479 海に落下
朝食を食べる頃になると、うじゃうじゃ集まっていた魔獣の姿も少なくなっていた。
「そろそろ戻るか。ここまで減ったら問題ないだろう」
「大物も倒したからね。残っているのは十メートル級の魔獣だけかな」
「ああ。できれば、もっと沖に散らしたいところだが――」
キリクが話していると遠くでドーンと大きな音がした。水に落ちる音だった。かなり激しい音だから大物が落ちている。
シウやキリク、休憩中の皆も一斉に見下ろした。
海面に飛竜の尾が見える。
「また落ちたか。派手に落ちたな」
「頭から突っ込んでるよね。気絶したかな、ちょっと行ってくる」
「待て、ルーナで先に移動する」
言うや否や、速攻でルーナを動かす。ルーナもすぐに応じるあたり、ふたりは最高の相棒だ。
真上に到着した時点でシウはもう飛び降りていた。背後から「ひっ」という声も聞こえたが、誰かなど確認もしない。そんなことよりも海の中だ。
なにしろ飛竜が一向に上がってこない。シウが《全方位探索》を強化すると、その理由が分かった。
「皆、海から上がって!」
叫びながらシウはそのまま海に突っ込んだ。飛行板は放り投げた。
勢いよく海に沈んだシウは水属性魔法を使って自分の体を移動させた。すぐに飛竜の首元まで辿り着く。そして、飛竜の首に噛み付いているクロッソプテルギイを掴む。
そもそも、おかしいと思っていたのだ。クロッソプテルギイは何度も何度も大きな魔獣に食い付いては深海へ戻っていった。いくら魔獣が体の割に異常な食欲を持っているとはいえ、あまりに多すぎた。一度に食べられる量ではない。
巣に運んで溜め込んでいる可能性ももちろんあったが、もっと考えられるのが家族の存在だ。
(番いの相手か、ひょっとしたら子供もいるのかも)
それを探るのは後だ。今は予備動作を示し始めたクロッソプテルギイを倒す方が先である。
シウは急ぎ、頭上のヒレに向けて古代竜の刀を刺し込んだ。
飛竜は首を噛まれていたせいで、海水は少量しか飲んでいなかった。気絶したままだったのも結果として良かったようだ。シウが体に縄を掛け、あとは皆で浮島に引っ張り上げた。もちろん魔法も使ってだから素早く引き上げられる。
そして力自慢の戦士職が飛竜の胸の辺りを強く叩いた。更に、別に降りてきていたオスカリウス家の竜騎士が飛竜の頭を引っ叩く。どうかと思う行動だが、飛竜は息を吹き返して正気付いたのだから結果オーライだろうか。
「浮島があって良かった、本当に良かった」
操者は自分だって投げ出されて怪我を負ったのに、飛竜の心配ばかりしていた。そんな彼を慰めるようにオスカリウス家の竜騎士らが「ポーションを飲ませたからな」「お前も飲め」と声を掛ける。
彼等はまだぼんやりする飛竜にも話し掛けた。
「お前ももう少し頑張れ。よしよし、俺のが先導してやるからな? 大丈夫だぞ」
ロープを体に引っかけ、数頭がかりで陸地まで一緒に飛んでいってあげるようだ。落ちた飛竜はなんとか持ち直して飛び立った。
そんな騒ぎの間に、別の事件も起こっていた。
「(シウ、今いいか?)」
「(いいけど、どうかした?)」
「(こっちも診てやって)」
放り出した飛行板は誰かが拾ってくれていたらしく、飛竜の具合を見ていたシウのところへ戻っていた。それに乗り、ロトスを目指して飛ぶ。
「何かあった?」
ロトスは元気だ。《全方位探索》ではアントレーネもククールスも問題ない。希少獣組ももちろん元気いっぱいに動いているのが分かる。
「あれ、もしかして――」
「さっきの飛竜に巻き込まれて落ちたみたいなんだ。ルコが心配してるから診てやって」
「カナルさん」
濡れたまま浮島の上で座り込んでいるが、怪我を負ったようには見えない。が、念のため《鑑定》する。
「大丈夫だよ、ルコ。ルコ、聞こえる?」
ルコは周りが見えておらず、焦っているようだった。体を温めようと寄り添いながらも、時々離れては何度もカナルに頭突きのような甘えを見せている。
「ほら、ルコ。シウが大丈夫だって言ってんだ。分かるだろ?」
ロトスがルコに優しい声で話し掛ける。
「きゅ……」
「落ち着いたか? あんたもデレデレしてないで何とか言えよ」
ルコには優しかったロトスだが、カナルに対しては冷たかった。
「いや、デレデレはしていない」
「してるだろ。ったく。でもまあ、ルコは頑張ったよ。偉い」
「きゅ?」
不安そうに「本当?」と見上げるルコへ、ロトスは笑ってみせた。
「ああ、偉い。海の中からちゃんと主を見付けて引き上げたんだからな。ルコの体じゃ大変だったろ。なのに頑張って捜し出して持ち上げた。偉いぞ」
ロトスがはっきり言い切ると、ルコはようやく落ち着いて動きを止めた。ロトスを見て、それからカナルに視線を戻す。そこで力が抜けたようだ。よろよろとその場に座り込んだ。
「ルコ、頑張ったんだね。偉かったね」
「きゅ!」
「よし。じゃあ、もう一踏ん張ってみようか。カナルさんもポーションどうぞ」
「あー、いや。俺、飲み過ぎててさ」
「そうなんですか?」
「その反動というか、酔いすぎでバランス崩したんだ。いつもはもう少しマシに魔法で対処できたんだが。情けないな。ルコに心配掛けて」
「そうですか。だったら、解毒魔法を掛けてから治癒魔法と強化魔法を掛けましょうか」
「……は?」
「ポーション酔いの解除と、それに伴う身体能力低下を防ぐための――」
「いや分かってる。分かってるが、それを同時に魔法でできるってのが」
言いかけて、カナルは黙った。黙って溜息を吐いた。
「……ま、いっか。キリク様の秘蔵っ子だもんな。よし、頼む。あと、ルコも診てやってくれ」
「はい」
答えながら魔法を掛け、ほぼ同時にルコも確認する。ルコは体力低下がひどかったので、こちらはポーションにした。あまりカナルの前で魔法を連発しない方がいいような気がしたからだ。
と言っても、もういろいろバレているだろうが。
最後に、シウはルコと目を合わせた。
「ルコ、無理はしちゃダメだよ。やりたいって思うのと、やれるのは別だからね」
「きゅ……」
「さて。ルコ、飛竜までカナルさんを乗せて飛べる?」
「……」
ルコは悩んだ様子で、しかし、しょんぼりと顔を下げた。
「きゅぅ」
「うん。ちゃんと、言えたね。『助けて』と言えるのは、自分自身をちゃんと分かっているからだ。それはね、とても大切なことなんだよ」
「きゅぅぅ」
「あのね、頼っていい時には頼ろう。周りにはたくさんの仲間がいるんだから」
「きゅ」
「誰もいない時にどうしても助けたいなら、命を賭けてでも頑張ればいい」
ここで自分の命を大事にと言っても、主を思う希少獣には伝わらない。シウだって、フェレスやブランカ、クロに何かあれば必死になって頑張るだろう。だから、ルコの気持ちを否定してはいけない。けれど。
「その代わり、自分が命を捨ててまで助けた相手が、その死を悲しむということも知っておくんだよ?」
「……きゅ」
シウはルコの頭を撫で、微笑んだ。ルコは賢い。シウの言葉の意味がちゃんと伝わったはずだ。
ルコはシウの手をペロッと舐めると、カナルに向いた。カナルが腕を広げる。そこに飛び込んで抱っこされるルコは幸せそうだった。
その後、呼び寄せたフェレスにカナルを乗せて運んでもらった。ルコは自力で飛べたのでそのうち元気になるだろう。
でもまさか、フェレスがルコに「どうしていつも元気なの」と質問され「いっぱい飛ぶ練習したらいっぱい飛べるようになるよ!」と話していたとは、思いもしなかったシウである。
フェレスはゴロゴロするのも大好きだけど、それ以上に負けず嫌いなのでスパルタ推奨なのだった。
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