第14話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 14



 先程とやり方はほぼ変わらない。

 ただし、


「なぁ、これ普通の障害物競争だよな?」

「スイート&スパイスですよ?」

「いや名前は置いといてだな……」


 視線の先に見える競技場には明らかに多い実行委員。参加者十人に対して、三十人って多過ぎだろ……。


『それではこれよりデスティニーボイス最後の競技、スイート&スパイスを開始します』


 アナウンスと共に入場していき、スタートラインに一斉に並び始めるといよいよと言わんばかりの緊張感が伝わってくる。そう、それでいい。緊張感だけでいいはずなんだ……。


「あ、蒼君、ごめん。ちょっと少しくっつき過ぎ……」

「ご、ごめん」


 そう言いながら、離れられる限りの数センチ程、距離を置いた。

 二人一組という時点でなんとなくわかっていたが今の俺と有菜は互いの片足をハチマキで結んでおり、二人三脚状態である。

 そういえば今年の競技に二人三脚がないなとは気付いていたがまさかこの競技の為に消したのでは? なんて疑問を持った所で事実は変わらない。

 もう注目を浴びないなんていう俺自身に誓った忠誠はどこぞへと消え、全校生徒からの視線が突き刺さっていく。


「あれって雷木先輩の妹さんだよね? 何で雨宮と?」

「姉が駄目だからって今度は妹かよ……」

「前に図書室で話してるの見たけど、なんか雨宮が急にそこから連れ出したんだよね。無理矢理っていうか」


 もう憶測だけが飛び交う言葉のオンパレードに聞き耳を立てる必要はない。

 勝てば終わる。そう考える事しか出来なかった。


「……蒼君」

「ん?」

「勝った時のご褒美って決めてなかったね」

「いらねえよ、別に」

「いやいやいや。負けた時は責めるけど、勝った時はその努力を値するお礼をしないといけないからね」


 負けた時も褒め称えてほしいくらいなのだが、こいつの頭に敗北の二文字はないのだろう。


「まあ無難にジュースでも奢ってくれ」

「えー、欲が無いとかそれでも男かー」

「堅実に生きてるんだよ。邪心がないんだ」

「全然納得いかないんですけどぉ……ま、蒼君だし、仕方ないか。その辺のご褒美は適当に決めとくね」


 適当っていうのが何よりも恐ろしいと思うがもう話し合っている時間はない。

 今一度コースの全体を見つめる。

 先程の障害物とほぼ変わらないような形なのだが、走行コース内に二か所『STOP』と書かれたプラカードが置いてある。恐らく先程実行委員長が口にしていたお題とやらだろう。

 横を見ると、白線の外側にスターター・ピストルを持った教員が構える。

 軽く一息吐く。


「やるだけやってみますか」

「頼むね。私と……お姉ちゃんの為に」


 え? なんて言葉は出なかった。

 すぐに「位置について」という掛け声で脳が切り替わる。恐らく競技が終わった後に問いただす事になるだろうがそれはきっと、


「よーい……スタート!」


 この結果の有無次第だろう。まあ何はともあれ二位圏内に入れば、


『はい! それではさっそくお題に入らせて頂きます! 互いに自分の相方の好きな所を五つ上げてください! 上げ終わったペアから順次スタートしてください!』


 入ればいい……んだよな……。



 × × ×



「へ?」


 スタート直後にいきなりのお題に思わず声が出てしまった。

 そりゃあ男女ペアって事はそこそこ信頼してる相手だし、下手したら付き合っている彼氏彼女とかかもしれないし……まあそこは置いといて。

 だからと言って、全校生徒の前でそんな恥ずかしい事を言えるのかと聞かれれば、それはまた違うって訳で……つまり私なら出来ない。

 じゃああそこにいるあの馬鹿と刹菜先輩の妹はどうだろう? 詰まる所、そこに興味が集中し、あの二人を目を細めながら、じっと見つめていた。


「え、いやあの……まあ人辺りがいいとか?」

「それって特徴ない人の台詞ですからね! 大体蒼君は!」


 あの二人だけ全然噛み合ってない……いやまじで。だって他の四組は緊張しながらも答えてるうぶな感じがして、見てるこっちが恥ずかしいっていうか……。

 でもあの子、雨宮の事を名前で呼んでるんだ。ふーん……ふーん。


「あーもう! 自信家、優しい、人使い荒い、優しい、まあ可愛い。はい以上」

「人使い荒いってそれ蒼君だけだし! あと優しいが二つあるのもおかしいのと妥協した感じで可愛い言うのおかしい! 何ならこっちだって、リーダーシップ、鈍感、ヲタク、ヲタク、ヲタク!」

「もう上げる気ないだろ、お前! つかもういいだろ!」


 無理矢理近くの実行委員を納得させ、ようやく二人がスタートした。にしてもあんだけ騒いだら、そりゃあ目立つよね。もう色んな仮説の議論があちらこちらで始まってる。

 刹菜先輩もこれ、見てるのかな。


 そんな二人だったが、それより先行しているはずの四組にようやく追いついた。一か所目のお題地点だ。


「あ、五日市さん。実行委員長と生徒会長が今すぐ来てくれって」

「え?」


 もう少しこのどたばた劇場を見ていたいが、何用だろうか。



 × × ×



『このシュークリームを全て食しなさい』


 物理的甘いお題だった。

 ただ競技中にこれはキツ過ぎる。全然口が進まない。


「蒼君、男なんだからこういう時くらい見栄張ってくださいよ」

「大食いじゃねえんだよ。お前も少しは食え」

「ダイエット中ですもん」

「それ使えば、通用すると思ってんのか、こいつ……」


 もはや頭に正常なブレーキはない。初っ端でぶち壊されてしまったのだから。

 残り三つある内の一つを無理矢理有菜に口に押し込んだ。


「ごぼぁ! 無理、無理、無理いいいい」

「いいから食え! 一つくらい食っても太んねえよ! 第一スタイルいいんだから、する必要ないだろ!」

「褒めてくれるのは嬉しいですけど、騙されないからね! もう!」


 そう文句いいつつも、すぐに食べ終えてくれる辺り、やっぱ女子って甘い物好きだよなぁと改めて思った。

 残る二個もさっさと口にし、先を急ぐ。

 もちろんこのちぐはぐコンビなので、


「痛い! 痛い! もっとゆっくり!」

「何で蒼君の方が遅いんですか! あとどこ触ってんですか! 変態! スケベ!」

「うっせえよ! 本気で走っていいなら走ってやるよ!」

「そんな事言って、どうして大した……速い速い速い! もっとゆっくり!」


 こんな調子である。歩調を合わせるなんてもっての他の先輩後輩組だった。

 しかし二か所目の『STOP』地点に着いた。今いるのは一組だけ。

 一か所目が甘いお題なので、恐らくここは辛辣系だから、そこまで恥ずかしいのはないはずだ。まあ体力面なら先程のシュークリームで少し気持ち悪いがまだ行けるはず……。


「はい。雷木有菜、雨宮蒼ペアの二つ目のお題はこちらです」


 そう言われ、実行委員が手に持っているパネルをこちらに見せてくる。


『自分の相方の事が好きか、嫌いか ※お題の変更する場合は申し出てください』


 ラッキー問題なんだろう、この

 どのペアも恥ずかしながらも最初のお題もその次のお題もこなしている。だって男女ペアって事はそういう事だろうし。もちろん百%そうとは限らない。

 それにこれはどちらかを答えればいい。


「あ、蒼君からどうぞ」

「いや、こういうのはメインのお前からだろ」

「年功序列って事で……」

「そういう時だけ使うのは卑怯だろ……」


 なのに、今日一番の恥ずかしさだ。

 今になって、こんな間近に顔があるのもキツい。有菜もだが俺もきっとかなり顔を赤くしてるだろう。今までに比べれば、単純だ。

 ちなみに質問に真意だが正直俺はもう誰かを好きになりたいと思わない訳ではない。ただ今は違うってだけだ。少なくとも高校生活を送っている間はきっと無理だろう。

 でもこの場面でNOと答えるのは有菜の精神面が揺らぎかねない。別に俺なんかどうでもいいと思ってるかもしれないが、あくまでそんな気がしてならない。


「なぁ、お題変えるか?」

「ですね。これはちょっと」


 話を聞いていた実行委員がパネルを下げ、近くに置いてあるかごから別のパネルを取ろうとした。


「ごめん。ちょいとそこのペアのお題変更。変わって」


 降りかかった声の方にその場にいた三人が振り向いた。

 聞き覚えのある声。予想通りである意味最悪だ。


「ずいぶん楽しそうね」

「そう思ってるなら、さっさとお題を言ってくれないか」

「……はい」


 五日市は手に持っているパネルを上げた。

 それを見た俺は目を見開いた。


「……これ誰が作った?」

「会長と実行委員長。とにかくこれで終了。早く行きな」


 言われるがままに俺と有菜は再び走り出した。

 でもさっきまでの緊張感が消えたせいか、身が入らない。

 目の前にはすでに一着目がゴールテープを切っている。やや後ろには次のペアが来ている。


「蒼君……まだ走れます?」

「っ! 当たり前だろ」


 情けない。この一言だ。

 たかがパネル一つでこんなにも動揺させられるとは。

 そりゃあ確かに二位以下でも困るのは俺じゃない。こんな理不尽な願いを押し付けてきた有菜だ。

 でも納得はいかない。ここまで恥ずかしい思いをして、駄目なんてありえないだろう。

 俺は少しだけ気合いを入れ、速度を上げる。


「少しだけキツいかもしれないけど、我慢しろよ」

「カッコつけるのはゴールしてからでいいですから、お願いしますよっと」


 有菜もありったけの力で合わせてくれる。

 格段早いわけではない。それでもあと数メートル。もう後ろのペアとの距離はほぼ詰められているに等しい。ならば、やるだけやる。


「蒼君、もっと速くうううう!」

「わかってるよ!」


 叫ぶことで頭をからっぽに出来る。


 あと一メートル。


 思わず目を瞑り、ありったけの力で進んだ。そう、競技場に響き渡る大歓声の中で。


 もちろん後で目を瞑ったことは酷く後悔するのだが、その時には後の祭りだ。





 

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