夏は大忙し―アドリアナ編―

481 国境へ向かって出発




 オスカーがシウを勧誘したいというのは半分本気のようだった。無理強いするつもりはなく、その話題はまた今度と流される。

 次に、オスカーは報告書にあった海の魔獣について語り出した。シウの書き込みすぎな報告書が気に入ったらしい。研究者にありがちだと楽しそうだった。

 オスカーと話すと、その博識ぶりと教授方のような分かりやすい説明にシウは感じ入った。ひょっとすると教鞭を執っていたのかもしれない。もちろん研究もしているのだろう。魔法だけでなく魔獣についても造詣が深い。

 なるほど、こういうタイプだからこそ人が集まるのだ。シウはチラリとテントの中を見た。部下が何人も集まり話をしている。時折聞こえてくる内容の下地には、オスカーへの絶対的な信頼感があった。

 アレンカもそうだったが、オスカーと一緒にいる魔法使いたちのレベルはかなり高い。

 先ほどオスカーも、ここにいる魔法使いは「主力」ばかりだと話していた。それほどレベルの高い人間が前線に出ている。実は最初に彼等を鑑定して、シウは不思議に思った。ラトリシアでは有り得ないからだ。シュタイバーンでもそうだが、レベルの高い魔法使いほど前線には出てこない。大抵は若手が引っ張り出されるし、彼等は彼等でレベル上げ感覚で戦う。それに身分が高い者ほど奥へ引っ込んでいる。

 オスカーが平民であれば分からないでもない。平民が出世するには結果が必要だ。しかし、彼の物腰や周囲の人の様子からも貴族出身であるのは明らかだ。

 結論として、オスカーが少々変わっているということである。もちろん国によって体制は違う。

 オスカーが話す中には「シャイターンがどういう国なのか」もあって、有意義な朝の一時を過ごしたシウだった。




 さて、早朝に出発と言われていたが実際には少し過ぎてしまった。対魔獣討伐団やシャイターン国の上部から「詳しい経過を聞きたい」と、入れ替わり立ち替わり人がやってきたからだ。

 対応したのは情報を取りまとめていたイェルドだったけれど、どうしたって近くにいるキリクにも問いたくなるのだろう。何度も同じ話を聞かれてイラッとしたキリクが最後に怒鳴って終了となったようだ。

 その話を、シウは本人から聞いた。

「部下からの報告書を見ろよ。そうだろ? 他国の領主に『情報を開示していただきたい』って、なんだそりゃ。部下を信じてないのか? おかしいだろうが。てめーらの部下が前線に出て働いたんだろうが。俺がそう言ったら、あいつら、どう返したと思う? 『英雄から見た現場を知りたいので~』だとよ。そうじゃねぇだろうが!」

「うんうん」

 シウはキリクの愚痴を聞く係になった。ロトスはいない。彼はサナエルに拉致され、ソールの上だ。操者の交代要員にされていた。ロトスが可哀想だと思ったのか、クロも一緒についていった。そのクロと仲の良いブランカも後を追っていったため、見張りと称してアントレーネやククールスらもソールに乗った。

 シウとフェレスは、イェルドたちと共にルーナの上だ。オスカリウスとは関係ない立場で他に乗っているのがオスカーとアレンカだった。彼等にだって自国の飛竜がいるだろうに「お願いします」と頭を下げて乗り込んできた。

 従者もいるため、ルーナの上は現在多くの人でぎゅうぎゅうだった。

 だからというわけではないが、シウとフェレスはキリクの横に立ったままである。必然的にキリクの話し相手、つまり愚痴を聞くしかなかった。

「イェルドもキレてたから相当だぞ」

「……イェルドさんは割とキレてると思うよ?」

 シウの呟きは聞こえなかったようだ。キリクは更に続ける。

「あいつ、相手の言葉尻を捉えて『でしたら、英雄税も払ってもらいましょうか』なんて言ってたからな」

「英雄税?」

「俺が呼ばれて駆け付けた際にイェルドが毎回『これぐらいは頂いている』って話している金額だ。謝礼金の話だろ」

「あー、そういうことなら相手は断れないね」

 商人気質の人が多いらしいシャイターンなら値切りそうな気もするが、さすがに魔獣討伐の対応を頼み込んだ他国の英雄に対してそれはないだろう。

 イェルドがウキウキ交渉している様子が容易に頭に浮かんで、シウは内心で笑った。

「追加でもぎ取ったらしいからな。さすがイェルドだ」

 嬉しくなったのか、キリクの機嫌が良くなった。

「あとはアドリアナの分だな~」

「ちゃんと僕にも見せてね」

「おう。お前に任せると安心だ。他にも頼むぞ」

 他にも、とは迷宮の件だろう。シウが鑑定魔法を使えることはキリクも知っている。それ以外のスキルについても彼は知っているから、こっそり使ってほしいと言っているわけだ。

 キリクがゴーサインを出すのならシウに否やはない。無茶な命令などでもない。

「なるべく素早く解決できるように、頑張るよ」

「頼むぞ。迷宮ってな、できてすぐに対応すればなんとかなるもんだ。場所が海だから放っておくってわけにもいかない。海に魔獣が増えたら、回り回ってやがては陸に来る。今回はお前がいて本当に良かったよ」

「まだ終わってないよ」

 苦言を呈すると、キリクはハハハと大きな声で笑った。

「そうだったな。そういや、早々と終わった気になって『もう安心だ』なんて言ったらダメなんだっけな」

「なにそれ」

「あれ、違ったか? ロトスが教えてくれたんだが。最近の若者言葉だろ?」

「フラグ?」

「そうそう、それだ」

「それ、一般的な言葉じゃないからね。ロトス語に近いと思った方がいいよ。あと、無理に若者言葉を覚えて使わなくても――」

 言いかけて、チラリとキリクを見たら妙な表情になっていた。酸っぱいものを食べた時のような、それでいて気恥ずかしそうな表情だ。

「キリク?」

「……いいじゃねぇか。気持ちだけでも若くいたいんだ。分かれよ」

 ふとアマリアの姿が脳裏を過る。

「あっ、あー。はい。えーと。オッケーです」

「なんだそりゃ」

「ううん。とにかく、終わるまでは気を抜かないで」

「おう、そうだな」

 そうして無理矢理、話を終えた。



 昼にはカルト港を眼下に眺め、一度休憩で下りた以外はひたすら飛び続けた。

 途中でキリクと交代し、シウが綱を持つ。ルーナよりも上の位置を先導している飛竜を除けば、シウの目の前には最高の景色が広がっていた。特等席で一面の麦畑を堪能する。

「この辺りは麦畑が多いんだなあ」

 カルト港の西は平地が続いていて、野菜畑が広がっていた。通り過ぎた今は麦畑ばかりだ。時折、小さな村々が見える。どこか郷愁を誘う風景だ。

 海側に視線を向けると漁村があった。海に出ている者がいないのは、先日からの異常のせいだろう。何人かが高台から海を見下ろしている。

 やがて、遠くに山々が見えてきた。

「アドリアナとの国境も近いな」

 振り返るとキリクが操者席まで歩いてきていた。後方の乗員用の席は二列にしてあるが、狭そうだ。

「キリク、休めた?」

「おかげさまでな。さて。できれば到着してすぐに陣を張りたいが、そんな余裕があるかどうか。魔獣が溢れ出ていたら、いきなり始まるかもしれん。お前のおかげでしっかり休めて助かったよ」

 頭を撫でられる。キリクの役に立ったなら良かったが、面と向かって感謝されると気恥ずかしい。シウは視線を逸らして前を向いた。

「国境はあの山の向こうになるんだよね?」

「ああ。アドリアナはあんなもんじゃない。切り立った崖のような、険しい山が聳え立っているのさ。明らかに違うと分かる。そこが境目だ。……シャイターンが領土を広げようと思えないほどだから、よっぽどなんだろうよ」

 本でしか知らない土地だ。不謹慎かもしれないが、シウはほんの少しワクワクした気持ちになった。








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「魔法使いで引きこもり?10 ~モフモフと見守る家族の誕生~」

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047367395

イラスト ‏ : ‎ 戸部淑(先生)

書き下ろし「プルウィアの学校生活」(プルウィア視点)




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