真もその界隈の方々が見れば、いい値段が付きそうだ。


「ま、当日が楽しみだね。本当に」

「何とかなるといいけどな」

「え、もしかして何か問題でもあったの?」

「いや、俺が知る限りではないよ」


 正しくはあったけれど解決した。

 それ以外の情報は今の俺にはない。


「蒼君はさ、どうしてお姉ちゃんと一緒にいるの?」

「一緒っていうか、先輩の方から近付いてくる事が多いっていうか」

「もしかしてお姉ちゃんの方が惚れたの?」

「惚れたっていう事ではないかと……まあ色々あって、ここ最近は一緒にいる事多いけどさ」

「それ惚れたって言うんだよ」


 もしそうなら、かなりの吉報だけど両想いというのは個人的には宝くじで上位賞に入るくらいには厳しいと考えている。だってそうだろ。

 自分も好き、相手も好き。

 そんな当たり前のような関係性は誰もが欲する。もちろん俺だって。

 ヲタクだらけの人生から脱却し、青春を手にしたかった。

 だから雷木刹菜さんという高根の花の隣にいたい。届かない位置にいるからこそ、ただ一つのチャンスに食らいつきたい。

 彼女がユウナになるという事がどこまでか分からない。もしかしたら俺をからかっているだけかもしれない。だとしてもだ。俺はもう後戻り出来ない所まで来てしまったんだ。


「お姉ちゃんの彼氏ってもっと高身長で塩顔のイケメン君をイメージしてたんだよね」

「ま、それに関しては同意だな」

「でもそういう当たり前じゃつまらないんだろうなって思ってた」

「何で?」

「私も同じだから。いくらイケメン達が告ってきたところで中身が素朴ならつまらないじゃん?」


 もう同じ事を突っ込んでも仕方ない。

 いや俺にも妹いるけどさぁ……そこまでお兄ちゃんと一緒にしたいなんて言わないよ? そりゃあ俺男だから趣味とか以前の問題だけど。

 てかそういうのって姉から見たら、どうなんだろうか。嫌なんじゃないだろうか。

 しかし当の本人は夢の中なので答えてはくれないし、正直知ってしまったら俺も有菜も複雑な気分だろう。


「ん、そういえば明日どうしよっかな」

「どこか行くのか?」

「お、気になる気になる?」

「じゃあ聞かない」

「つれないなぁ。ま、そこが面白くていいんだけどね。気に入ったよ、蒼君」

「そらどうも」

「本当はもう少しおしゃべりに付き合ってほしいけど、そろそろタイムアップなので」

「は?」


 どういう意味と思った矢先、有菜がくいっと俺の後ろを指さした。振り返ると丁度起きたばかりの刹菜さんが目をこすりながら、あくびをしている。


「お姫様が目覚めたのでお邪魔虫はこの辺で」

「気の利いた妹だこと」

「あ、私これから寝るけど、うち壁薄いからあんまり動くとバレ」

「言わんでいい」


 そう言うと「じゃあねー」と有菜はそそくさと部屋から出て行った。逃げ足が早いというか。


「おはようございます、先輩」

「ん……アニメは?」

「もう終わりましたよ」

「そ」


 起きた先輩はくいくいっと自分の方に手招きしてきた。

 再び彼女の横に行くと、先程のアニメ鑑賞と同じように俺の肩に首を乗せてきた。もう定位置なのね、ここ。


「有菜と何話してたの?」

「世間話ですよ」

「嘘。ちゃんとお姉ちゃんにも教えなさい」

「そこはトップシークレットですよ」

「えー……ずるい」


 頬を膨らませても駄目……だ、駄目だからな。可愛いけど、ここでさっきの話したら彼女だけじゃなくて俺まで色々言われそうだし。つか思ってた事とかもバレるだろうし。この人鋭いから。


「どうします? 続きでも見ますか?」

「いや今日はもういいや。それより蒼君と話したいかなー」

「付き合いますよ、先輩とのトークタイムなんて貴重ですから」


 いつも通りにそう答えると、刹菜さんはしばらくむっとした表情のまま、じっと俺の顔を見つめてきた。え、何? さっきの話については何一つ言ってないよね? それとも別に地雷踏んだ?


「せ、先輩? 何かしました?」

「名前」

「へ?」

「蒼君は有菜の事を何て呼んでるの?」

「まあ有菜さんとか。一応後輩ですけど呼び捨てはあれなんで」

「じゃあ私は?」

「先輩」

「私にも一応刹菜って名前があるんですけど?」


 えー……突然何て事言いだすの。

 そもそも有菜の事を名前で呼んだのは今の所、夕食での自己紹介の時くらいでさっきの会話でも名前呼んでないんだよなぁ。

 もしかして寝ぼけてる? または知らないところでお酒飲んで酔ってるとか? が表情を見る限り、目は覚めているようだしアルコールの匂いはしない。


「じゃあ雷木先輩」

「せ・つ・な!」

「先輩じゃ駄目なんですか?」

「だって私だけ名前で呼んでるのにずるいじゃん」

「なら先輩も後輩でいいじゃないですか」

「それだと区別つかないでしょ。そっちだってそうじゃん」

「俺、あなた以外に先輩いないっていうか」

「とにかく……ちゃんと呼んでよ」


 じらされるのが嫌なのか、顔をほんのり赤くし、上目遣いで見つめる瞳。

 もうこんなのずるいよぁ……ねぇ?


「刹菜……さん」

「呼び捨ては駄目?」

「それは晴れて恋人同士になった時に」

「そっか。ま、今はそれで許してあげようか」

「今はって事はいつかはなれるんですか? 俺達」


 自然と口走ってしまった。

 でも彼女は小さく微笑み、こちらに顔を近づけて―――


「君が望むなら、私はなりたいな」


 そうしてほんの少しだけ頬に温かい感触が残ってて、見つめ合うと吹き出してしまって。


 ああ、やっぱり駄目だわ。

 俺この人の事、どの世界よりも好きだ。


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