第7話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 7


「蒼君は後ろから監視ね」

「携帯のカメラ回しといた方がいいですか?」

「うーん、なしで」

「了解です」


 会議が始まる数分前の会話だ。

 原因があっさり判明してしまったのでそこを焦点を置いた上で動いた方が得策だと思うが刹菜さんが実際にどのような仕打ちをしているのかを自分の目ではっきり見たいというご要望なのでまずは監視体制を取る事で話は進んだ。


「あ、マキナ。この間提出された各クラスの調理器具の申し込み用紙ってもうまとめてある?」

「ごめん……まだ終わってない」

「え? いやだって頼んだよね?」

「そうだけど、それ以外にも色々頼んだじゃん……」

「はぁ、じゃあ何が終わってんの?」

「えと……夏休みの教室の使用申請と町内会に出す予定のポスター申請の資料が......」

「それだけ!? ったく何やってんだよ!? ちゃんと仕事してくれねえと困るんだけど!」


 さっそく揉め始めたのか、教室中に皆川良太郎みながわりょうたろうと柊マキナ両名の声が響き渡る。おかげで会議室の空気がメガトン級になってしまった。生徒達は見て見ぬふりをするのも嫌なのか、会議まであと数分というのにそそくさと扉へ一直線。

 ちなみに刹菜さんは俺より少し前の席で監視をしているが全く動く気配がない。


「まあいいや。とりあえずこれ今日中な。それ終わったら、楓の仕事手伝って」

「でも楓の仕事は私がやったらまずいんじゃ」

「バレやしねえよ。そもそもあんなの代表印があれば、誰がやっても同じだって。きちんと経過報告だけしてくれればいいから」


 彼等の脳内には『自分でやる』という選択肢はなく、如何に効率的に自身が楽をする方法を考える事しか出来ないようだ。いやマジでこういうのあるんだな……正直な所テレビドラマのワンシーンくらいでしか見覚えはなかった。あれでも心底腹が立つ場面なのに実際に目のあたりにするとその怒りは倍増だ。

 しかし俺が飛び出した所で何が出来る? 軽くあしらわれる未来が容易に想像出来るし、事実立ち上がろうと動く足はなく、ただ歯ぎしりしながらこの光景を見ているだけだ。


 だが目の前のお姉さんは違う。


「やっほー。どしたの、どしたの? なーんかおっもーい空気になってるけど、もしかして良太郎泣かせちゃった?」

「ちげぇよ。つか刹菜いたのかよ」

「初めからいたよー。存在感無しとかそんなに薄いっけ? 私」


 二人の表情から緊張が解けてる様子はない。が、明らかに空気は和らいだ。いや本当にこの中に笑顔で飛び込めるってすげえよ。少し口元がニヤりとしているのは企んでんなぁとは思ったけど。


「あ、てか私暇だからマキナ手伝うよー」

「刹菜って雑用だろ。そっちの仕事はいいのかよ」

「へーき、へーき。というかもう仕事ないしー」


 その前に記録・撮影がいつの間に雑用になってる件について。だからコピーしろとかお茶を汲んでこいとか先生呼んで来いとかどうでもいい仕事回された訳ね。つか最後のは小学生でも出来るだろ、バーカ。

 と、心の中で貶しておく。


「ね、どこから手つければいいー?」

「じゃあ各クラスの計画書のまとめを頼んでいい?」

「はいはーい。てかそろそろ時間だからあとで詳しくね。あ、良太郎も」


 そこまで言った後、少し声音を低くして、


「今度からはマキナに頼みすぎないようにね」


 と警告した。

 怖ぇ……あの人って怒るとあんな感じになんの? 女の子がキレる時ってもっと感情的に大声で叫び当たる感じかと思ったら、ずいぶん違うのね。

 皆川はばつが悪そうな表情をしながら、そのまま教卓の元へ移動し、争いが終わったのを確認してか、生徒達も続々と戻ってきている。


「どうだった?」


 顔を上げると打って変わって、優しそうな笑みを浮かべた刹菜さんが立っている。


「怒らせたくないなぁって思いました」

「女の子のマジギレは怖いんだぞ?」

「まったく可愛くないです」

「へぇ」

「ごめんなさい。いつものトーンでお願いします」


 冗談なのは分かっていても、慣れてないので辞めてほしい。


「でもいいんですか? あの感じだと皆川先輩とも多少の付き合いあったんですよね?」

「あったといっても、軽く話す程度だから平気。同じクラスって訳でもないし」

「でも他の連中も一緒に敵に回してません?」

「大丈夫、大丈夫。男の子は女の子に弱いって昔から言われてるからね」


 それだけ言い残して、刹菜さんは俺の隣の席に腰を下ろし、同時に会議も始まろうとしていた。


 何故だろう。言葉だけで人はこんなにも見方が変わるものなのだろうか。



 × × ×



「という訳でこの後は結衣ちゃんとお話です」

「……一つ質問していいですか?」

「どうぞ」

「何でそんなに手際いいんですか?」

「人当たりの良さってこういう時に効果を発揮するもんだよ」


 会議後、まだ学校に残っている俺と刹菜さんは駐輪場に向かっていた。正直今日の所はこの辺でと言いたいが俄然やる気な彼女を見て、そのような言葉を口に出せる訳がない。


「あ、いたいた」


 駐輪場の入口近くに一人、立ち尽くしている女の子が見えた。声に気付いたようでこちらに振り向き、小走りで近付いてくる。艶やかな黒髪に雪のような白い肌。女優と見違えるような整った顔立ち。

 なるほど。確かに浅間結衣あさまゆいをこうしてまじまじと見れば、学年いや学校トップクラスの美女と言っても過言ではない。そんな彼女が一言申せば、口を出そう男子なんて現れもしないはずだ。


「お疲れ様ー。ごめんね、呼び出しちゃって」

「ううん。てか私こそごめんね。刹菜にも色々迷惑かけちゃったみたいで」


 ほう。どうやら浅間さんの方は少なからず罪悪感を抱いているのか。

 ならばこちらに協力的になってくれそうだな。


「で、ぶっちゃけ聞くけど、何で良太郎達ってあんなんになっちゃったの?」

「うーん、まあ今更隠しても仕方ないけど桑間くわま君っていたじゃん? 良太郎と仲良かった」

「いたねー。確か一年の時、良太郎と同じクラスだったんでしょ?」

「うん。その桑間君がマキナの事が好きで色々と良太郎が相談に乗ってあげてたみたい。結構持ち上げた事言ってたっぽくて」

「あーそういう感じか」

「そそ。で色々言った手前、自分のプライドを傷つけられた良太郎のただの嫌がらせになったと」

「なるほどねー」


 そう言って、刹菜さんはこちらに視線を飛ばしてきた。つまりは理解した? と聞いているのだろう。迷わず頷いた。

 いやまさかただの逆恨みとは思った以上に小物だな、あの委員長。恐らく桑間君に対して、「必ず上手く行く」「あいつ押しに弱いから」とその気にさせる事でも言ったのだろう。その結果、マキナさんが振ったことで桑間君が落ち込み、皆川自身も思い通りいかないことに腹が立った、と。

 結局、口は災いの元という訳だ。


「あ、ごめん。良太郎から呼び出しくらったからいくね」

「うん、ありがとね。教えてくれて」

「こっちこそ本当にごめんね。マキナに色々相談されてるんでしょ? 私もマキナとそこまで険悪になりたくないから、任せっぱなしになっちゃってて」

「そう思うなら、少しは手伝ってね。噂の事とかもさ。結衣がちょいと言えば、あいつら誤解だって言いふらすでしょ?」

「あーうん、多分ね……じゃあまたね」


 と。浅間さんはさっさと立ち去ってしまった。もはや俺がいた事なんて気付いてすらいないだろう。


「浅間さんって皆川先輩の彼女なんですか?」

「まだ付き合い立てだけどね。ただ良太郎に嫌われたくないから、彼に対しては弱気なんだよね。本人も直したいとか言ってたけど」

「つまりは結衣先輩側の方も配慮した方法で解決しないと駄目という事ですか」

「そう、それにねーうーん」

「気になることでも?」

「まあね。でもそれは置いとくとして。とりあえず結衣はギリギリこっちの味方に出来そうだし、情報もそこそこ集まった。さ、頼むよ参謀殿」

「了解です、提督殿」


 聞き込みタイムはここまで。

 さてここからは頭を使う時間だ。





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