第2話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 2



「これが合同誌」


 と、ユマロマは何冊か分厚い本を鞄から取り出し、俺達に渡した。


「ほー、結構ページ数あるな」

「まあ何十人かでやるものだからそんじゃそこらの同人誌とはわけが違う」


 というよりもはや雑誌に近い。

 イラストだけではなく、漫画やSS、作品に対する考察等々……本当に沢山の人が関わっているだけあって、読み応えも半端ない。


「で、どうだ? イラストでもSSでもどっちでもいいんだが」

「いやいやいや。俺らどっちも書いた事ないっすよ? というかそんなん急に言われてもキツ過ぎでしょ」

「リズ、そこは安心してくれ。まだこっちのイベントまでは一か月以上はある。最悪一週間前までに入稿すればギリギリ間に合う計算なんだ。ここは俺を助けると思って」

「助けるも何もこっちが助けてばっかじゃん」

「……それはどういう事だ?」


 いやそんなに睨んだところで思い当たる節しか浮かばない。

 まずは思い当たる所から一つ。


「nichさんの誕生日プレゼントを選んだ」

「うっ!?」

「nichさんとのデートコースを考えた」

「ぐがぁ!?」

「ああ、それとnichさんとご飯行く為の口実に使われた」

「うごぉ!?」


 スリーアウトを取って、見事に勝利。

 というより三月の時点で初対面なのに、三か月程度でよくもまあここまで交流を深めてるものだ。どこに惚れたのだろうかと聞いても、「一目惚れ」という一般的な回答しか返って来ない。

 まあ桜咲くかどうかは置いといても、蒼もnichさんと話すのは好きだし、ヲタクトークが思う存分広げられる。


「という訳でむしろ貸しを返してほしいのですが」

「ま、まあ今回の分と合わせた上で礼はする」

「その言葉も会ってから、何十回聞いたことやら……てかイラスト描くにしても俺、液タブとか持ってないんだが」

「俺のお古を貸す。で、どうだ?」

「なるほど。それを踏まえて、断る」

「何で!?」


 いやだって面倒くさいし。

 そもそも作品は読み専なだけであって、作り手になるのはキツい。闇が深すぎる世界と聞くし、よくSNSで叩かれるって聞くし、あと作品を素直に楽しめなくなるとか。

 まあ何とか頑張ってくれと声をかけようとしたが、先に隣に座っているリズが口を開く。


「俺、いいっすよ。道具貸してくれるなら、イラスト挑戦しますよ」

「へ?」

「おおっ! 流石リズだな!」


 思いっきりユマロマがリズの肩を叩いている。

 いやいやいや。


「お前馬鹿か? 素人がいきなり同人誌とか無謀過ぎる」

「そうか? 俺、イラスト集とかよく読んでるし」


 読んで描けるようになるなら、絵師は蟻よりも多いぞ。


「なら蒼はSSだな」

「その流れはおかしい」

「SSも大変と聞くが、俺達の中では誰よりもラノベを読んでいるお前だ。きっと最高の作品を作れると信じてる」


 確かに月に購入する小説は二十冊以上でほとんどのライトノベルをレーベル関係なく読破している。しかしそれとこれとは話が違う。


「文章を書くなんて経験ないぞ。せっかくの完結記念なのにそんな作品載せたら、失礼だろ」

「熱意があればオールOKだ」


 そういう根性論が広まってるからブラック企業はなくならないんだ。


「よし! では俺達は夏の同人イベントに向けて、これから各自創作活動を行う。無事に入稿出来るように頼むぞ」

「うぃっす」

「絶対にやらないからな」


 俺に書けるはずがないと、この後も終始思っていた。



 × × ×



 翌日の昼休みは珍しく図書室に来ていた。

 別にユマロマに刺激されたという事ではないが、一応帰宅してから少しだけ調べてみたのだ。


 SSとは二次創作小説を指し、ファンがそれぞれの物語のIFストーリーとして展開している作品である。原作ではありえない展開に魅力を感じるファンは多く、ネットでは無数に存在する。

 しかし中にはアンチメイトを目的とした作品もあり、批評されている物もある。イラストに比べると表現しやすいと思ったのか、巧妙に構成されて、中には普通の純愛物な作品よりも評価が高いものもあり、どこか首を傾得ないものだ。


「……さて」


 周囲を見渡した。昼休みの図書室は相変わらず賑わっている。机に座って、本を読む者もいるのだがそれよりも人が集まるのは窓際沿いのパソコンが並んでいる長テーブルだ。学校内で唯一自由に使える場所がコンピューター室以外だとここしかない。よって多数の利用者がいるのだが、その事を事前に把握済みなので四限後に急いで移動しているので一番端にある席を確保出来た。

 パソコンの電源を立ち上げるとデスクトップ画面から文章作成ソフトを立ち上げる。

 とりあえずまずはプロットと呼ばれる構想決めから始めて、そこから本文執筆、推敲を繰り返し、完成。この流れで行こうと思う。いやあくまで形だけだ。別にSSを手伝うとは決めてない。無理そうならすぐに中断して、辞めてやる。

 さてさっそくと思ったところで携帯がぶるっと鳴った。すぐに取り出して、内容を確認する。


『今どこですか?』


 神様からだ。

 久々のメッセだがここで返信するとしばらくは解放されない。

 後で返そうとそのままブレザーのポケットへしまう。


「まずは主人公の」


 ここでまた携帯が鳴った。一応神様以外かもしれないので確認する。


『何で無視するんですか?』


 放置。さて、続きを、


『教室にはいないですよね』

『次は移動教室ですか?』

『食堂にもいないですよね。中庭か生徒会室ですか?』



「うるさっ!」


 思わず叫んでしまい、慌てて口を押さえるも周囲からの視線は既に突き刺さっていた。軽く頭を下げて、再びパソコンの画面に目をやる。


「えーと、ここは他キャラエンドの話ではなくて」


 ぶるっ。

 何も言わず、机に置いた携帯に視線を動かす。もういい。もう知らん。というかこれ以上送るなら電源切る。


「んー? メッセ送ったのに反応ないなんて蒼君ひどいな」


 おい。図書館では私語厳禁だぞ。静かに使おうが昔からのモットーだからな。

 そして蒼とかいう奴、女の子からの連絡はなるべく反応してやれ。ただし神様、てめーは駄目だ。

 そういえば蒼って名前、ずいぶんと自分と似てるなぁ。


「おーい、蒼君。聞こえてるー?」


 ……一応自分の名前は雨宮蒼だ、と再度確認する。

 そして念のために恐る恐る蒼は声のする方に振り返ると、


「あ、やっと気づいた。やっほー。久しぶりだね、蒼君」


「……有菜ありな?」


 随分久しぶりに女の子を名前で呼んだなぁと感想が頭に浮かんでいた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る