第3話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 3
この名前と酷似している名前を蒼は知っている。
ではこの二人の関係性は?
このヒントを与えれば、少なからず答えは導き出される。
「久しぶりだね。お姉ちゃんと別れてからだから丁度一年くらい?」
「去年の九月以降だからそんくらいだな。久しぶり、有菜」
そう言うと、
そりゃあ元カノの妹なんだから、ある程度は知っている。何なら二人で映画行ったり、ご飯行ったり、去年の夏には夜に天体観測したり……いや恋人関係ではないけど。
しかし相変わらず笑った顔は姉そっくりだ。どこかあの人の面影をも漂わせるせいか、無理にでも思い出しそうになる。
「というかここに入学したんだ」
「当たり前じゃん。お姉ちゃんは来るな、来るなって言ってたけど、そう簡単に諦めきれないからね。蒼君にも会いたかったし」
「そいつはどうも……というより」
改めて周囲を確認する。やはり刹菜の妹である有菜も目に惹かれる存在だ。一方でそんな彼女と会話しているのは学校一の悪者。二人が何を話しているのかは興味が尽きないのだろう。静寂だった空間がざわざわと騒がしくなっていた。
「……何の用だ?」
「用事はないけど……それより場所変える?」
どうやら気を遣わせてしまったようだ。こちらとしては早々に話を打ち切った方がよかっただろうがこの子の性格を考えるとその意図は絶ち切った方がいい。
パソコンの電源を落とし、そのまま図書室を立ち去った。後ろには有菜もついてきてるのでそのまま近くの階段を昇り、最上階、屋上への扉を開く。教師からは入るなと言われているが、そう言われると入りたくなってしまうのが生徒の性。
「屋上って入れるんだね~」
「一般開放って訳じゃないがな。ま、特に騒いだりしなければ誰も来ないし」
お昼の休憩場所の一つでもある。教室での食事が気まずい時は青空でも見ながら、コンクリートの地面に横になると爽快な気分になれるのでベストポジションだ。個人的には秋と春の陽気溢れる日がおすすめ。そのままお昼寝して、気付けば一日の授業が終わっている。
「蒼君は図書室で何してたの?」
「ちょいと知り合いの頼まれ事を。有菜は?」
「お姉ちゃんに会う予定だったんですけど、急に別件入ったみたいで」
別件……そんなはずがない。端の席に座っていたのを三年生が目にしたのだろう。
「俺のせいか」
「違うよー。というかまだお姉ちゃんと仲直りしてないの?」
「そういう次元じゃない。有菜だって聞いてるんだろ」
「なーんも。お姉ちゃん教えてくれないもん」
妹には話してなかったのか……。
少々意外だった。彼女の事だから妹には必ず話すと思っていたのだがどうやら思い過ごしらしい。
「それよか蒼君、ご飯は?」
「四限の時に済ませた」
「早弁というやつですか。ちなみに私はダイエット中でー」
「聞いてない。つかいつまでここにいるんだ? 誰が来るかわからないんだぞ」
「えーいいじゃん」
「さっきみたいに面倒な事になるだろ」
「さっきみたいに、ねぇ」
有菜の声色が変わった。「しまった」と思ったところでもう遅い。先程とは打って変わって、真面目な顔した有菜がこちらをじっと見つめている。
「有菜、聞いてないんだよね。どうして蒼君がこんなにも疎まれてるのか」
「知らない事がいい事もある」
「……それがそうでもないんだよねぇ」
「は?」
疑問詞を口に出すと、有菜は空を見上げながら話を続けた。
「蒼君は有菜の事をどう思う?」
「可愛い可愛い刹菜さんの妹」
「そう! お姉ちゃんの妹! そこが問題なの!」
可愛いを否定しない辺り、自信家だな、こいつ。
「入学してからは早三か月。こんだけ時間が経つと、有菜に告白してくる男子も多くなってきました」
「自慢かよ」
「もちろん嬉しいと言えば嬉しいんだけど、皆口を揃えて、「刹菜さんに似ている」「刹菜さんみたいな笑顔」。もう聞き飽きました!」
実際その通りなのだからしょうがない。瓜二つとまではいかないが目元なんかはマジでそっくり。髪型は有菜はセミロングだけど、姉はロング。まあその辺は個人のお洒落なので置いておく。
あとはそうだな……笑った時の笑顔? いやこれは既に出てるか。じゃあ刹菜さんと同じく、しゃべる時にそうやって指をくるくる回す仕草とか? ただ似ているだけだから、これも同じ。
まあつまりはしっかりと姉を見て成長しているのだ。
「で、それが何で俺の件と繋がるんだ?」
「決まってるじゃん。蒼君がお姉ちゃんと別れなければ、今頃はみーんな有菜だけを見てくれてるはずだったんだよ」
何ともまあ理不尽というか横暴というか。
だが、刹菜と別れた原因は一応自分にある訳で、そう考えると罪悪感に苛まれていく。
「という訳で説明を求めます」
「だが断る」
「何で!?」
「話したくないから」
「昔は二人共なんでもかんでも相談してくれてたじゃん!」
「今と昔は違うだろ」
そんなわかりきった話をする為なら時間の無駄だ。そのまま立ち去ろうとするが有菜に腕を掴まれる。
「ふふふ、私が諦めない性格だと知ってるでしょ?」
「うざいところもな」
「ストレートに言うのは女の子を傷つけるんだよ! これ教訓」
「はいはい。学ばせて頂きました。じゃあこれで」
「だから帰らない!」
解放してくれない以上は話を聞くしかないのだが、最近人に関与する事が多かったせいかろくな目に合ってない。故に余計な事を考えるのはNGだ。
「人間話したくない事の一つや二つあるもんだろ」
「それでも人にはやらなければならない事があるのです!」
「やらなくてもいい事もあるんだよ。それに俺に聞かなくても、クラスの誰かに聞けばいい話だろ」
「……クラスですか」
「そ」
「無理な相談だね」
「何で?」
そう聞くと、有菜はちょっとだけ溜め込んで、やがて口を開いた。
「クラスからいじめられてるから」
「今の間はなんだ」
「言うかどうか迷ったんだよ。でもほら、こちらから腹を割らないと話は進まないって言うじゃん」
「いや間が怪し過ぎるんだけど」
「……まあ少し盛ってる」
でしょうね。俺と違い、彼女は人辺りがいいので嫌われる要素はほぼないはずだ。
「でもクラスに相談ができないのは本当。だって蒼君の話をすると、「よくわからない」とか「やばい人ってしか聞いてない」っていう答えばっかり」
「そこまで分かれば警戒に値するんだろ」
「でも有菜は蒼君を知ってるよ」
痛い所を突いてきた。
あの件以前の俺をよく知っているだけあって、下手な誤魔化しは通用しない相手だ。しかし個人的には知り合いな以上、幻滅させるような事を口にしたくはないし……
そうして考えていると、有菜が何かを思いついたように手を叩く。
「わかりました。それじゃあ蒼君。一つ、頼み事を聞いてくれない?」
「頼み事?」
「そ。ちょーっと体育祭で困ってる事あるんだよねぇ」
にやりと笑みを浮かべた有菜に先程の余計な事に顔を突っ込まないという自身への誓いは早くも破られそうだった。
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