474 キリクの過去




 キリクに対して正式な依頼が「アドリアナ国」から来た。内容は「迷宮の破壊」だ。

 すでに溢れ出ている魔獣に対しては、現在集めている冒険者たちで対応できるという。小さいとはいえアドリアナ国にも軍隊はあるので共に戦える。しかし、次から次へと魔獣を生み出せる迷宮自体をそのままにはできない。かといって破壊できるほどの策も手もない状況だ。

 一流と呼ばれる冒険者たちとて一時撤退を余儀なくされた。それだけの場所である。

「防衛戦はなんとかできるが、迷宮にまでは手が及ばないんだとよ。奴等、俺に破格の謝礼を提示してきたぞ」

 提示された礼品が何か聞いてほしそうだったので、シウはキリクを振り返った。

「何をくれるって?」

「ドラゴンの鱗だ。濃い青の鱗でアドリアナの秘宝らしい。その一部を分けてくれるそうだ」

「へー」

「……どうした、驚かないな?」

「ううん。えーと、それ本物?」

「秘宝扱いされてるんだ、本物だろ? まさか国が、他国の貴族に偽物を掴ませるわけがない」

「そうだね」

「……おい?」

「(あとで、お話があります。それと謝礼品の確認には僕も一緒に行きたいんだけど、いいかな?)」

 念話で告げたのは従者に聞かれたくないからだ。もちろん、従者は主の話を誰にも漏らしてはいけない。が、自分の意思とは違った形で表に出る場合もある。それなら最初から知らない方がいい。

 キリクはビクッとしてから、小さく頷いた。彼は突然の念話にも動じない。

「(鑑定魔法で確認するよ)」

「まあ、いい。さすがに、破格の礼まで示されては断れないからな。他にも魔石を譲ると言われた。あそこのは純度が高くてシアンのものより使えるんだ」

 シアン国は数多く魔石を排出しているがどれも一般的なものだ。リーズナブルな価格帯のものが多い。リーズナブルと言っても、あくまでも魔石を買える人たちからすれば、だが。

 アドリアナは魔石の産出は少ないけれど純度が高いらしい。

「シュタイバーンには報告済み?」

「イェルドがな。取り立てて急を要するような内々の問題もない。陛下は他国との親善に積極的な御方だ。行ってこいと気軽なものだろうさ」

「そうなの?」

「よくあるんだ。自国内だけじゃなく、他国にも何度か出向いたぞ」

「それはすごいね」

「おかげで、大借金が一気にチャラになった」

「そんなに借金があったんだ」

 驚いたものの、キリクは普段からお金の算段について愚痴を零していた気がする。領の経営は厳しいだとか、最初に出会った頃から貴族らしからぬところがあった。

 すると、シウの疑問を感じたらしいキリクがひょいひょいと歩いてきて並んだ。

「俺が辺境伯を継いだ頃はいろいろあってな。領内がガタガタだった。あちこちに借金もした。ヴァスタにも安い依頼料で仕事を請けてもらってな」

 懐かしそうな顔で言う。

 昔、爺様がキリクを助けたという話は聞いた。しかし、詳しくは知らなかった。イェルドもサラも懐かしそうにヴァスタの話をするけれど、当時何があったのか詳細を語らなかったからだ。


 シウが黙っていると、キリクが仁王立ちになったままでポツポツと語り出した。

「黒の森で発生したスタンピードの対応に失敗してな。そっちは国軍に任せた。俺たちはそれどころじゃなかった。今のアルウス地下迷宮、あれが同時期に発生したからだ。大型の地下迷宮にまで成長してしまってな。その封じ込めに何ヶ月もかかったんだ」

 領内の、特に西側は壊滅状態に陥ったそうだ。領都にまで被害は及んだ。多くの領民が東へ南へと逃げた。

「もちろん税なんて集められない。誰もいないしな。予定していたその年の収穫も全部吹っ飛んだ。それどころか畑も何もかもがダメになった。数年は何も得られない。残った領民のために外から食糧を買うしかない。そんな金がどこにあると思う? まして俺たちはアルウスの封じ込めに全員一丸で臨んだ。とにかく押さえ込まないことには話にならない。誰も助けてなどくれない。国は黒の森から魔獣が氾濫するのを恐れているだけだ。そちらにだけ応援を送る。余力なんてものはない。だから金策を講じるのも後手に回った」

 幸い、その年のシュタイバーンは豊作だったらしい。安い価格で小麦を買うことはできた。だからといって安穏としてられない。

「封じ込めが終わっても迷宮はすぐに稼働させられない。周辺を整える必要があるからだ。とにかく金が必要だった。金、金、金。そればかり考えていたよ。爺さんは、個人資産を全て吐き出した。先祖代々大事にしていたものはさすがに売れなかったが、それ以外はなんでもかんでも売り払った。国にも近隣の領にも借金しまくった。ヴァスタたちが迷宮で得た獲物を譲ってくれてもなお、それだ。イェルドなんぞ、その獲物を高く売ろうとフェデラル国に乗り込んで商人の真似事だ。そうして日々の糧を得た。それでもまだ借金は残った」

 だからなりふり構わず領外の応援にも駆け付けたし、国王が命じるという形で他国にも出向いたのだそうだ。

「そんな状況だから嫁の来てもなかった」

「婚約者がいたって話は……」

「親戚筋から押し付けられた婚約者はいたが、とにかく気の弱い娘でおどおどしていたな。……まあ、気が弱いだけじゃなくて、体も弱かった。それに気付いたのは、亡くなる数日前だ。当時の領都はまだ復興の最中で空気も悪かったっていうのに、無理矢理連れて来られてな。俺はあちこち駆け回っていたから、ほとんど顔を合わせる時間もなかった。だから、知らせを受けて駆け付けた時にはもう手遅れだった。可哀想なことをしたよ」

 自分のせいのように言うが、元から「あえて病弱な娘」を押し付けられたのではないだろうか。はたして、彼の次の言葉でシウの推理は正しいと悟った。

「親戚には賠償金だなんだと矢継ぎ早に言われたのも堪えた」

「キリク、それは――」

「分かってる。今なら、それが奴等の手だったってことは。だが、当時は手駒にされたその娘が可哀想でならなかったよ。忙しかったから、すべてアンナに任せてしまっていた。もう少し気遣ってやれたら、あるいは近くにいたら、治せたかもしれないのにな」

 それもあって、キリクは積極的に結婚相手を探す気になれなかったのだ。

 しかも借金が返せても、そこから「貴族らしい生活」ができるまでには更に時間がかかったはずだ。

「アンナにも悪いことをした。あれは息子を亡くしているし、俺の嫁候補だった娘まで亡くして……。しばらくは落ち込んでいたよ」

 王都の屋敷でメイド長をしている元乳母のアンナは、キリクを息子のように可愛がっている。キリクを叱れる数少ない一人だ。

「ただ、オスカリウス領とはそういう土地だ。強くならざるを得なかった。アンナや、他にも仲間がいたから乗り越えられたんだ」

 ぽすんとシウの頭に手を置く。

「ヴァスタにも随分助けられた。人ってのは、助け合って生きるんだと気付かされたよ。だからまあ、頼まれたら引き受けるしかねぇのかなと思ってる」

「偉いね」

「……って、お前はよぉ。ったく。でもま、俺はお前にも助けられてるな」

「そうかな。僕の方が助けられてるよ」

「あん?」

「いつも感謝してます」

 ぺこっと頭を軽く下げると、キリクは変な顔になった。正確には、変なものを見た、といった顔だ。

 シウは彼が何か言い出す前に、視線をルーナの頭の向こうへ置いた。

「僕の方がずっと助けられてるよ」

 キリクに聞こえたかどうかは分からない。彼は茶化さなかった。ただ、身動いでいたのでシウの呟きは聞こえていただろう。


 シウの秘密を知っても今まで通りと同じように付き合ってくれる。それがどれほど有り難いことか。

 それに気付いたからかどうか、キリクは何も言わず黙ったままだった。






**********



大きな声では言えないんですが

番外編にキリクの若い頃のお話があります

大分前に書いたのでいろいろひどいです(最低限は直しました数字とか)

よろしければどうぞです

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884453794/episodes/1177354054884453807

でもたぶんキリク好きな方はもう読んでくださっているかと思います

一応せんでん、キリクを宣伝かぁ……




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