第9話 好きと嫌いは紙一重 9



「三十五点!? 嘘っ!?」

「へったくそじゃん!」


 違和感しかない居心地の悪さに耐えながら、周囲に合わせるように苦笑をする。

 初めて高校の人とカラオケに来ては見たが、オフ会みたいにアニメソングで盛り上がる事はなく、知らないJ-POPやジャパロックの歌を聞いても、「へえー」とも「好きかも」ともならない。

 ちなみにクラス全員来ているのでこの部屋には二十八人全員揃っている。最初は一部屋に収めるのは無理だと思ってはいたがパーティールームという大人数も収容可能な部屋があるおかげでみんな仲良く盛り上がれるとの事。幸いこんだけ多いと、クラスでも上位ランクにいるような連中しかマイクを握らないのであとは適当に話したり、男子に至ってはソシャゲをしてる奴もいる。


「あ、蒼君」

「え、ああ俺か。何?」


 聞き慣れない名前呼びにワンテンポ遅れて反応する。

 当然その名前で呼ぶのは彼女だけだ。


「ドリンクバー行くけど、行く?」

「ああ、行こうか」


 二人揃って出て行くと、周囲からニヤニヤと温かい視線が突き刺さってくるので足早に部屋から抜け出していく。


「今日ってさ、この後暇?」

「この後? 暇だけど、さっき北条さんが女子だけで二次会とか言ってなかったっけ?」

「あーそうなんだけどね。ちょっと抜け出したいなって」

「……つまんないのか?」

「カラオケちょっと苦手で」


 えへへと苦笑いする五日市さん。そういえばカラオケ興味ないんだっけ。


「いいよ。俺もそっちの方がいいし」

「だよね? 蒼君もあんまり騒がしいの嫌いだって言ってたし」

「言ったっけ?」

「前に言ってたよ。ほら、その……で、でで」

「……デートって言いたいの?」


 聞くと、顔を背けて、耳まで真っ赤にしていた。

 初めて見る初々しい彼女の姿は控えめに言って、可愛い。いや普通にこいつは女子の中でも可愛い方だと思う。よく男子の会話に聞き耳立てていると可愛い女の話題で必ずと言っていいくらい名前が挙がるくらいだし。

 いつもはそれとない態度で友人とは認めてもらえない間柄だったのに、恋人関係にジョブチェンジした途端、緊張するってギャップ差がありまくりではないだろうか。


「とにかく! その時に言ったんだからね!」

「はいはい」

「むぅ……なんか納得いかない」


 自然に口元が緩んでいた。

 流石にクラス全員からいきなり認められるようになったのは恐怖だったが、彼女とこうして笑い合えるのは素直に嬉しい。


 しかしこれが彼女の言っていたズルなのだろうか?

 HR後からずっと原因について考えていた。もちろんすぐに神様と話していた事を思い出したので心当たりがあるとすれば間違いなくそれだ。慌てて神様に連絡したが未だに返信はない。月曜に会えと言っていたのは向こうなので釈然としないがクラス会に行く予定もあったのでとりあえずまた後日に連絡する事にしたが本当にこんなアニメやラノベみたいなSFチックな事を彼女がしたというのならば、紛れもなく認めざるを得ない。


 本物の神様だと。


「ねぇ、蒼君」


 声に反応して、すぐに振り向いた。


「何? 五日市さん」

「今日じゃないんだけどさ……その前にその”五日市さん”ってどうしたの?」

「え?」

「いつもは名前で呼んでくれてるじゃん」


 五日市さんの表情からはどこか拗ねている様子が見られる。確かに恋人同士なら互いに呼んでもおかしくないか。

 軽く咳払いして、その名をゆっくりと口にする。


「侑奈さん」

「どうしたの? えへへへへ」

「いやそんなににやけなくても……」

「そういう些細な事でも嬉しくなっちゃうのが女の子なんだよ」


 男の子も名前で呼ばれるとかなり嬉しいですよ? と心の中で聞き返しておく。


「で、どうしたの?」

「うん。ちょっと思いついたんだけど、ゴールデンウィークって蒼君は予定ある?」

「いやないけど」

「そっか。じゃあ家来る?」


 その質問にしばらく静止し、ドリンクバーのボタンを押し続けたおかげでコップからメロンソーダがこぼれ出していた。気付いた頃には手がベッタベタ。

 家? 家って五日市さんの家? 恐る恐る聞き返してみる。


「家? 誰の?」

「私の。両親が二人で旅行行って、弟は合宿。だから誰もいないよ」

「俺と?」

「他に誰がいるの?」


 本人は「何かおかしいの?」と言わんばかりの目でこちらを見つめている。

 いや間違ってはいない。今の俺と五日市さんは【同じクラスメイト】ではなく【恋人関係】という高見の存在になったのだ。ちなみにヲタク同士で「俺の彼女がさ~」や「最近クラスの地味な女の子に~」等と彼女、片思いアピールは大体が想像らしい。ソースはユマロマ。


 閑話休題。


「……その」

「それとも嫌?」

「いや! そういう訳じゃないんだけどさぁ……その……あの……」


 ここまで狼狽えるのは久しぶりだ。

 今まで恋人いない歴=年齢だったので実際に体験するとこんな反応になってしまう。よくラノベ主人公に対して、「はよいけや!」と思うところがあったがこれからは責めないようにしよう……。


「と、とりあえずその話はまた」

「まあいっか。じゃあ後で話そうか」


 結局逃げる事は出来ないのか……。

 でも心の底では嬉しいのかもしれない。だって友達になりたかった相手が恋人として隣にいる。自分のせいで一緒にいるところを不審に思われない。クラスに自分がいても、皆が受け入れてくれるのだ。

 俺は過去の事件のせいで貼られたレッテルを剥がさないまま、全校生徒に嫌われ続け、そのまま卒業するものだと思っていた。でも気軽に話しかけてくれる人がいる、恋人がいる。

 正直な所、たったそれだけで自分の強がりはこんなにも脆かったのだと認識し、ほんの少し失望もした。

でもどんなに言い訳したところで結局は自分も"普通"になりたかったのだ。


「お、お二人さん戻ってきたー! 次二人でデュエットしてよ」

「で、デュエット?」

「いいじゃん、いいじゃん! 侑奈もさっきから歌ってないじゃん、ね?」

「わ、私あんまり得意じゃ」


 この後出番が来るまで必死に動画サイトでデュエットソングを聞き、二人で音を外しながら、歌い切ったのも俺にとっては貴重な思い出になった。



 × × ×



「ん」

「……こう?」

「こ・い・び・と・つ・な・ぎ」

「は、はい」


 言われるがままに指を絡め合わせ、ぎゅっと彼女の手を握った。

 その効果はにひひと満足げに笑う五日市さん。普段の彼女からは絶対に想像出来ない態度も今日一日で少しばかりは慣れてきた。というよりも個人的にはこっちの方が好きかもしれない。いや好き。


「次の土日どうしようかなー」

「何かあるの?」

「会長から頼まれ事。色々と面倒なんだよね、新年度って。予算会議やら文化祭、体育祭の準備会議、それから」


 次から次へと愚痴混じった今後の予定が彼女の口からこぼれていく。

 カラオケは皆よりも先に脱け出した。あれ以上一緒にいるのはなんだかこそばゆい。それでも久々、いや人生で初めてともいえるクラス会に参加出来たのはきっといい経験だろう。


「んーいいや。やっぱり会長には上手く言って、断ろ」

「聞かれたら説教されるな」

「どうせ今日もサナさんと一緒にデートしてるよ」


 サナさん。

 志閃高等学校三年。フルネームは海風うみかぜサナ。生徒会長、雪村真一の彼女である。俺と同じ帰宅部というそこそこ話す事もあった。といってもピアノをやっているのでその練習で部活動に入れないだとか。結構国内のコンクールで数多く受賞しており、将来的には音大などに進学ではなく、留学するかもしれないと以前会長が寂しそうに語っていたのを覚えている。


「ま、先輩達はあと一年で高校生活も終わりだもんね」

「俺達はまだ二年もあるけどな」

「それでも学校生活終わるのって嫌じゃん」

「そうか? 早く働きたいとは思うけど」

「蒼だけだよ。大学まではちゃんと行ってよね。高卒は嫌だよ」

「それは多分大丈夫かと」


 むしろ進学しないとなれば、両親との家族会議は避けられない。特にやりたい事もある訳ではないし、専攻して進めている事もない。ならばひとまずは進学する、って判断が妥当だろう。

 無論、まだ二年生なのだから、これから見つけるかもしれないが。そうして話す話題が曖昧になったところで一つ話を切り出した。


「侑奈さん」

「何?」

「ちょっと聞きたいんだけどさ……雷木刹菜さんって知ってる?」

「知らない方がおかしいでしょ。うちの学校であれほどの美人はいないんだから」

「そっか……知らないはずないもんな」


 ここまでは予想通りだ。


「あのさ……去年の文化祭の事、覚えてない?」

「去年?」


 本題を切り出した、

 すでに半年以上も前の話なのだが雨宮蒼という少年が全校生徒を敵に回した最悪の事件を引き起こした舞台、それが文化祭だったのだ。

 少なくとも今の状況になる前なら一年を除く全生徒が知っているはずだ。偶然参加出来なかった生徒も友人伝いに話を聞いているくらいの大事件を起こしている。

 しかし五日市さんはきょとんとした顔つきで口を開いた。


「覚えてるよ。私が蒼に告白したのが文化祭じゃん」


 そうか。

 やっぱり無かった事になっているのか。

 今でも記憶から離れないとの思い出。そして自分があの人を裏切ったあの日の事が。


 これが―――神様の力なのか。

 認めさせるためだけに過去を変え、皆が俺を受け入れた世界。


 やっぱり俺の知っている雨宮蒼じゃない。


 でもあくまでそれは自身が知っている自分なのだ。これから先は想像もしなかったような生活が待っている。言ってしまえば、こちらの方が苦しまないし、何よりこんなにも可愛い彼女が隣にいる。


「あ、ちょっとお手洗いに行って来るから、待ってて」


 言うと、その場を離れ、少し先のコンビニへと向かって行った。


 ようやく一人になれた。今までならずっと一人だったのに今日は一日中誰かが傍にいて、気が休まらなかった。違和感ばかりのこの生活はしばらくは考えさせられる事が多いだろう。

 でももし続くとしたら、いつの日か当たり前になっていくのかもしれない。



「いかがでしたか? あなたの望んだ世界は」



 声のする方に目をやると、制服姿の女の子が一人立っている。


「……」

「改めて自己紹介をしましょうか。初めまして、雨宮蒼さん。神様です」





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