第10話 好きと嫌いは紙一重 10



 なんだか違う。

 向き合った神様を見て、そう思ってしまった。別にどこも変わっていない。それなのに前と今では彼女の雰囲気が目新しく感じる。


「本当に……神様なんですね」

「信じてくれたのなら何よりです。初めからこうすればよかったんですね」

「……本当なんだな」


 全部彼女がやった事、その事実を簡単に受け入れられないのは当たり前だ。想像力がいくらあっても、妄想は妄想。現実になった瞬間、青ざめてしまうのだ。


「それでどうでしたか? あなたの望んだ通りの世界にしたつもりですけど」

「俺の?」

「その証拠にこんな世界も悪くないって思ってるんじゃないですか?」


 沈黙は肯定とはよくいったものだ。


「雨さん、いや雨宮さん。ようやくお話が出来ますね」

「その前に……この世界はもう変わらないのか?」

「いえ。明日にはまた元通りですよ。あくまでお試しなので」

「試し?」

「はい。これから言うお願いをもし雨さんが叶えてくれるのであれば、永久にこの世界にしてあげます。まあ世界を変えるなんてことはしないです。今回も既にご存じの通り過去をなかったことにした、だけですから」


 平然と神様は言った。

 あの事件が。あの想いが。あの青春が。何もかも存在しなかった、彼女はそう告げているのだ。

 俺にとって人生の分岐点だったあの事件がなければ、このような普通な高校生活を送れた。そんなの想像だけのつもりだったのに一度経験してしまえば、ますます自分に言い訳が効かなくなる。


「とりあえずそこのベンチで話しますか」


 近くに用意されたかのようなベンチがあったので移動して腰を下ろす。

 並んで座ると、丁度肩がぶつかってしまい、思わず神様の方を見ると「ふふっ」と笑みを浮かべていた。


「恋人っぽいですね、こういうの」

「それについても説明してもらいたいんだが」

「いいですよ。なんだかオフ会の時よりも慣れ親しんだ感じがして、嬉しいです」


 普通に話しているがオフ会の時から神様だとしたら、あいつらを追っ払う事も可能なんじゃなかったのか? 過去を帳消しに出来るなんて大層な事が可能な時点で動作もないはずだ。

 そう考えている内に神様が本題を切り出した。


「さて、まず初めにさっきの挨拶に一部間違いがあったので改めて挨拶を」

「もう何回改めてるんだ」

「面倒なんですよ、彼女と私は。という訳でまず私、彼女の意識を担当している神様で、身体の方は花珂佳美さんが担当、まあ本来の持ち主ですね。という訳で私達は二人で神様という事です」


 と、神様は自信満々に言い切っていた。

 もちろん俺の表情からは「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの困惑が広がっている。


「わかりやすく説明を」

「えーとですね、てっとり早く言うと、佳美さんの意識がないので代わりに私が面倒を見てるんです」

「へ?」


 こほんと咳払いして、神様は言葉を変えてこう発した。


「花珂佳美さんは一年前に自殺未遂で意識が無くなってるんです」


 絶句した。しかしそんな俺をよそに神様は話を続ける。


「先に彼女について話しましょうか。元々佳美さんはアニメやラノベが好きでもなく、かといって他に趣味があるような女の子じゃなかったんです。彼女はどこにでもいる普通の子。ただ見ている通り、ちょっと他の子よりも可愛いというか」

「まあオフ会でも絡まれるくらいだったし」

「本当にあの時はありがとうございました」

「でもなんとかなったんじゃないのか? その……神様の力ってやつで」

「ちゃんとそこも説明しますから。せっかちな性格って言われません?」


 やかましいわ、と心で叫んでいた。どこかの会長みたいな事を言いやがって。


「まあヲタク風にいうなら、神様ガチャでSSR引いたってところですね。ちなみに普通の子がRでそこそこ可愛かったり、カッコイイ子がSR。あ、蒼さんはノーマルです」

「うっせえよ。いいから続けろ」

「で、そんなSSR級の可愛さを持っていれば当然周囲からいい目ばかりで見られる訳ではありません」


 生徒会室で神様と会長の三人で話した時をふと思い出した。

 神様は過去にそういう経験があったと言っていたのを記憶している。今更どのような事があったかなんて聞くのは野暮だろう。


「それで? 必死に足掻いた花珂さんはどうなったんだ?」

「足掻くという事はしませんでしたよ」

「は?」

「出来なかったんですよ。この子は優し過ぎて。暴力も暴言も彼女は誰かを傷つけるような真似はしたくなかったんです。だからやられるがまま。上履きや教科書が隠されるのはもちろん、SNSでデマを流され、時には知らない変質者集団に襲われかけたこともありますよ。全部苛めていた彼女達の差し金ですけどね」


 自身にあった出来事なのに淡々と話す彼女は異様そのものだ。

 普通ならば辛そうな表情が欠片でも浮かぶだろうと考えるのだがまるで他人事のように真顔のままだった。


「そうして二年生の終わり。終業式の日でした。朝学校へ行くと、担任から呼び出しがあって、話を聞きに行ったら彼女が友人を万引きに強要させたと言われました」

「言いがかりってやつか」

「しかし既に教職員の皆さんはていた連中が広めたデマを信じていたので無駄でした。ただ何よりも佳美さんにとっては数少苛めない友人が自分を裏切ったという事実に何もかも折られ、その日は家に帰らず、町を歩き、遠くへいこうとしたそうです。まあ途中で疲れ果ててしまうんですけどね。で、もう生きるのに疲れたと近くにあった橋から川に飛び込みました。結構な高さでしたから、死ねると思ったのでしょう」

「飛び降りなんて結構痛いだろうに」

「でも彼女は死ななかったのです」


 神様を一息置いてから、くるりとこちらを振り向いた。


「私が助けてしまったから」


 今度はちょっと寂しそうにそう言った。


「ようやくあなたの正体についてですか」

「ですね。私の正体ですが言ってみれば神様の中で作られた花珂佳美を監視する為に作られた存在とも言えますかね」

「監視? 何の為に」

「人間という生物の愚かさと浅ましさを観察する為ですよ」


 神様は視線を俺から夜空に変えて、話を続ける。


「雨宮さんもご存じだと思いますが今の世界は正直者が馬鹿を見る。そんな世界です。当然神様はそんな事許しはしません。しかし益々ひどくなっていくこの世の中、何故そうなってしまったのかを探るために一番いい観察対象が思春期の真っ只中でもある中学生でした」

「大人の真似事をしたくなる年頃だからな」

「もちろん監視していたのはその時だけでも何千、何万とそれ以上の中学生を一度に見ていました」

「聖徳太子よりも凄いな」

「神様ですからっ」

「で?」


 あっさりドヤ顔の神様をスルーして、神様を急かした。


「つまんない男って言われません?」

「いいから」

「はあ……まあ佳美さんもその内の一人だったのですが彼女はその数万の中でも心境の変化が著しかったので一目置いてたんです。そんな時に当然川に飛び込むんですから、そりゃあもう大変でした」


 どんなに優れた容姿だろうと外見と中身は別。こうして話を聞けば、改めて花珂佳美という少女の過去がどれほど悲惨なものかを少しばかりか痛感出来た。全部理解は出来ない。俺は花珂佳美ではないから。

 

「しかし問題がありました。彼女を助けた方法は彼女の意識のままなら、死んでしまうと思い、自分の意識とすり替えたのです。曲がりなりにも神様の一部な私です。人間ならば耐えられない痛覚でも私なら大丈夫だと」

「しかしすり替わってしまった彼女の意識がどこかへ消えてしまった」

「理解が早くて助かります」


 ニコリと神様は小さく笑みを浮かべた。


「ではそろそろ入るとしますか」

「お願い、か」

「はい」


 神様は目を伏せ、どこか申し訳なさそうに、しかしはっきりと口にした。







「彼女の意識を取り戻してくれませんか?」







 

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