476 代替案と騒ぐ仲間たち




 死地に赴く決死の覚悟は理解できたが、そこまでする必要はない。

 シウはひそかに考えていた代替案を提示した。

「あのですね。その空間魔法って、縦長で細い筒状の空間も作れます? 自分が入っていないと作れませんか?」

「作れると思うが。いや、作れる」

 断言したオスカーと違って、アレンカは視線を逸らした。彼女はできないらしい。

 シウはオスカーに確認する。

「網状の空間にもできます? 格子状でもいいんですが」

「うん?」

「虫取り網のようなものです。どうでしょう。そして、それは水圧にも耐えられますか?」

「……可能だと思う」

「じゃ、できますね」

「うん?」

「海中に潜ってしまった魔獣を、海面近くまで誘き寄せる方法です」

「シウ、何を思い付いたんだ?」

 キリクが振り返った。

 シウは勿体無いという気持ちを隠して、苦笑で答えた。

「釣りをするんです。釣るのは大きな魔獣ですけど」

「あ?」

「大丈夫です。僕、湖でペルグランデカンケルを大量に釣った経験があるので」

「ああ?」

 前回は蟹、今回は海老だ。いや、海老以外の魔獣も多いが。

 もちろん討伐がメインなのは分かっている。分かっているが、釣ったら自分のものにしてもいいはずだ。シウはにんまり笑った。


 ただし、問題がある。

「餌が必要です。大型の海の魔獣が欲しがるような餌が」

「……どうするんだよ」

 キリクが嫌そうな顔をする。他の皆はと言えばシウを凝視したまま止まっていた。

 後方で休憩していたククールスがシウを見て呆れ顔だ。こちらの会話を聞いていたらしい。彼が呆れているのはシウが釣りの話をしたからだろう。

「僕のとっておきを使います」

 空間庫には「食べられない」竜の死骸が幾つもある。何故食べられないのかと言えば、死後数日以上経っている代物からだ。鑑定魔法で「食すのに問題はない」と出ていても、シウ自身の手で熟成したわけではないから気持ち的に嫌だった。

 シウは自他共に認める食いしん坊ではあるが、消費期限については少々煩いのだった。

「実は表に出せない肉がありまして。今がちょうど使い時かなと」

「おい、シウ、どれだ? どの肉を出すんだ」

 キリクが焦った様子で聞くものだから、オスカーたちは目を見開いた。どういうことだとシウの顔を見て、更にキリクを見る。

「えーと。竜の、肉です」

「それは分かってる。どっちだ。いや、どれだ。待て、言うな。……あれか、アマリアにくれた、あの?」

「あ、そっちじゃないよ。それじゃなくて、えーと最初のと、あとキリクも食べた方」

「そ、そうか。ビックリさせるなよ。……待て、それもどうなんだ!?」

 二人して名前を出さずに、アレだソレだと話していたら、オスカーが笑い出した。

「はは、ははは、いやー」

 そのうちに腹を抱えて笑い出す。アレンカは力が抜けたらしく、仲間の一人に寄りかかってしまった。その仲間も肩の力を抜いたようだ。もう一人、海に落ちた男はまだぽかんとしている。

 キリクがゴホンと咳払いし、前を向いた。向いてから、聞こえるように独り言として呟いた。

「まあ、なんにせよ作戦案が出たなら良かった。シウがそれでいいと言うんだ。なら、問題ない」

 誰も反対しなかった。これにより、次の作戦が決まったのだった。




 キリクから全飛竜に連絡が行く。夜半、交代の飛竜が到着次第、一斉攻撃を始めるという連絡だ。

 サナエルたちにも連絡は届いた。

 それまでに全員が休憩を取ると決まった。掃討戦のために魔力や体力を復活させておくのだ。

 二時間ほどの休息でも疲れは取れる。

 その二時間の間に、シウは延々と水竜や地底竜、火竜の使えない肉をぶつ切りにして糸で繋いだ。餌は五メートル間隔に付けた。それらを繋ぐのは縦長の空間に入れるからだ。肉には大きな針を付けた。

 糸は蜘蛛蜂から採取したものを撚り合わせて強度を上げたものだ。針は巨大黄蜂やグランデフォルミーカの毒針を加工して作った。

 ルーナの上で加工していると、近くで観察していたオスカーが溜息を零した。

「魔法をこんな風に使うとは……」

「すごいですね、オスカー様」

 アレンカも一緒になって眺めている。

「ああ。鍛冶仕事というのは設備がないとできない、そう思い込んでいたよ」

「わたしもです」

 鍛冶ではないのだが、シウは黙々と作業をこなした。ある程度繋げた肉は魔法袋に放り込む。オスカーの魔法袋だ。端は浮き輪に付けている。

「しかし、シウ殿だけがすごいのかと思っていたら仲間の皆さんもすごいとは」

「ですよね。うちの騎獣隊よりずっと戦果を上げてますよ」

「飛竜隊よりも、じゃないかな」

 二人が言うのは、アントレーネとロトスを見てだ。もちろんククールスも戦果を上げているが、先に休憩に入ったせいか「それほどでもない」と思っているようだった。

 オスカーが驚くのも無理はない。

 休憩しなさいと言われている今この時に、アントレーネとロトスが騒いでいるからだ。一緒にフェレスとブランカも交ざっている。クロはスウェイのところへ行ってしまった。皆を落ち着かせようとして諦めたらしい。

「いいや、あたしの方が倒した数は多いよ」

「俺は獲物を狩って回収もしたんだ。レーネは倒しただけで、獲物の回収は後回しだろ」

「ぐっ。だけど、それなりに回収はできたはずだよ。それに大物も一匹入れたんだ!」

「大鮫だろー? あれ、不味いんだってよ」

「なっ、そんなっ!」

「にゃっ?」

「ぎゃぅぅ……」

 衝撃を受けている。アントレーネだけでなくフェレスとブランカまで。

 思わず彼等の顔を見たいと思ったシウだったが、魔法は使わなかった。仲間の様子を見るのは自分の目でだけ。

 だから手元から視線を外してチラと見ると――。

「俺はとにかく海老を中心に獲ったもんねー! あと、タコな! 大きなタコはあんまり好きじゃないけど、しようがねえから倒した。たこ焼きパーティーしないとなー」

 ショックを受けている仲間を盛り上げようとしたのか、ロトスがたこ焼きパーティーなどと言い出した。

 そして、それにまんまとはまるのがフェレスとブランカだ。

「にゃっ!」

「ぎゃぅぎゃぅ!!」

「そうだろう、そうだろう。分かる。アチチだけど美味いもんな! シウに作ってもらおうぜ」

「あたしもたこ焼きは好きだ!」

「おっ、じゃ、打ち上げパーティーはタコパだな!」

「タコパ?」

「たこ焼きパーティーの略」

「いいね! タコパ、あたしも賛成だ!」

「にゃ!」

「ぎゃぅ!」

「あとさあとさ、タコ料理いっぱい作ってもらおう。タコの唐揚げも美味しいんだよな~」

「いいね、酒が進みそうじゃないか」

「おーい、酒のあてなら俺も食いたい」

 ククールスまで参戦した。更に、キリクが振り返って参加を表明する。

「俺も酒のつまみなら食いたい」

「おっけ、おっけ。確か、たこわさとかアヒージョだっけ? 美味いのがあるんだよ。な、シウ!」

 シウにまで話が飛んできたので、呆れながらも頷いた。

「はいはい。作ればいいんでしょ。アヒージョも作るよ。あれ、お酒が進むよね」

「なー」

「あと、カルパッチョや炊き込みご飯も美味しいよ。キュウリと合わせた酢の物も美味しいし、いろいろ作ってみるね」

「やった!」

「シウ様、あたしは海老! 海老も食べたい!」

「はいはい。レーネの好物だもんね。分かってるよ。だから、そろそろ落ち着いて」

 アントレーネは動き回っていた尻尾を自分の手で抑え、それから椅子に座った。静かに待つらしい。ロトスはまだ騒いでいるフェレスとブランカのところに向かう。ふたりの首に手を回して落ち着けと言っているから、そろそろ静かになるだろう。

 話を聞いていたオスカーたちは笑いながら、首を振っていた。

「やっぱり、すごい人たちだ」

 と。





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