第11話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 11



 紅組と白組。


 体育祭において、長年使われている分かりやすい二つの組織。

 仲がいい友人達もこの日だけはガチになったり、やっぱりダルくなったり。ノリで動いたりする奴やウケ狙いで笑いを取るやつ等。まあ多種多様だ。


「で、どういう事なんだ、これ」

「ははは……いやー、実は障害物競争と借り物競争、それから棒倒しに参加する男子がまさか全員欠席になって、一応瀬尾川辺りが出るって言ってくれたんだけど、あいつに全部出す訳にもいかないじゃん? という訳で……」


 そう言いながら、両手を合わせ、申し訳なさそうな表情の五日市が目線を送っている。

 とうとう迎えた体育祭本番。疑心暗鬼になりつつも、今の時点では問題なく進んでいる。とはいえまだ午前中。問題のデスティニーボイスは午後なので、それまではクラスの役割に準じようとしていた。


「で、どれに出ればいいんだ?」

「障害物競争でいい?」

「駄目といっても無理なんだろ。まあ順位には期待するなよ。運動能力皆無なんだから」

「そこは期待してないから大丈夫」


 いや仮にも頼んでいる身なんだから、「そんな事無いよー! 雨宮、意外と運動出来るもんっ!」って言ってくれた方がやる気でるよ? もちろん五日市がそんな事を言えば、まず唖然とするだろう。

 そうして頼み終えると、そのまま五日市は運営テントへ戻って行った。どうやら生徒会も仕事が色々あって、大忙しのご様子。ひとまず俺は自分のクラスの応援席へ戻ると、瀬尾川を中心に声を上げて、盛り上がってる。こういう時ってリア充であればあるほど、盛り上がれるイベントだよなぁ。


「あれ、雨宮君。そんなとこで突っ立っててどうしたの?」

「北条さんか」


 声をかけてくるなんて余程の気まぐれ者かある程度コミュニケーションを取っている相手と思っていたが案の定だ。体操服姿と赤のハチマキをしっかりとおでこに巻いた姿はこれまた男子に深く印象付けそうだ。現にちらちらと瀬尾川がこっち見てるし。

 ちなみに俺達のクラスは紅組だ。


「残念な事にこれからサービス残業があるんだと。土曜に来ている時点で休日出勤だというのに」

「え、えーと……つまり休んだ男子の代わりにこれから競技に出る事になったと?」

「そうだ」

「へえー、何出るの?」

「障害物競争だと。一番面倒くさそうなもんを押し付けられた」

「あ、じゃあ私と同じだ」

「あ?」

「私も出るんだよー。何なら男女ペアで出ないといけないんだよ」


 なん……だと……

 戦慄しそうになる気持ち抑えつつも男女ペアというあれほど目立ちたくないという自身のスローガンに違反、それも相手がまさかの北条だ。もう減点加算され過ぎて、免停レベル。


「それじゃあ行こっか。そろそろ入場ゲート集合だし」

「……勘弁してくれ」


 人間、面白い物や変わった物があると興味が沸く。つまりこの二人が一緒にいるのも珍しい訳であり、入場ゲートで待機しているだけでひそひそ話があちらこちらで飛び交い始める。

 早く終わって、適当に競技場の隠れられそうな所で身を潜めよう。そう心に誓い、いよいよ順番が回ってきた。だらけながらもスタート地点まで運ばれ、ようやく障害物競走全体のステージをその目に焼き付けた。


「なんか……意外とそれっぽいな」

「まあ昔からずっとある競技だし、毎年テコ入れしてるらしいから、内容もその年の実行委員の趣向で変わってるらしいよ」


 まずハードルがあるのだが、これが徐々に高くなっていく。故に一定のペースで飛ぼうとすると思わず足を取られる可能性が高いので慎重に一つずつ進んでいく必要がある。続いてパネル形式の問題。それぞれのレーンにパネルがあり、お題が書かれているのでそれをこなす。近くに実行委員が待機しており、クリアしたかは彼等が判断する。問題はランダムで下手すれば、定番の誰かを連れてこいとかならば、その時点で蒼はリタイヤだ。

 その後は地面に張られたネットを潜り抜けて、ゴール。想像よりも難しそうなのは一目瞭然だ。さっそくスタートして走っている生徒も転んだり、問題で足を止めたりしているし。


「あれ? これってもしかして相方のサポートしていいのか?」

「そうだよー。だから二人ペアだもん。いやーそれにしても瀬尾川に嘘ついといてよかったー。私も欠場って言わなかったら、諦めなかったと思うし」

「……おい、一応聞くけど俺は欠場した選手の代わりなんだよな?」

「そうだよー」


 裏があるとは思いたくないがこの悪魔的笑顔には焦りを感じ得ない。

 と、考えている内にようやく出番が来た。スタート地点に立つと他三組、計八人の生徒が出揃っている。


「それでは位置について、よーい……」


 パン! と大きな空砲音が響く。

 とりあえずまずは抜かれてもいいのでゆっくりとハードルを越えていく。やはり見ている分と実際にやってみる分では感覚がかなり違うが転ぶ事なく突破。ふと周囲を見ると白組のペアが一組はパネル前へ、もう一組は女子が先に行ってしまい、男子が遅れている。一方の紅組はパネル前にいるのは俺だけだ。

 ひとまず先にお題を確認する。


『四字熟語を十個書け』


 パネルに備え付けられたボールペンを手に取り、浮かんだ言葉をどんどんと書き込んでいく。一応文系のクラスに所属している身だ。これくらい頭を抱える必要もない。

 そうして書き終えて、最後のネットへいち早く向かおうとした。が、隣から声がかかってくる。


「あ、雨宮君……ごめん、これ……」


 申し訳なさそうにそう言いながら、こちらに手に持っているパネルを見せてくる。


『好きな人をつれてきて、一緒にゴールまで行く』


 ……本当にこの学校は大丈夫だろうか。前言撤回、頭を抱えそうになった。


「瀬尾川でもつれてこい」

「え、いやー流石にあいつにこのお題知られたら、面倒だし。一応本心はまだ変わってないつもりだし……」


 北条は顔を赤くしながら、ちらちらと目を向けてくる。

 弱ったが考えている様子はない。紅組がお題を達成し、ネット前まで向かっている。


「とにかく行くぞ。このままバレないように進む」

「う、うん」


 近くにいた実行委員の女子に目をやると、首を縦に頷きながら、ニヤニヤと見てる。ぶっ飛ばすぞ、こいつ。

 しかもそのまま先へ行こうとした矢先、


「あ、一応手を繋いだままお願いしますね」

「はあ!?」

「好きな人、って事なので」


 いや何でお前が照れてるんだよ。

 しかしもう時間はないのでやけくそだった。北条の手を取り、そのまま全速力で走っていく。


「手が痛かったら、言ってくれ。でもなるべくは耐えろ!」

「う、うん!」


 彼女も流石に恥ずかしいのか、顔を俯いたままである。この姿が全校生徒に見られているという時点でもうクラスの応援席には戻れないな、これ。瀬尾川に殺されてしまう。

 全速力もあって、すぐにネット前へ着き、匍匐前進で進んでいく。まだ挽回のチャンスはあるがそんなのどうでもいい。今はこの辱めを早く終わらせたいだけ。


「あ、雨宮君。ごめん、足引っかかって」

「外せるか?」

「え、えーと……ごめん。助けてもらっていい?」


 ため息をしつつも、横にいる北条の絡まっている足を外そうとするが思った以上に複雑に絡まってる。なので一度足を軽く持ち上げようとしたのだが、とにかく終わらせる事が精一杯でつい早くほどけさせようと北条の太ももを掴んでしまう。


「ふぁ!? ち、ちょっと雨宮君!」

「あああ、悪い! ほら取れた! 早く行くぞ!」


 そうしてネットを潜り抜けた……はいいが、


『紅組、最後の一組です。ペアのコンビネーションは抜群で見てるこちらが恥ずかしいですね。そのまま競技も別の方面も頑張ってください』


「やかましい!」


 そう叫びながら、目の前のゴールラインへ走り去った。


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