477 高級食材で魔獣を釣る
時間になり、シウたちは海面に向かった。ルーナは他の飛竜らと同じ高度に合わせる。アントレーネとククールス、スウェイは飛竜に残った。
シウと一緒に下りるのはオスカーとアレンカを乗せたフェレス、ロトスを乗せるブランカだ。ブランカにはクロも乗っていた。
「じゃあ、まずはここにお願いします」
シウが指示する場所にオスカーが細長い空間を海の中に向けて作る。深海まで届くのではないかというほど、深い。そこに餌を付けた糸を落とす。空間には穴が開いているため海水が入り込んでくるがそれで構わない。これは餌が流れて他の釣り糸と絡まらないようにするためだ。魔獣を満遍なく集めるには固定しておける方がいい。
この糸の元には浮き輪が付いている。
「しかし、小さな穴が無数にあるパイプをイメージか。シウ殿は面白いね」
おかげで魔術式の改変が楽だったと、オスカーは言う。
「釣りにもいろいろやり方があるんです。今回はカゴ釣りといって、小さな餌を網籠に入れ少しずつ放出させて誘き寄せる方法を真似ました。魔素がたっぷり残った竜の肉なら確実に釣れるでしょう」
「へぇ。面白そうだ。落ち着いたら釣りをやってみたいものだね」
「オスカー様、そんな暇があったら魔術式の研究をなさりたいんじゃありません?」
「おや、アレンカ。それは君の方じゃないのかな」
「わたしは研究しないと追いつけませんから。今回の魔術式も全く手が出せなくて……」
アレンカがしょんぼりと肩を落とした。実際、数十分で空間の形を変えられたのはオスカーが優秀だからだ。
本来なら、普段使いの魔法を改変するのは簡単なことではない。イメージ優先とはいえ、だからこそ、慣れない形に変更して行使するのは難しい。
「君はまだレベルが低い。これからだ。まずは安定して空間の処理を行うことだね」
「はい」
オスカーは話しながらも、次々と海の中に縦長の空間を作っていく。そこにシウが餌の付いた糸を落としていくという寸法だ。
そんなシウたちを守るのがロトスとブランカである。うようよと集まってくる魔獣たちを牽制し、かつ倒していた。クロは彼等の死角を見張っている。良い連携だ。
少しして動きが出てきた。
「あ、掛かりましたね。うんうん、いい食いつきだ」
「そうかい。よく分かるね」
「探知魔法が得意なので」
「海の中の探知は難しいと文献にあったのだが。さすがはシウ殿だ」
シウはドキリとしたものの、素知らぬフリで周辺の魔獣を散らしていく。餌は全て設置したので、あとは引き上げるだけだ。
「さて、わたしたちはそろそろ上がろうか。シウ殿、大丈夫かい?」
「はい。こちらは様子を窺いながら釣り上げます。集めてから、アレンカさんに合図します」
「ええ、任せてちょうだい。引き上げるだけなら、わたしにもできるわ。目標も分かりやすいから助かるわ。まさかそのためだけに、魔法の通りやすいミスリルを使うだなんて思わなかったけれど」
「重力魔法を通すのだから、その方がいいかと」
「ふふ、そうね。あなたが提供してくれた素材を無駄にしないためにも、集中してやるわ」
アレンカが決意を込めて言う。しかし、緊張した様子はない。
最初、オスカーに声を掛けられた時は死地に赴くような表情だった。けれど、今は違う意味で「覚悟の決まった顔」をしている。
オスカーの表情も明るい。今回の作戦が成功するかどうかは分からないけれど、自分たちが身を挺して戦わずともなんとかなるのでは、と思えるようになったからだろう。
失敗したって別にいい。もう一度挑戦すればいいだけだ。
いよいよ差し迫っているならともかく、ここは海だ。まだ大丈夫。
海岸沿いにも防波ブロックが設置された。王都にいる魔法使いたちも続々とやってきて津波対策を行っているそうだ。
港は被害を被るかもしれないが、人々の避難は済んでいると聞いた。命が助かればそれでいい。もちろん、被害を最小にするつもりで皆が頑張っている。
「じゃあ、合図したらお願いします」
「ええ」
シウだけ海面近くに残った。釣り糸の引き上げるタイミングを計るためだ。ロトスはオスカーたちの護衛として、フェレスの傍で待機してもらう。海から飛び出てくる魔獣も多いからブランカと離れての待機だ。
やがて各仕掛けに魔獣が次々と掛かりだした。オスカーは、魔獣の一咬みで穴が開くぐらいの脆さで空間を作った。もっとも本来の目的で作ったとしても大型の魔獣なら一度で壊されていたかもしれない。
ともあれ、シウはアレンカとキリクに通信を送った。
「(今です、引き上げてください)」
仕掛けの先から伸ばした糸は中央の浮き輪に集めている。その浮き輪から真っ直ぐ上に伸びた糸は、ルーナの前肢へと向かう。彼女は棒を掴んでいた。糸はそこに巻き付けられている。これが飛竜による「釣り」だ。
ルーナがぐっと高度を上げた。重いはずなのに楽々と上がっていく。中央の浮き輪の仕掛けに、アレンカが重力魔法を掛けているからだ。
そして、ひそかにククールスも手伝っている。干渉しないよう、彼が掛けているのはルーナの握る棒に対してだ。
シウが見上げると、ククールスがスウェイに乗ってルーナの真横を飛んでいる。
「おーっ、すげー!」
ロトスの声がして今度は海に視線を戻すと、海上が波立ってきた。というより、荒れ狂う状態だ。
魔獣が暴れている。
探知でも、あちこちで餌に食い付いているのが分かる。それに釣られて他の魔獣まで集まってきていた。順調だ。
「もう少し頑張って!」
シウが告げると、上からルーナの大きな鳴き声がした。ちょうど交代の飛竜たちも来て配置に就いたところだったらしい。
ソールまでもが大きな鳴き声で応じている。
なんとなく伝わってくる彼等の言葉は「まだまだいける!」「やってやれ!」だろうか。更に、彼等の迫力ある鳴き声を追うように他の飛竜たちまでギャーギャーと鳴き始めた。
「すっげぇ」
ロトスが近くまで来ていた。オスカーとアレンカを乗せたフェレスもだ。
「シウ、そろそろだろ。一斉攻撃が始まるぞ」
「うん」
直前まで見ていようと思ったが、さすがに止められた。シウはロトスの言葉に素直に従い、ブランカに飛び乗った。ロトスも後ろに乗る。そしてクロを先頭に、ルーナの上に急いで戻った。
キリクの号令で一斉に魔法攻撃が始まった。
最初のものより大きいのは、交代要員もいるからだ。文字通りの総攻撃である。
現場にないものを創り出して攻撃するのは魔力の消費が激しい。だから、貴重な魔法袋に巨岩を入れて持ってきた者もいる。
巨大な槍のように見える物体もあった。攻城槌で使うものだろうか。それらに重力魔法を掛けて落としている。
他にも各々が得意な攻撃魔法を海に向かって撃ち込んでいた。
ククールスも重力魔法を使っているようだったが、態度には出していない。後ろの方で隠れてやっているのは目立ちたくないからだろう。
反対にアントレーネは派手な魔法は使えないから残念がっている。
「ああ、あたしも参加したい……」
「後で参加できるって。取りこぼしはあるんだからさ。早い者勝ちだからレーネは得意だろ。な、シウ!」
ロトスに声を掛けられ、シウは苦笑で頷いた。
「レーネは体力の温存。ほら、座って」
「分かったよ、シウ様。またいっぱい狩らなきゃならないからね」
「はいはい」
オスカーも掃討戦に向けた準備を始めていた。ポーションを飲み、魔力を回復させている。他のメンバーも準備万端だ。
「さて、また海上だね」
一斉攻撃が止むと、辺り一帯におびただしい数の魔獣が浮かんでいた。
もちろん攻撃を避けられた魔獣もいる。彼等が潜る前に倒さなければならない。
シウたちは急いで海面へと飛んだ。
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「魔法使いで引きこもり?」10巻が7月30日に発売予定です
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心から感謝申し上げます!本当に本当にありがとうございます!!
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「魔法使いで引きこもり?10 ~モフモフと見守る家族の誕生~」
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イラスト : 戸部淑(先生)
書き下ろし「プルウィアの学校生活」(プルウィア視点)
書店特典などの詳細については編集さんよりOKが出次第、近況ノートやTwitterで情報公開します
よろしくお願い申し上げます
それとは別に、発売記念のSSを番外編の方に上げる予定です
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