480 終了、オスカーの話




 哨戒のための飛竜隊や騎獣隊の一部を残し、お昼前にはほぼ全員が陸に戻った。

 海岸沿いに大きな被害はなく、皆がホッとした。

 一部の魔獣は深海へ潜ったり西に戻ったりしたようだ。群れを率いる大型の魔獣が消えたことで散けたのだろう。

 波を起こす魔獣も見当たらなかった。スタンピードの流れが完全に止まったのは、群れがほとんど消えたからか、あるいは魔獣呼子のような何かが壊れたかだろう。

 ともかく、現時点でスタンピードはほぼ終了と言っていい。


 そしてキリクら上層部の間で話し合いが持たれ、終了が宣言された。

「俺たちはまだ続きがあるけどな」

 さすがに疲れたのか、だれた様子のキリクがシウたちのテントまで来て言う。

「あー、腹が減った。寝る前に何か食わせてくれ」

「はいはい」

 竜騎士らは適当に食べて適当に寝ている。テントにも入らず地面の上で横になっている者までいた。そういうことをするのはオスカリウスの人間ばかりだ。シャイターンの関係者が通りがかる度にビクッとしている。たまにシウのところへ来て「あのままでいいのでしょうか」と聞いてくるが、お門違いである。イェルドあたりに聞いてほしい。もしくは頭領のキリクにでも。

 そのキリクは、シウのテントの横で存分に食事を掻き込んでから宛がわれている立派なテントに戻った。さすがの彼も疲れ切っていた。きっと泥のように眠るのだろう。

 アントレーネやロトスたちも同じく食事を済ませるまでははしゃいでいたけれど、即寝落ちだ。騎獣組も同様である。ククールスとクロとシウだけがほんの少し後始末に走り回った。

「悪いね、ククールス」

「仕方ないさ。事後処理も仕事のうち、ってな」

 今日の流れを書類にし、他にも気になった魔獣の報告書を先に提出してしまった方がいい。

 キリクによると翌朝早々にアドリアナ国へ出立するという。シウたちも一緒だ。となれば、今のうちにシャイターン関係の用事は済ませておきたかった。

「なぁ、この魔核も提出するのか?」

「幾つかね。添付しておくと報告書の信用性も上がるかと思って」

「勿体無いなー」

「たくさん狩ったから、これぐらいならいいよ」

「……ていうかさ。シウ、お前、どさくさに紛れてやっただろ?」

「何のことかな?」

「まあ、いいけどさ」

 呆れた様子のククールスだったが、書類に添付する魔核や魔獣の一部をちゃんと整理してくれた。それらをまとめて箱に入れ、イェルドのいるテントにまで運ぶのが仕事だ。

 全て終わるとシウたちも休む。まだ夕方だったけれど、誰も彼もが疲れていたから会場を歩いている人は少なかった。

 ようやく終わったのだ。


 ――ククールスが言った通り、シウは最後のどさくさに紛れてあることを「やった」。深海に探知を広げ、そこでクロッソプテルギイの群れを見付け、転移して狩ったのだ。

 空間魔法は深海でも十分に効果を発揮した。空間壁は水圧にも負けず、深海の暗い中でも視界が良好だった。

 もっとも、景色を堪能する余裕はなかった。想像した通りクロッソプテルギイの巣があったからだ。夫婦や子という「家族」ではなく、もはや群れだった。シウは転移を繰り返して頭部に張り付き、弱点を刺しては倒すを繰り返した。

 途中で異変に気付いたクロッソプテルギイが犯人に気付いたようだけれど、その時点でもう遅かった。大物ばかりを先に狙って倒していたからだ。残った小さいクロッソプテルギイではシウの魔法をキャンセルできなかった。

 ともあれ、めぼしい魔獣は排除できた。取りこぼしもあるだろうが、それらは移動してしまった。来た道を帰っているとの報告もある。生まれた迷宮へと戻って力を蓄えるつもりかもしれない。ならば討伐できる機会もあるだろう。

 今はシャイターンでの仕事が終わった事実に安堵して、翌朝に備える。

 シウは眠くない目を閉じながら、フェレスとブランカに挟まれて眠りに就いた。

 ちなみにクロはシウの頭に寄り添っている。そこしか空いていなかったからだ。




 シンとした静けさの中、シウはそうっと起き出して伸びをした。

 遠くでシャイターンの関係者と思しき人々が歩いていたけれど、会場内に設置されたテントの中を慮ってか静かだ。話し声も聞こえない。

「空気が澄んでるなあ」

 真夏ではあるが涼しい。もちろん日が昇ると暑くなる。ただ、ロワルやルシエラほどではない。気持ちの良い海風が頬を撫でていく。

 爽やかさを満喫し終わると、テントのない場所まで向かって朝の運動を始めた。いつものルーティンだ。丁寧に体を解していく。

 そこに人が近付いてきた。振り返らずとも分かる。オスカーだった。

「お早いですね、シウ殿」

「おはようございます」

 動きを止めて会釈すると、オスカーは手を振った。

「お邪魔するつもりはなかったのです。どうぞ、続けてください」

 言葉通りに受け取ってもいいのか一瞬考えたシウだったけれど、オスカーがにこにこ笑っているので素直にストレッチを再開した。

「お体が軟らかいのですねぇ」

「毎日やってますから」

 足首をぐるぐると回すと、走るのは止めて「もう終了」という体でオスカーに向き直った。彼はシウが走るとは知らなかったようで、今度は「どうぞ続けて」とは言わなかった。


 オスカーに誘われ、シウは彼等のテントにお邪魔した。

「ゆっくり話をしてみたいと思っていたから、嬉しいよ」

 お茶を出されて一口飲んだところでオスカーが語り始めた。彼の言葉にシウが首を傾げると、にこりと微笑む。

「哨戒に行った中で、もっとも分かりやすく丁寧な報告書を出してきたのが君だ」

「ああ……。僕は自動書記魔法を使えますから」

「スキルにあるのかい?」

「いえ、複合魔法で」

 実際にはスキルが増えたため持っているが、複合魔法でも上位の書記魔法が使えることは研究済みだ。ロワルの魔法学校に入った頃は下位の魔術式で組んでいた。それを思うとシウはシーカーで随分と成長した。

「複合魔法か、すごいね。そういえば、君は複数属性術式開発を学んでいるとか」

 学んでいる教科まで調べられているのかと、シウはびっくりしてカップを手に持ったままオスカーを見つめた。

 実際には彼の情報は少し古い。シウはすでに複数属性術式開発を卒科している。今は上位にあたる新魔術式開発研究に所属していた。

「ああ、すまない。決して、悪い意味で調べたわけではないんだ。面白い人材を見付けると気になってね。うちに勧誘したいと思える人材だ。下調べは慎重にしないとね」

「勧誘ですか」

 カップを置いて、オスカーをジッと見る。彼は微笑んで頷いた。

「シャイターンには他国ほど魔法使いが多くないんだ。魔法大国のラトリシアとは比較にもならないが、シュタイバーンやフェデラルにさえ負けている。今回も主力を率いて対応したというのに、他国の貴族が率いる一団に任せるしかなかった」

 笑顔でしょんぼりするという不思議な表情を見せながら、オスカーは優雅に紅茶を飲んだ。しかし、彼が引き合いに出した「貴族」は普通でない。

 シウは苦笑して返した。

「オスカリウス家はシュタイバーンの中でも異常ですよ? 比べるのが間違いです。他国への応援にも駆り出される、魔獣スタンピード対策の専門家集団です。一流どころの魔法使いが集まっているのも当然で、そこを比べるのはおかしいかと」

「……おや。泣き落としで勧誘は無理ということかな」

 シウは肩を竦めた。オスカーが本気で言っているとは思えなかったからだ。

「数より質という場合もあります。土地によって考え方や対応も違うでしょう」

 シャイターンはシュタイバーンほど広くないし、北に位置している関係上、冬の寒さは比べものにならない。そのため必然的に魔獣の数も少なく、更に冬になればもっと減る。比べるのならそこも比べるべきだ。

 オスカーはシウの言いたいことが分かったようで、話題を変えた。






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