第3章 人間カウントダウン
第1話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号
「ひゃっほおぉぉぉ!」
かなり久々の自転車通学、いやクロスバイクの通学に朝からテンションが上がっていた。ついでに言えば学校自体も二週間ぶりである。停学明けには一体どんな苦痛が待ち受けているのやらと楽しみ一杯……という訳がない。
そもそも何で一人なのかといえば、今朝になって神様から『しばらくは護衛をしなくていいです』と連絡が来たのだ。
何だかんだ従っていた神様の護衛も用済みとなった今、自由になれたはずなのにどこかもやもやした気分が頭を遮る。
「……着いてしまった」
あんなに時間かかっていた通学も十分足らずで着いてしまう。昔とほぼ変わらないはずなのにしっくりこない。それが余計に癪に障る。
そこまで自分は彼女がいる日々に固執していたのかと思ってるから。
「あ」
「あ」
駐輪場から昇降口へ入った途端、丁度中履きに履き替えている五日市と目が合い、互いに声を漏らした。しかしそのまま自分の下駄箱へと向かい、履き替えるとさっさと教室へと足を進めた。
大方、北条から話は聞いているだろうがこちらからも事情は聞きたいはず。だが今更終わった事に口を開かなければならない理由はない。これでしばらくは彼女の助けはなくなるが我慢するしかないか。
教室へ入ると前みたいに机が倒されている事も白いユリが添えられた花瓶が置いてある事もない。停学前とほぼ変わってない机に腰を下ろした。
教室内の雰囲気は新学期当初に戻った様子で無事に終戦していたようだった。おかげであの苦労は無駄ではなかったと少しばかりほっとする。いや何で安心しているのか。酷い目に合ったというのに。
「あ、一限目の体育なんだけど香川がHRすっとばして練習に行っていいってさ」
「マジで!? なら早く行こうぜ。今年はガチだからな」
「そそ。つかマジでショックなんだけど。今年から運命の告白無くなってんじゃん!」
「あーなんか違う競技に変わるらしいぜ。で、そこで勝てばまた告白の権利が与えられるとか」
男子共がやけに盛り上がっている。理由としては階段を上がる時に見た体育祭のカウントダウンポスターが関係しているのだろう。そういえばもうそんな時期か。
志閃高等学校の体育祭は格段特別な事を一つだけしている。
先程の会話にも出ていたが『運命の告白』というストレートな表現通りの大告白大会がある。告白内容はどんな事でも問題ないが多いのがやはり好きな人に想いを伝える事だろう。
「……おはよ」
「おはよう」
隣の席主がたどり着いたようで挨拶を交わす。こういう時逃げ場のない隣同士は不便だ。
「体育祭さ、あんた余った競技に勝手に名前入れられちゃったんだけど」
「何でもいいよ。どうせ勝っても負けても興味ないだろ」
「……応援はするけど」
「ん? 何か言った?」
「うっさい。さっさと授業行け」
まだHRが始まってないのにと思ったが、そういえばさっき今日のHRをすっとばしていいとか聞こえた気がする。仕方なく更衣室へと向かった。何だか五日市の機嫌も悪いので触らぬ神に祟りなし。
まだ登校時間のせいか、やはりすれ違う生徒がこちらに視線を向けてくる。今更驚く事もないがもう学校中に一連の騒動は広まっているのだろう。無知な一年生も雨宮蒼がどんな人物なのかは知られているはずだ。
とりあえずさっさと着替えて、体育館に移動しようと少し急ぎ足になるとポケットの携帯がぶるっと震えだした。見るとリズからのメッセだった。
『今日の放課後、暇? ユマロマがちょいと手伝ってほしい事あんだって』
久々の同志ともいえるヲタクからの連絡にふと笑みをこぼしながら、
『了解』
と即座に返事をした。どうやら今日一日を乗り切る為の理由が出来たようだ。神様の傍にいる必要もないし、たまにはゆっくりと羽を伸ばすのもありだろう。
× × ×
「……これは?」
「見ての通り、原稿のデータだ」
「何も書かれてないように見えるんですけど……」
「当たり前だ。下書きすら描き終えてない」
いや自信満々に言える台詞じゃないだろ、それ。
「何で俺と雨を呼び出すのかと思えば、まさかネタくれって事すか?」
「そのまさか! もう何も浮かばねえんだよ! やろうと思ってる事は既に誰かが描いちゃってるし」
「でもそのイベントなら大丈夫じゃ」
「一度誰かがやった事はしたくねえんだよ!」
そういうものだろうか。
ユマロマに呼ばれ、電車に揺られながら、終点の池袋まで足を伸ばした俺はリズと合流し、待ち合わせのファミレスでユマロマとある打ち合わせに入っていた。
「でも俺達で思いつく事なんかないですよ? 大体イベントっていつですか?」
「一週間と四日後」
「それ間に合うんですか……?」
「講義サボれば」
これ留年コースだろと思った。リズも苦笑いしているから察するに同じ事を考えているに違いない。
「それにお前達を呼んだ理由がもう一つある」
そう言って、ユマロマは鞄から一冊のライトノベルを取り出して、俺達の前に差し出した。
「これ……『プライド&リジェクト』ですよね」
「いやー最終巻読んだんすね。まさかの先生が勝つとは……」
「メインヒロイン争奪戦は見ごたえだった」
プライド&リジェクト。
プライドが高い主人公が自分には彼女がいないという事を友人に指摘され、高校卒業までに彼女を作る事を決意。彼に群がるヒロイン達は一癖も二癖もあるのだが何よりも彼女達は全員主人公並みにプライドが高い。それを主人公が打ち砕き、彼女達を惚れさせるという如何にもなラブコメ作品。
最終巻では誰とも付き合う事なく終わったと思えば、まさか相談役の先生に卒業後告白。無事ハッピーエンドと不意を突かれた結果だった。これにはネットでも話題騒然で評価も一変。まさに今年度を代表してもいい作品の一つだ。
「今度こいつの合同誌を作る」
「合同誌……って何ですか?」
「まあ簡単にいえば、一人ではなく何人かでイラストや漫画、SSなんかを決められたページ数で描き、作っていく。今回は完結記念って事だな」
SNSではよく目にしていたが実際に知人が主催してると思うと、大きいプロジェクトに見える。ただ技術だけじゃなく、コミュニケーションも必要とされる仕事だ。俺には想像もつかない苦労がある事だろう。
「で、今回の合同誌、実はまだあんまり人が集まってないんだ」
「……すいません。俺達何も出来ないっすよ」
「右に同じく」
「まあまあ話を聞け」
ああ……もしここで断っていたら、あんな目に合う事もなかっただろう。しかしこの時の俺もリズもきっとこの言葉に魅了されていたに違いない。
「お前ら、一緒に合同誌作らないか?」
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