第2話 好きと嫌いは紙一重 2
「やっぱ今期は不作だったよなぁ」
「だな。同人イラストの数も思った以上にないし」
「来期は期待できそうですね。なんたって二期祭りですし」
ヲタクの聖地といえば秋葉原。
そう、何でも揃ってしまう町。かつてはここを舞台としたドラマも制作され、一大ブームになり、今も日本有数の観光地として世界に名を轟かせている。
だからオフ会といえば自然と秋葉原に決まってしまう。主にファミレスでアニメやラノベ、ゲームについての談笑を二、三時間。成人してる人は二次会でそのまま居酒屋コースになるらしいが何分バイトすらしていない貧乏学生なので今日はファミレスのみ。
参加者はSNSでのフォロワー、その友人等が一様に集まってるので、ざっと三十人程。そこそこ規模が大きく、話が尽きる事はない。こちらの席もフォロワーのリズ、ユマロマ、nichさんが今期のアニメ反省会中である。
リズはSNSのフォロワーで同年代の高校生。向こうから接触してきたのをきっかけに仲良くなり、もう一年くらいの付き合いだ。 ユマロマは大学生の先輩なのだがSNS上でタメ口で話していたせいか、本人も「敬語使われるとむず痒い」という事なのでそのまま接している。ちなみに絵師さん。
最後にnichさん。読み方はニッチというらしい。今日が初対面になる。SNSでの絡みもつい数週間前で、最初は緊張したもののすっかり馴染んでいた。ちなみに女性の方である。
男性参加者は全体の七割で女性参加者は三割。四人掛けの各テーブルに男三人、女一人の割合で座っている。
このオフ会はこうした趣味が重なったファンとの交流が狙いだ。もちろんそれだけではない。おまけとしてその先―――恋に発展もありうる。
近年、某同人誌ショップが婚活イベントを企画したりとヲタク同士の恋愛も珍しい話ではない。こういう場はある意味そういう所としても捉えられる。もちろんあくまでヲタク同士の交流が目的なのだ。なので初めからそういった狙いがある方は下心見え見えなので、ただ楽しみたいだけの俺としては少々距離を置きたいもんだ。
「あ、そろそろか」
リズが声を上げた。
共に参加者達はそれぞれ立ち上がり、自分のコップを持ちながら、違うテーブルへと移動していく。
せっかくのオフ会である。限られた数人だけで話すというのは寂しい。なので企画者さんの意向である程度の時間が経てば、こうして席移動が始まる。
移動したら、初めての人がいる事が多いのでまずは自己紹介。
「ども。雨って言います」
我ながら単純なハンドルネームだ。でも覚えやすい。
続けて、一人、また一人と自己紹介を済ませ、最後の一人。対面上にいる彼女に目を向ける。
「神様……です」
「神様……さん?」
「は、はいっ!」
元気いい返事だ。
青みがかった黒髪、いや紺色とも見える特徴的な色合いに、小柄な身体。けどその笑顔はまだ見たことがない。そう、いたのだ。
神様は―――そこにいた。
「へー。神様って名前なんだ。なんか壮大だね」
「でも神様みたいに可愛い」
他二名もそう思ったのか、感想をこぼしていく。みんなからの注目を浴びたせいか、顔を赤くし、俯いてしまった。
「あ、ごめんなさい。気に障りました?」
「い、いえっ! え、えーと雨……さん?」
「はい」
「あ、あの……こないだはフォローありがとでした」
「フォロー?」
「はい。覚えてませんか? リズさんと会話している時に雨さんが参加してきて」
そういえば参加したような、しなかったような。友人の呟きだったので気にしなかったけど、いたのかこの人。返信で巻き込んだか?
「まあ自分でもちょっと覚えてないけど……まあ改めてよろしく。神様さん」
「こちらこそですっ! というか神様でいいですよ? そっちの方が呼びやすいですよね」
「それじゃお言葉に甘えて」
そう言うと、ニコッと笑みを浮かべて返す神様。
何このイベント。ここから恋が始まったりするの? 前言撤回、最高じゃん。アニメ好きな彼女とかヲタクが永遠に夢見る構図だよ。おっといけない、いけない。交流が目的なのだ、恋に繋げようなんて出会い厨がやる事だ。そう自分に言い聞かせている時だった。
「ねぇねぇ。神様ちゃんって随分若く見えるけど、もしかして高校生?」
隣の参加者が突然聞いてきたのだ。
見る限り年上で二十代、いや三十代はいってる。
「てか神様、アカウント教えてよ。俺もフォローするから」
今度は彼女の隣の男である。どいつもこいつも。可愛いのは一目瞭然だから分かるが流石にがっつき過ぎだった。
周囲を見渡すと、企画者さんのテーブルは結構離れてる。リズやユマロマ、nichさんもバラバラだし、ヘルプは求められない。
「あ、あの……流石にそういったプライベートは」
「はあ? 別にこれくらいいいだろ」
やけにドスの効いた声が降ってきた。
怖えぇぇぇぇ。
まさに蛇に睨まれた蛙だ。どんどんと彼等の発言はエスカレートしていった。というか持っている飲み物がワインだった。もうアルコール、インしている辺り更に頭を抱える。
しかしここで諦めきれない。もう一度リトライ。
「あ、あのですね」
「でさー。この後の飲み会でさー」
「うんうん。あ、よかったら、今度俺の家で見ない? うちプロジェクターもあるんだよね」
聞こえてますかー? おーい。
そんな心の叫びは届く訳もなく。
ちなみに神様は質問に対しては苦笑いを浮かべ、困惑しているご様子。流石にこれは見過ごせない。企画者さんに報告に行くか? まだ次の席交換まではまだ時間もある。とにかく何とか話題の矛先を変えようと口を開こうとした時、ふと彼女の顔を視界に入った。
「え、えーと……その……すいません……」
大の男二人から執拗に迫られ、怯えてしまった彼女がいた。
これ以上はまずい。彼女を助ける為に脳をフル回転させる。事を荒ら立てずに彼女を救う方法を見つける、相手が自分よりも倍の人生を生きた人達だろうと。
今彼女を助ける事が出来るのは自分しかいないから。
それから案が浮かぶのに一分もかからなかった。ここはアニメ好きしか集まっていない、そして自身もヲタクである以上、こういった状況をよく知っている。
これからやる事はただ一つ、アニメについて、語るだけ。それで彼女を助けられるはず。大丈夫、落ち着け。変に動揺すれば、却ってカッコ悪い。しかし企画者さんには後で謝らないとな……。
息を吸った。これから相手にするのは架空の敵ではない。リアリティ満載の大人達だ。なので痛いガキが厨二病満載の行動を起こしたとして、笑ってくれればいい。あいにくと抵抗はない。既に経験済みだからである。
「フッフッフ……クックック……」
詠唱始め。
まだ二人共気付かない。ではこれならどうだろうか?
「有象無象共がぁ! よく聞け!」
一斉に二人、いやファミレス中の視線が俺に集まっていく。
「彼女は俺以外愛せない、何故なら彼女は俺以外に好意を向ける事は出来ないからだ! よってお前らがいくら口説こうが無駄! 無駄! 無駄! 無駄なんだよ!」
あぁ、最高に楽しい。
ここまでくれば怖いものはない。よく皆でやれば怖くないと耳にする事があるのだが、今の俺を見てみろ。一人しかいないんだぞ? なら皆だろうが一人だろうが、結果は同じだ。
それなら俺は一人を選ぶ。理由? 簡単だ。
あぁ、気持ちいい。爽快だ。
見ろ、今世界は―――この俺だ。
× × ×
「本当にすいませんでした」
「いや面白かったからいいよ。こっちこそごめんね。そんな事になってるとは」
と、企画者さんは笑みを浮かべていた。
一次会のファミレスは終わり、これから二次会。大人達の時間らしい。といっても予定の時間よりかは早い。もちろん原因は先程の騒動である。
「いやー雨ってどういうメンタルしてんの? あれって『俺と彼女の中二病から生まれたラブコメ』の錦の台詞だろ?」
「聞くな、親友」
リズからは腹を抱えて爆笑された。
ユマロマは、
「流石だぜ、兄弟」
とハイタッチされた。どうやら男気が分かるやつらしい。
「ごめんね。私がもっと気を付けてれば……」
「いやいや仕方ないですよ。というより助かりましたよ。フォローしてくれて」
nichさんには本当に助けられた。
俺が叫んだ後、すぐに神様の異変に気付いて、テーブルへと駆け寄ってくれた。ちなみに俺はその後企画者さんのところに無言で近づいて、頭を下げた。当然ながら理由を聞かれたので答えると、彼等を注意しに行ってくれたのだ。もう二人は帰ってしまったのでいない。思いっきり舌打ちされたけど、二度と会わないだろう。
「それじゃあ俺はそろそろ」
二次会組、特に企画者さんに向けて別れの挨拶をする。見れば、ユマロマとnichさんも二次会に参加するようだった。リズは帰宅組だが買い物があるらしく、すでにお店に行ってしまったようで姿は見えない。
さて帰るかと、駅方向へ足を進めようとした時、
「あ、あのっ!」
「あれ?」
声のする方に振り返ると神様がいる。てっきりもう帰宅したものだと思っていたがまだいたのか。小走りにこちらに近づいてきた。
「さっきはありがとでした」
「いや、こっちこそすいませんでした。痛い事口走って」
「そんな事ないです! 雨さん、とてもカッコよかったです!」
「それは何より」
笑いながら話している彼女の表情を見て、ほっとした。今日はせっかくのオフ会なのだ。このまま幻滅してしまったら、今後はこういうイベントに参加しようとは考えないだろう。それが回避出来ただけでも、十分な成果だ。
「神様はこれから帰るんですか?」
「はいっ。あ、タメ口でいいですよ? 私年下なので」
「あ、そうなの? ってかそれ言っていいの?」
「雨さんなら大丈夫です。私が唯一愛してる存在なので」
「それは光栄です。なら駅まで一緒にどうですか?」
「えへへ、デートですねっ」
訂正。予想以上の成果だ。
女の子とデートする日が来るとは……感無量だった。昔、『デートしよ』と下駄箱に手紙を入れられ、当日、朝から補導された夜まで待った時みたいに嘘ではない。
隣にはちゃんといる、最高に―――可愛い女の子が。
「どうせなら手繋ぎます?」
「へ?」
間の抜けた声と共にぎゅっと片手に温かい感触が広がる。
「雨さん、よかったらまた会いません? 私、アニメの話が出来る人少なくて」
「こちらこそ。こんなのでよければ」
「よかった、えへへ」
やはり世界は俺だった、と心の底で叫んでいた。
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