478 掃討戦と作業と元気なキリク




 飛竜も含めた掃討戦が始まった。交代するという話など最初からなかったかのように皆が張り切っている。しかし興奮しすぎのような気もして心配だ。失敗もあるのではないかと、シウは浮島をあちこちに放出した。更に飛竜でも降りられるような大きめの浮島も急ぎ作った。魔獣がうじゃうじゃいる海の中に落ちるよりは多少マシだろう。

 そうした細々とした作業をしている間に、死骸の回収はおろか魔獣の討伐も順調に進んでいた。皆、弱点を的確に狙えるようになっている。

 そこにクロッソプテルギイがまたも浮上してきた。

 狙いは竜の餌だろうか。あるいは多くの魔法使いの気配かもしれない。現在、海面近くに魔力の高い人間が集まっている。聖獣に乗る騎士だっているのだ。

 シウは、クロッソプテルギイが上がってきていると誰にも言わなかった。電撃を放つ前に仕留めるつもりだからだ。


 クロッソプテルギイの魔法を放つタイミングはランダムだと思っていたが、ちゃんと予備動作があった。ヒレの幾つかが震えるように靡くのだ。その直後に電撃が放たれる。その時に《鑑定》してみた。

 フル鑑定でつらつらと流れる情報をなんとか読み解き、ある考えに至ってから再度鑑定を繰り返し、ようやくクロッソプテルギイの弱点が判明した。頭部のヒレだ。これがなければ電撃は撃てない。しかもそこを狙えば神経締めと同じ状態になると判明した。

 人間も魔法を使う際には増幅装置のような魔法杖や指示するための指差しが必要となる。その考えが当たっていた。

 シウは念のため、自分の体を空間魔法でピッタリ囲んでから水中に潜った。更に周囲からの視線を誤魔化すために《認識阻害》を掛けておく。

(わぁ、やっぱり大きいな)

 ぐんぐんと上昇してくるクロッソプテルギイを待つ。シウの手には古代竜の鱗で作った剣がある。長くはないが、弱点に直接刺してしまえば物理攻撃として体内に入り込む。そこからは魔法を使って深く穿てるはずだ。

 クロッソプテルギイはシウのような小さい生き物には頓着しなかった。彼(あるいは彼女)は、シウを美味しい獲物だとは思わなかったのだろう。おかげでシウは、そのまま海のゴミと同じような扱いでクロッソプテルギイの頭にくっつくことができた。

(よし、そろそろかな)

 予備動作が見えた。シウは剣先を頭部のヒレの根元に合わせて打ち込んだ。

 クロッソプテルギイがどれほど暴れようとも問題ない。イグの上に乗って飛んだシウには、速さも恐怖も感じなかった。そろそろ息が続かないかもしれないと思うだけだ。その心配もすでに解決済みである。《酸素供給》という、シウが編み出した自動化の魔法は使わず、魔道具の試作品を使ってみた。

 いわゆる潜水用タンクだ。これは使い物にならないような小さいグララケルタの頬袋が余っていたため、作ってみたものだった。以前、黒の森に入った時や湖の底を歩いた時に空気タンクが欲しいと考えたことがある。その時のメモを引っ張り出して、釣り餌を用意した隙間時間に急いで作った。マウスピースに拳程度の大きさの袋が付いた形をしている。見た目は悪いが使用には問題ない。

 やがて、急所を刺されたクロッソプテルギイが動きを止めた。あとは魔法袋に放り込めばいい。


 シウが海面まで浮上するとロトスがやってきた。

「ほら、無事じゃん! レーネがうるさいったらない。自分で来りゃいいのに『討伐も大事だ』とか言ってさー」

「それ、レーネの策略だったりして」

「え、マジか! やべぇ、レーネってばまだ討伐数を競ってるのか?」

「あはは」

「ちょ、行ってくる。大物を回収しないと!」

「はいはい。いってらっしゃい」

 そこに、ロトスと入れ替わるようにクロが飛んできた。一声鳴いた後、口調が変わる。

「きゅぃ! (オスカーが心配していたぞ。長く潜りすぎだ)」

 認識阻害が効かなかったらしい。あるいはずっと行動を見られていたか。ともあれ、伝言をくれたクロに返事をする。

「キリクに伝言頼まれたんだ?」

「きゅぃ」

 ふと嫌な予感がして、シウはクロに問うた。

「……まさかと思うけど、僕が浮上してなかったら海の中に潜るつもりだった?」

「きゅっ」

 むんっ、と自信満々な様子で返ってきて、シウは「めっ」とクロを見つめた。

「ダメだよ、もう。湖のような淡水と違って海水は潮流があるんだ。危険すぎる。大型の魔獣も多いんだからね」

「きゅ……」

「そんな顔してもダメだよ」

「きゅ」

「……分かった。じゃあ、今度海に潜っても問題ないか、訓練しようか」

「きゅぃ!」

 嬉しそうに鳴くものだから、シウは諦めた。フェレスやブランカもすでに何度か海に落ちている。あれは落ちたというよりも、自ら潜りに行っている気もするが。

 彼等も楽しんでいるのだからクロだけを禁止するわけにもいかない。

「防御の魔法が効いているとはいえ気を付けること。さ、今度は僕の伝言をお願いね」

「きゅい」

 シウはキリクに宛てて「空気タンクを持っているので問題ありません」と伝言を頼んだ。



 掃討戦は明け方まで続いた。途中、体力の限界が来た者から順番に陸に戻ったが、オスカリウス家の者は誰一人戻らなかったようだ。

 また、相当数の人間が海に落ちたものの、騎獣隊が救助して事なきを得た。さすがに飛竜が落ちた時は大変だったようだが、幸いといっていいのか、近くに浮島があったためすぐに離脱できたらしい。

 対魔獣討伐団の騎獣隊は海での救助に慣れており、素早い救助のおかげで死亡者は出なかった。海岸沿いにて防波ブロックを積み上げていた騎獣隊も、明け方までには全隊員が飛竜によるピストン輸送で現場に到着して作業を続けている。

「なんだなんだ、思ったより動けてるじゃないか。連携ができていなかっただけだな」

 キリクが満足そうに対魔獣討伐団を眺めて話す。それにしても、ずっとルーナの上にいるが疲れないのだろうか。シウは心配になった。

「そろそろ交代しようか?」

「いや、お前は後処理要員だ。あいつらで手に負えない時は向かってほしい」

「じゃあ、ロトスを呼び戻す?」

 ロトスは休憩を取りつつ、アントレーネとまだ競争を続けている。そろそろ上げた方がいいだろうと思っての判断だったが、キリクはやはり断った。

「大丈夫だ。どういうわけか徹夜が堪えない。最近は四十を過ぎて体力の限界かと思っていたが。なかなかどうして、俺もまだ捨てたもんじゃないな」

「ふーん。アドレナリンが出てるのかなあ?」

「あん?」

「ううん。あんまり無理しないようにね。奥様が心配するよ」

「おう」

 気が若いというのか返事まで若者のようだ。シウは肩を竦め、飛竜の上で作業を続けた。


 シウが今やっているのは、酸素ボンベならぬ《空気タンク》の改良だ。海に沈みかけている魔獣の死骸を引き上げるのに、少しでも楽だろうと思ってのことだった。それに落ちた人間を救助するのにも海獣だけでは手が足りず人が潜る場合もある。

 本来なら酸素ボンベとは空気を圧縮して調整機器を付けて使うのだろう。以前テレビで観た覚えがある。しかし、魔法袋なら圧縮せずとも想定以上の空気が入るようだ。単純に空気を吸い出せればいいだけなので、吸い込みやすいようなマウスピースを作って繋げればいい。口に含んだ時に中の空気を吸い込めるよう、魔術式を作り直して付与する。酸素を詰め込む場合も切り替えボタン一つでできる簡単な造りにした。吐き出す空気は中に入らないよう調整する。

 あとは丸い筒状に成形した。小さすぎず大きすぎない、男性の人差し指ぐらいの大きさだ。横にして咥えたらいい。数センチの範囲を自動でカバーするように作ってあるため、鼻で息を吸っても大丈夫だ。

「よし。じゃあ、できた分だけ渡しますね」

「ありがとう。君は本当に器用だね」

 受け取ったオスカーはフェレスに乗り、救護担当のところへと持って行ってくれた。部下の三人は休憩中だ。疲れ切って座席でへばっている。オスカリウス家の従者も力なく座り込んでいた。

 それを思うと、いくら飛竜の上にいたとはいえ、キリクの元気さは異常なほどだった。







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「魔法使いで引きこもり?」10巻が来週7月30日発売です

皆様のおかげです!本当にありがとうございます!

10巻という記念の巻でブランカ誕生となるのも不思議な気持ちで

良かったなぁとイラストを眺めながらしみじみ思うのであります

戸部先生のブランカがまた可愛くてね!(他にもチビッコたちが最の高です)

ぜひお手にとってみてください~


「魔法使いで引きこもり?10 ~モフモフと見守る家族の誕生~」

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047367395

イラスト ‏ : ‎ 戸部淑(先生)

書き下ろし「プルウィアの学校生活」(プルウィア視点)


書店特典などの詳細については編集さんよりOKが出次第、近況ノートやTwitterで情報公開します

よろしくお願い申し上げます

また、発売記念のSSを番外編の方に上げる予定です

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