第11話 好きと嫌いは紙一重 11



 彼女は本当にいい子だった。


 弱き者を助け、強き者に立ち向かう。

 ただそれだけの事、されどそれほどの事。周囲は彼女に憧れ、自分もああなりたいと思うようになった。

 それは彼女が小学生を卒業するまで。


 私が監査対象として彼女を初めて見た時はぐしゃぐしゃに泣きじゃくっている顔。ボロボロになった制服。


 何千、何万と少年少女の監視の任を与えられている以上は彼女だけじゃなくて、世界中を見なければいけない。その中でも群を抜いて、彼女はひどかった。

 信念としていたものは儚く散り、安堵出来る家も彼女にとっては両親に心配をかけまいとする舞台の一つでしかない。自室にいても、時間が進む事を恐れ、夜も満足に眠れない。時には真夜中に呼び出される事もあった。


「どうして……? 何で一緒の班にいるの駄目なの?」

「ごめん……佳美を入れるなって……」


 圧力は彼女の友人にもかかり、孤立するのに時間はかからなかった。

 この時、私はちょっとだけ神から作られた身でありながら、神を恨んだ。

 何故なんだ。どうして外見がいいからという理由でこの子を苦しめるのか。

 どうして傷つけられなきゃいけないのか。

 どうして心を壊されなきゃいけないのか。

 どうして誰も手を差し伸べないのか。


 人間はここまで愚かな生物だったのか。



 神が人間を作ったというなら、私は神の一部であることを恨む。こんな欠陥だらけの生物は何故存在するのか。

 過ちを犯し続ける世界の物語を何が楽しいのだろうか。


 いや私が間違っているのか。


 気付けば、彼女を見ていく内に私自身も壊れようとしていた。



 × × ×



 花珂佳美が橋から飛び降りた。


 ほんの一瞬だった。

 もう考えている余裕はない。どんなお咎めを受けようと彼女が生きていけるのなら、それでよかった。それほどまでに彼女の事が好きだったのかもしれない。

 咄嗟に思いついたのが意識のすり替えだったのですぐに行動に移した。冷静ならばもっといい案があったかもしれないがそもそも私に出来ることなんて限られている。神そのものならともかく、私は一部だ。


 こうして花珂佳美は一命を取り留めた。


 しかし問題が発生。

 元に戻れない。そりゃあ今まで前例がないし、試したこともない。リスクなんて言葉すら頭になかっただろう。

 ひとまず彼女の意識に声をかけてみようと試みるが反応がない。

 どうすればよかったのか。



 ひとまず私は花珂佳美として生活することになった。彼女を監視していたので家族関係や学校環境は問題ない。それに春休みにも入るのでしばらくは誤魔化せる。

 ただ私はすぐに元に戻りたい、とは思わなかった。

 幸い人間の身体でもどうやら力は衰えてはおらず、なんとか使えるようなのでこれを利用しない手はないと思った。

 人類に神が手を加える事は許されない、なんてルールはない。ただ神様は一度もそうしなかっただけなのだから。

 そして私は神の力を使えて、神様よりも慈悲深い存在じゃない。


「何? いちいち突っかかってきて。暇なの?」


 新学期始まったその日。私をからかってきた連中に対して、強く言い放った。

 それから何度喧嘩になったことか。保護者も交えた三者面談も何度も行われたがそれでも私は諦めなかった。

 暴力は使わない。人間なんて簡単だ。ちょっとした信用関係を崩すだけで憎みあい、いがみ合う。まずはいじめていた連中。知能が低すぎるので神の力を使う必要もない。すぐに学校どころか、外に出るのも恐怖になるくらい再起不能にした。進学もほぼ厳しいものになっただろう。

 佳美さんのはそれを見て、謝りに来たが許さなかった。

 三者面談の際にこれまでの経緯を報告する必要があったのだが、


「見捨てられました。クラスメイト達に。彼女達に」


 それだけ言うと、彼女達にも学校の目が届き、あとはいじめていた連中と同じで信頼関係に少しひびを入れるだけ。最もこちらに関してはどうやら佳美さんを裏切ろうとしていた事を後悔していたようで友人同士の仲はすぐに崩れていった。



 結局のところ、力なんていらなかった。意識のすり替え以外にも【対象を目視するだけで全ての情報を入手】【過去を弄る】なんかも使える。他にも思い浮かべば色々と力は使えそうだが今の所はこんなもんだ。

 けれどそんな事をせずとも自身の力で勝てたのだ。

 こんなにも脆いものに彼女は苦しめられていたと思うと、怒りが収まらない。私は自身の力で彼女達の過去を全て消し、ことにさせてやろうと考えた。

 けれどそんなことすれば私はどうなるだろう。

 神が人間の命を奪う。流石にそれは禁じられている。私はおろか神様にすら被害が及ぶかもしれない。

 それにもう彼女達は佳美さんに近づくことはない。ならこれ以上の反撃は不要と判断し、そこで私自身の怒りに終止符を打つことにした。


 それから私は改めて佳美さんとして過ごしていった。生活していく内に色々と分かった事もある。

 まず私の力は何故かわからないが佳美さん自身には通用しないという事。なので彼女が苛められていたという事実を消す事は出来なかった。もし使えれば、彼女が自殺未遂する事も私と意識が代わる事もなかっただろう。


 それと佳美さんは実はヲタクと呼ばれるある物事の愛好者であったという事。

 なんでもアニメやライトノベルと呼ばれる小説が好きで部屋中に何冊も見つけた。監視している時はそこまで見ていなかったが意外な趣味の発見で少しばかりか興味が沸き、気付けば熱中していたのだ。


 そんな時だった。彼女のスマートフォンを弄っているとあるSNSのアカウントを見つけた。


『神様@アニメ、ラノベ好き』


 そんな名前に思わず吹き出してしまったが自然とこの名前が気に入り、色んな人とコミニケーションを取っていくことが次第に楽しくなっていた。


 そんな日々だったが二学期が終わる頃には進路について、両親や担任と相談する機会が増え、悩みの種だった。佳美さんに無断で彼女の人生を決めていいのだろうか。

 私は彼女ではない。元に戻る方法を調べたがそもそも人間に理解出来るくらいならすでに私がなんとかしている。

 困り果てた末にひとまず進路を何とかしようと彼女の部屋を物色、手がかりになる物を探す事にした。

 すると、机の引き出しから一冊のノートを見つけた。

 ただの学習用ノートにしか見えないが名前欄には『雨宮蒼』と書いてあった。知らない名前だったので思わず中を開くとびっしりと書隙間なく広がっていたのだ……謎の物語とキャラクター設定が。

 あらすじは事細かく書いていて、どんな話かすぐわかったが本編はどこにもない。キャラクターも名前とツンデレやら妹やらの属性ということしか書かれておらず、絵は見当たらない。

 そういえば前にSNSで繋がったnichさんが言っていた。思春期のヲタクはこういう自分の作った世界をノートに残し、数年後それは黒歴史になると。

 黒歴史の意味がよくわからなかったがおそらくこのノートはそういうものだろう。

 だがどうして雨宮蒼という見た事も聞いた事もない人のノートがあったのか。


 もう少し私は部屋をじっくりと探し、その後私は彼を知るべく力の一つを使う事にした。



 雨宮蒼が私立志閃高等学校しりつしせんこうとうがっこうに入学している事がわかり、志望校が決まった。あいにく神の一部である以上は勉強なんてする必要が無い。

 合格も決まり、あとは卒業式というところでSNSでオフ会の連絡がきた。

 いつもネットで話している人に興味があったので参加を決意、そうしてオフ会当日の日が訪れた。

 大人ばっかりな上にがつがつと話を振ってくるので思わず引いてしまうところもあった。しかしこの人達はただアニメの話をしにきた人達だからと笑って誤魔化しているとき、三回目の席替えで私は彼に会った。


「ども。雨って言います」


 知っているよ。そう言いたくなったけれどここはSNSのアカウント通りのイメージを貫かないと。それにしても普通の男の子だよなぁ。カッコイイ訳でもないし、可愛い訳でもないし。

 でも何故だろう。私としてではなく、この身体が―――花珂佳美が喜んでいるように感じた。



 それから雨宮蒼は私と強引に繋がろうとしてきたヲタク二人から助けようとして、店内に響き渡る声で叫んだ。



「彼女は俺以外愛せない、何故なら彼女は俺以外に好意を向ける事は出来ないからだ! よってお前らがいくら口説こうが無駄! 無駄! 無駄! 無駄なんだよ!」



 何を言ってるんだ、こいつは、というのが最初の感想だ。

 けれど不思議と嬉しかった。

 人間にもこんな奴がいることに。


 それで思ったのだ。彼ならば何かを変えられるかもしれない。何かを知れるかもしれない。


 それから生徒会長に手を回したり、雨さんの信用を得る為に力を使ったりとここまで来るのにかなり手間取った。


 さてようやく会えましたね、雨宮蒼さん。

 どうして彼女があなたのノートを持っていたのか。何故あなたは人目を気にせずに大胆な方法で私を助けてくれたのか。

 そしてあなたならきっとこの難題も解決してくれるんじゃないんですか?



「彼女の意識を取り戻してくれませんか?」






 

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