第7話 好きと嫌いは紙一重 7






 今日は何もない素晴らしい一日だった、と日記に書きたくなるくらい何もなかった。


 授業と言っても、今日のメインは入学式だ。

 なので最初はガイダンスばかりで適当にやり過ごすだけでいいので真面目に受けるのは来週からでいい。元々この一週間はクラスの皆とコミュニケーションを図り、一年間協力してやっていきましょうというゲームで言うところのチュートリアル、ラノベならプロローグ、アニメならアバンなどに当たるところだ。

 なので、この後本編に入る訳なのだが俺はそんな通常ルートを辿ってはいない。何なら物語が始まってすらいないだろう。


「侑奈ー。今日はいいでしょ?」

「あー、じゃあ生徒会が終わってからで」

「おっけー、おっけー。んじゃあとで連絡するね!」


 隣からやかましい女子の声が消え、ようやく落ち着く事が出来る。


「やっとやかましいのが消えた、ってところ?」

「その言い方だと五日市さんも彼女の事をうるさいように言ってないか?」

「言ってないわよ。ちょっと強引過ぎるけどね」


 ちなみに彼女は北条五月ほうじょうさつき……さん。クラスメイトの名前なんて全く覚えないのに、昨日も今日も彼女のそばで騒ぐので頭の中にきちんと名前が刻まれたのだ。もちろん他にも五日市さんのそばには何人も声をかけにきているのだが彼女だけは格別。普段あんなに声のボリュームが大きいとしたら、大声で叫んだら、スピーカー並みになるんじゃないか? と思ったくらいだ。あと女子だから一応さん付け。


「それじゃあまた来週」

「あれ? 明日の生徒会の手伝いは来ないんだっけ?」

「あいにく俺は完全週休二日制を取っている」

「あっそ。でも会長がせっかく頼んでるんだし、あと明日その手伝い終わった後暇だからさ、よかったら」


 何やら色々言っているがそろそろ待ち合わせ時間なので足早に教室を後にした。

 今日も残念ながら直帰ではなく、すでに用事が入っている。一週間に二回も用事があるなんてまるで社畜かリア充みたいだ。マジやばたにえん。

 駐輪場に向かい、マイバイクである通学用のクロスバイクに乗った。満を持して、ようやく納車になった新品である。昨日までは通学も遊びに行くも母親下がりのマザーバイクを使用していたのだがすでにそれは妹に引き継がれた。嫌がられたので再び母親が使う事で話は収まったが。


「……早い、早いぞ!」


 喜びの声を上げ、目的地の喫茶店へと向かう。颯爽と進むその速さはママチャリと比べ物にならなかった。某アニメでも通常の三倍は早いという有名な台詞があるが実際にその気分を体感しているみたいだ。

 おかげで学校から喫茶店までは今まで十五分かかっていたがその半分以下の五分で到着。坂もすいすいと登れるので一度やったら辞めれな……サイドスタンドがなかった。

 仕方なく電柱に鍵をくくりつけて、支えるようにして倒して止める。いや本来はこれでいいんだけど学校の駐輪場だと流石にスタンドはある方がいいよな。

 なんて脳裏で考えを浮かばせたまま、喫茶店『RABAS』へと入っていった。


「いらっしゃいませ」

「すいません、先に後輩が来てると思うんですが」

「あちらのお客様でしょうか?」


 と、店員さんの視線の先を追いかけると奥のテーブル席にちょこんと座る神様がいた。まさか高校生活で後輩女子とお茶をする日が来るとはねぇ。急にメッセで誘われた時は何事かと思ったがこちらとしても聞きたい事があったので丁度よかった。


「ごめん、遅くなった」

「あ、お疲れ様ですっ! すいません、呼んでしまって」

「いや全然。というか神様こそ始業式なのにいいの? 色々とやる事が」

「大丈夫ですよー、どうせ大したことやりませんでしたし」


 何だか考え方が少し似ているようで安心した。

 アイスコーヒーを注文し、さっそく話を切り出してもらう事にする。


「それで?」

「え、えーと話す前に一つだけいいですか?」

「どうぞ」

「雨さん、あ、いや先輩は」

「呼びやすいほうでいいよ」


 緊張していると見たので、ひとまずリラックスさせようとする。


「じゃあ雨さん。確認したいんですが雨さんは私の事を信じてる……でいいんですよね?」

「自分自身を神様って思い込んでるって話?」

「はい」

「まあ……というよりあの時の話でこっちも聞きたいことあるんだけど」

「あ、じゃあ先にどうぞ」

「そう? それじゃあ遠慮なく」


 こほんと軽く咳払いして、


「どうして俺の事を恋人って言ったの?」

「……え?」


 神様は首を小さく傾げていた。可愛いな。

 しかしとぼけているつもりなのか? きちんと会長から聞いてるのでここは追及してかないと。あの時はあれ以上話を広げられず、しかも神様を丁度良く戻ってきてしまったので中断したがここできっちり確かめとかないと後々面倒な事になりそうだ。


「俺と神様は恋人じゃないよね?」

「言ってくれたじゃないですか? オフ会で」

「オフ会……まさかあれ?」

「そのあれですよー」


 軽く答える彼女に思わず呆然とした。

 会話に出てくる"あれ"とはオフ会で下心満載の男性参加者から神様を守るために蒼がラノベの台詞を使って、隙を作った事だろう。

 確かにあの台詞通りなら自分=蒼、彼女=神様に当たる訳なのだが、アニメ好きのオフ会だからこそ出来た芸当であり、そしてそれは本当の事なんかじゃない。


「いやその……あれはあいつらから君をそらすためについた嘘で」

「でも私は好きですよ? 雨さんの事」

「いやだから……」


 照れる様子もなく、平然と数回会っただけの男にここまで好意を持たれるなんてあの時の行動は予想以上どころか、オーバー過ぎる結果をもたらしてしまった。


「あ、そろそろ私の方の話に移ってもいいですか?」

「何一つ解決してないのだが」

「手も繋いだ仲じゃないですかー、今更違うなんて誤魔化さなくてもいいんですよ」


 色々と面倒な事になりそうだから、聞いてんだよ!


 いや本当……何だろう、この振り回されてる感じは。マイペースにも程がある。深くため息をついた。もし彼女が本気で自分と恋人関係にあると思い込んでるのであれば、それは神様を思い込むよりも重傷ではないだろうか。

 仮にこの相手が俺じゃなければ、彼女の可愛さも相まって、勘違いする野郎ばかりだろう。むしろ好都合と捉え、どんどんと際どい要求をしてくるに違いない、きっとそうだ、そうに決まってると断言出来る。決して自分が過去に【アニメ好き、JC3】とプロフィール欄に書かれていた相手と毎日SNSで連絡を取り合い、好意を抱くようになっていたのだが実は彼女の裏垢でボロクソに叩かれていたという経験は何も関係ない。


「まあまた後で聞くよ。で、神様の話は?」

「はいっ! 話を戻すんですけど、雨さんは私を信じてるんですよね?」

「まあ理解の範囲内では」

「なるほど、なるほど」


  納得したように神様は頷いた。


「では本日の本題に入らせて頂く前に改めて自己紹介させてください」

「いや自己紹介ならもう」

「初めまして! 神様ですっ!」

「だから人の話を」

「あ、この場合は花珂佳美を監視していた神の方がいいですか?」


 神様ならまず人の話を聞いてほしい。呆れるばかりだ。


「あれ? 全然驚かないですね?」

「何が? 君は神様、本名は花珂佳美。うちの高校に入学してくる一年生で俺のフォロワーさん。それ以外何もないだろう?」

「あーもしかして信じてないですね」

「だから何が」

「私はなんです!」

「はあ?」


 後に雨宮蒼はこう語った。

 間違いなくこの瞬間が俺の高校生活のチュートリアルだった、と。



「私は本当の神様なんです」



 




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