第9話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 9



 終業式後、HRでの通知表配布も杞憂に過ぎず、無事に夏休みを謳歌出来る事が確定した。今日は委員会もないのでこのまま帰宅……の予定なのだが。


「やっほっほー。蒼君いるー?」


 ねぇ。教室で学校一のヒロインに名前呼びされるっていうラノベのテンプレ展開をどうしてやる必要があるんですかね? 二次元と三次元は違うってどこかの主人公も言ってたじゃないですか。


「あ、今日って休みだよね? この後大宮まで足伸ばして、色々回らない?」

「はははは、ポイントカードと小銭ばかりの財布しかないのですが」

「そりゃあ残念。じゃあどこかで軽くお話でもしますか」


 敗走するように教室を後にした俺とニコニコ笑顔の刹菜先輩。知ってますよ、うん。思った以上に上手く行き過ぎて、大満足なんですよね。

 そう、実は後日談を語るとマキナさんと桑間先輩はあれから波長が合ったのか、いつも笑いが絶えないようで帰りも二人でカラオケやらゲーセンで遊んでるようで。そして数日前の委員会では二人から交際報告されたとさ。へーへーおめでとおめでと。リア充凄い凄い。

 また肝心の結衣さん、皆川先輩側も思った以上に荒立てなかったようだ。最も刹菜さんに一杯食らわれた事に皆川先輩は気付いたようで不服そうな表情だったが気に留めても仕方なかろう。

 ただこれで俺と刹菜さんがめでたく恋人同士という訳じゃない。なってるならゲーセンでヲタク共を見下している。

 彼女が言うにはまだまだユウナにはなれていないようなのでこれからも一緒に組んでほしいとの事だった。まあ生徒を助けるって事自体にもどかしさとかは無いし、俺の目的が達成されるのであれば問題はない。


「で、どこで話すんですか?」

「学校近くに『RABAS』っていうお洒落なお店があるのでそこにしましょう、そうしましょう」

「ノリノリですね……」

「誰かさんのおかげでね」


 本当にこの人は友達想いが強いというか重たいっていうか。まあ悪い事じゃないんだけどさ。だから周囲からの信頼も厚いんだろうし。

 そんな事を脳裏に浮かべつつ、『RABAS』へと向かっていく。並んで歩くと意外と身長差的に丁度よく見えるのでちょっと気持ちが高ぶってきた。前に気になって、恐る恐る聞いてみたが百六十四らしい。そんでもって俺が百八十一。いつも見ているアニメ掲示板のスレで見た情報では十五から二十くらいが丁度いいらしいのでこうして歩いている時にふと目をやると気付いた彼女がこちらに顔を向けてくるのが最高に可愛い。マジ可愛い。この子独り占めできる時間がある事自体本当に奇跡。


「先輩」

「ん?」

「いや。なんとなく可愛いなぁって」

「二十点」

「何で?」

「心がこもってないし、適当だし。あとあんまり校内でそう言われるの……ちょい恥ずかしいし」


 顔が赤くなると余計にいじりたくなってしまう。うんうん、とてもこれが陰キャラ極めたヲタクだったとは考えにくい。本当に俺もちょろいものである。

 さて今日は何を話すのやら。


 そんな幸せな気持ちだけが唯一の生きがいだった。



 × × ×



「は?」

「いやその……ね?」

「これから?」

「うん、これから」


 確かに幸せ気分は絶好調だった。

 しかし何事も適度に済ますのが問題ないと判断される基準だ。

 つまりどういう事かというと、


「ガチのお泊りですか?」

「そ、そんなに嫌?」

「い、いえっ! ただその……女子の家に泊まるっていう行為自体が初めてで」

「そりゃあ私も男の子を家に泊まらせるのだって、初めてだよ。でも出来ればいてほしいなって」


 そんな期待を込めて、こちらに視線を向けるのは大変よろしくない。選択肢を二つから一つに絞らせるのはいくない、よくない。

 いやお泊りですよ? 女子の家に? 彼女でもない年上の? おまけに好きな人で学校一の美少女? ごめん、いくら何でも出来過ぎて怖い。俺この後交通事故に遭ってもおかしくないよ?


「ちなみに理由を聞いてもいいですか? 何もないって事は考えにくいんですけど」

「ふーん、何もなかったら来ないんだ」

「そういう風にたぶらかすのは後にして、教えてください」

「……言わなきゃ駄目?」

「言いたくないやつならいいですけど現地でいきなりアドリブ振られるとかは勘弁です。例えばお母さんが現れて、挨拶求められたりとか」

「あいにくお母さんはいない」

「じゃあお父さん」

「それもいない」


 となると何かあったのだろうかと窓を見た時、空の様子が怪しい。陽が雲に遮られ、晴れと呼べる天気ではない。


「先輩、今日と明日のご予定は?」

「家に引きこもる」

「学校から連絡があっても?」

「よっぽどの事がない限りは」


 すぐにスマホを取り出して、天気予報アプリを開く。

 予想通りでこの後は大雨。というより台風接近で明日まで続く。そして雷木家に両親はいない、なのに来てほしいという理由。


「まさかと思いますが雷が怖いとか言いませんよね?」

「悪い!?」

「あ、いえ」


 そこまで怖い顔して、怒らなくても……。


「てか意外過ぎて。雷とか平気かと」

「どこが!? タイミングも分からず、いきなり振ってくるあの雷鳴、そして光。ああ、おぞましい!」

「名前に雷あるくせに」

「うるさい。という訳で今日は家に来てもらいます。これは私をユウナにする為に必要な事」

「それ持ち出すのは流石に」

「はい、急いで家に戻って、三十分後にまた校門前に集合。解散!」


 それだけ宣言し、先輩は伝票を手に颯爽に会計を済まし、その場を後にした。

 何だろう。さっきまでの並んで帰宅していた幸せムードはどこへ?

 そしてどうしてだろう。嫌な予感しかしないんだけど。心から喜べるはずのイベントなのに何だ、この悪寒をも感じる予感は。夏なんだけどなぁ。

 仕方なく俺は家に帰り、最低限の荷物を持って、また学校へ。澪霞には説明したが「せっかくたまには妹が妹をしてあげようと思ったのに」とヲタクにしか分からないような事を言い出した。まあ妹が妹してくれる時って相当珍しいからな。いつもは「邪魔だよ」とか「うるさいよ」とか。優しい方らしいんだけどね、これでも。


「はいはーい、時間通り」

「じゃあ行きましょうか」


 何事もなく帰れますように。そんな願いをした時、ゴロゴロと空から鳴る音が聞こえる。

 これもう詰んでね?

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