第8話 好きと嫌いは紙一重 8



 

 しばらく沈黙が続いた。当たり前だ、この発言に「はい、そうです」と信頼を置いて、応えられるはずがない。

 というよりこの子は自分をからかっているのだと思い、眉間にしわを寄せる。


「その顔はやっぱり信じてない顔ですよね……まあ普通に考えても本物の神様って言葉だけで信じる人なんているわけないか」

「いや……まぁ」


 神様は苦笑いしているが落胆した様子を隠しきれていない様子だ。

 ひとまず話を整理しよう。


「ごめん。話が全く読めないんだけど、本物の神様ってあの神様?」

「全世界で崇拝されているあの神様です」

「よくソシャゲなんかで出てくる神格化したキャラとかじゃなくて?」

「この子の記憶からそういうキャラがゲーム上で作られている事は知ってますけど、私は本物ですよ、雨さん」


 余裕じみた笑みを浮かべた神様はそう言った。

 瞬時に俺の脳内には一つの感想が浮かんだ。


 この子は相当かもしれない。


 会長には申し訳ないが冗談で言ってるようには見えないこの子を見ると降参の報告を上げたほうがいいのかもしれない。


「いやー……その」

「こいつは何を言ってるんだ? ってところですか」

「……」


 素直に肯定すればいいのだが、自然とそれが出来る程、彼女との仲はまだまだ親密ではない。向こうは違うようだけれど。


「んー、やっぱり雨さんでも無理か……いや今から違う人を探すのもなー」


 ぶつぶつと独り言を呟き出したのでひとまずはアイスコーヒーを一気に飲み干す。

 こんなに可愛い容姿でも中身は結構なクレイジー気味。ヲタクどころか一般人からも彼女を受け入れるのは困難だろ、これ。


「仕方ないですね。では改めて雨宮蒼さん」

「はいはい」


 投げやりの返事をした。ようやく何か考え付いたようだ。


「来週の月曜日にまたお時間頂けませんか?」

「来週?」

「ええ、私を本当の神様だと信じてもらう為に少しだけズルをするので」


 と、神様は得意げに笑みを浮かべた。


「随分と強気だけど、その前に今日の目的を聞いてもいい? 君を神様だと認めた上で頼みがあるんだろ」

「そうです。でもそれを説明するにしても、やっぱり私を本当の神様だと信じてもらわないと話しにくいと思うので」

「まあ君がそれでいいならいいけど……」

「それに信じてもらえた方がさっきの質問に対しても、理由を言えると思いますし」


 さっきの質問とは俺が聞いた恋人の件だろう。とにかく来週まで先延ばしか。

 思わず力が抜けて、息を吐いた。別に初めから力んではいないはずだが、どこか精神的に見えない何かと戦っていたのかもしれない。無論、その敵が彼女の中に潜むものだとは分かっているけれど。


「そういえば雨さんって部活とかやってないんですか?」

「やってないよ」

「委員会とかもですか?」

「やってない。基本放課後は暇だよ」

「じゃあ遊び放題ですね。あ、でも生徒会の仕事を手伝ったりとか謎の組織を結成して、宇宙人を探したりする方が私達にはいいかもですね」

「そこまで二次元と混雑してないから」


 話の流れを変えたと思えばこれである。ヲタク趣味もここまで行くと病気になるのかもしれない。いやそれは差別に当たるか。


「でも思ったことはないですか? 自分にも突然美少女と知り合って、最初は喧嘩ばかりで仲良くなる気配はなくても、自然と彼女の為に身体が、頭が勝手に働いて、そして心を持っていかれる」

「ラノベ展開がぽいぽい起きるなら、彼女いないって嘆くヲタクなんかいないよ」


 何なら手を握られただけで勘違いしてしまうくらいヲタクという人種は単純な生物なのだ。口では否定的でもこの間の帰り道で神様が咄嗟に手を繋いできた時は少し意識してしまっていた。


「そしたら同じ趣味を持っている友人の女子と帰り道に二人でゲーセンやアニ○イトでデートしたり、時にはカラオケでデュエットしたり。で、たまにガチのデートに行ったら、互いに緊張しつつも嫌じゃなくて、本当の気持ちに」

「気付かない」


 神様が言い終わる前に断言した。

 きっとそれは自分自身にしたかったのだろう。

 しかしこの時の俺は気付いてはいなかった。俺が口を開いた時に表情が険しくなっている事に。それを知っているのは目の前で見ていた彼女のみという事も。



 × × ×



 翌週、月曜日。

 入学式も終わり、今日から改めて新体制ともいえる学校生活がスタートする。

 ガイダンスばかりの授業も今週から再び黒板とにらめっこ&ノートに写すという仕事に切り替わるので真面目に受けないといけない。というのも、サボったりすれば、テストの際に誰にも範囲を聞けないからという理由だ。一応隣にいるスケットこと五日市侑奈に頼む事は可能だがなるべく授業態度の評価を落としたくない。成績優秀ではなく、教員にすら心配されるくらい学校生活が安定しない人間である以上はそういう部分で評価してもらうしかない。

 なんて思っていると教室へ向かう途中の廊下で見覚えある後ろ姿を見つけた。


「おはようさん」


 声に反応したようでくるっと振り返った五日市さんと目が合った。


「へっ? あ、蒼君か。おはよ」

「ん、おは……蒼君?」


 明らかに空耳だろう。それくらい彼女の口からは想像も出来ない言葉だ。

 

「今日さ、先週行けなかった私達含めてクラス会をもう一度やろうって来たんだけど、蒼君どうする?」

「は? 何で俺が」

「だって先週は私と一緒に用事あったから行ってないよね? 五月が仲間はずれはかわいそうだからって」


 と、丁度教室の前まで到着しており、五日市さんがドアを開ける。


「おはよー」

「おはよー! 今日も雨宮君と一緒なんだ」

「ち、違うから! たまたまさっき一緒になっただけだし」

「否定しなくてもいいんだよー。もう付き合って半年なんだからー」


 北条さんがこちらの方を見て、笑いながらからかっている。それに彼女が顔を赤くしながら、すぐに自分の席に向かっていくのに対して、俺はその場に立ち尽くしていた。


 何だ、これは……。


「あれ? どうした雨宮」

「え、あ」

「今日のクラス会いくだろ? 先週のカラオケマジで見ものだったぜ。新山がさ」


 と、名前も知らないクラスメイトの男子が話し始めた。さらにどんどんと一人、また一人と集まってくる。

まさに異様としか言えない光景だ。かつて自分を軽蔑し、忌み嫌っていた彼らが自然と笑みを浮かべながら、声をかけてくる。


 そう、まるで友達と接するようにだ。


 やがてチャイムが鳴り、それぞれの席へ戻っていったのでようやく自分の席に着くことが出来た。


「よーし、全員いるな。んじゃ今日なんだが」


 担任の挨拶は変わらない。でも知っている。最初も、そして次の日も必ずこちらの方を見ずに確認している事を。

 それが今日は隅から隅まで見渡しているのだ。きちんと俺の方も確認している。


「それじゃあ今日も一日頑張っていくぞ、日直」


 号令が終わり、そのまま朝のHRを終えると再びにぎやかな雰囲気に包まれる。


「蒼君、結局どうする?」

「え?」

「クラス会。私はその……」


 チラっと五日市さんは後ろの席へ視線を向ける。見れば、北条さんがこちらを見ながら、手を振っている。


「……行きたい……かな」

「……わかった」


 五日市さんの顔が明るくなり、立ち上がって、北条さんの元に駆け寄って行った。

 思わず承諾してしまった。いやそうする事しか出来なかったとでも言うべきか。まるでいつもそういう返事をしているみたいに自然と口から零れ落ちたのだ。

 それから一限目までに後ろの席の男子や廊下から沢山の生徒に声をかけられ、高校生活初ともいえる高校生らしい一日を終える事になった。



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