473 一時休憩のち交代と依頼について




 クロッソプテルギイが電撃魔法を使う。すると二十メートルはある大鮫が痙攣しプカリと浮かんだ。クロッソプテルギイはそれに食らいつくと、またも深海へと戻り始めた。

 それに攻撃したのはオスカーだ。

 ぶつぶつと短い詠唱の後、杖を指し示してクロッソプテルギイに向けた。が、発動はしているのに魔法が消えてしまう。対象と近すぎるため強制キャンセルが行われたようだ。離れていれば放たれていただろうが、それも結界に阻まれる形で吸収されるかのごとく消えていく。これもキャンセルの一種だ。シウの無害化魔法に近い。

 シウはオスカーの攻撃がもう終わったと見て、近付いた。

「やあ、シウ殿。どうやらアレは魔法をキャンセルするらしいね」

「はい。そのようです。グランデピストリークスもそうでしたが、二十メートルを超える魔獣だと弾かれますね。物理なら少し影響を受けるみたいですが」

「おや、そうだったのか。ふむ」

 一瞬考えた様子だったが、オスカーはすぐにシウを見た。

「君らが最初に中心地を見に行ったのだったね。うん。報告もあった。そうか、あれは『君』の見たままを報告したというわけか」

 サナエルの報告で気になっていた箇所があったのだろう。それがシウの観察によると、彼は知ったようだ。

「やはり、君だ。そうかそうか」

「あの……」

「うん、分かっているよ。ここは戦場だ。話は後で、だね?」

「はい」

 頷くと、オスカーは後ろに座る女性に声を掛けた。

「アレンカ、重力魔法は効いたかい?」

「いえ。大鮫にも効きません」

「そうか。では作戦を立て直そう。しかし、とりあえずは、ここの一掃だ」

 二人は手慣れた様子でポーションを取り出して飲んだ。引き続き、辺り一帯の魔獣を片付け始めた。

 幸いといっていいのか、クロッソプテルギイのおかげでぷかぷかと浮いている魔獣が多い。こうなると止めを刺すのは簡単だ。さっさと締めて魔法袋に回収している。

 彼等は大量の魔法袋を持参しており、その数には驚くばかりだった。



 日が落ち始めている。

 その頃から救援部隊が活躍し始めたのは、疲れによるミスで落ちる者が増えたからだろう。

 オスカーらは一旦、ルーナの上に戻って休憩だ。ルーナも戦った後だというのに、まだ大丈夫らしい。年齢的にはそろそろ中年になろうかと思われるが、群れのリーダーになる個体というのは長生きするので「まだまだお嬢様なんだ」とキリクが笑う。

 ついでに小声で「ルーナの奴が聞いてるんだ、そういう話はするな」と言われてしまった。どうやら飛竜にも年齢の話はダメらしい。シウは慌てて口を閉じた。


 ルーナは夜中まで現場に残り、ソールと交代になる。徹夜が無理というわけではないし、実は飛ばし続けても問題はない。ただし、万全を期したい。

 たとえば、オスカリウス家では飛竜を一度も休憩させずに丸一日飛ばすという訓練も行っている。しかし、それはあくまでも眼前に地上が見えるからだ。いつでも降りられるという安心感があるからこそである。

 海上ではそうはいかない。足場のない、まして波の高い場所だ。大型魔獣も多くいる海に落ちたら、再浮上できると断言はできない。

「オスカー殿も一度戻った方が良いのではないかな?」

「……ですが、シウ殿は残るのでしょう?」

「こいつは遊撃なので気にする必要はない。休みたければ勝手に休む。そうだろう、シウ」

「はい。うちは徹夜の訓練もやってますし、足場ならこうしてあるので。あの子たちも今は休憩しているでしょう?」

 とシウが視線を向ければ、オスカーたちもフェレスを見た。フェレスとブランカ、スウェイも一緒だ。三頭は目を瞑って寝ていた。一頭は前肢に顎を乗せ、二頭はお腹を上に豪快な寝方をしている。クロだけはロトスに抱っこされてまだ起きていた。

 そして、フェレスとブランカを見たキリクは呆れ顔だ。

「ていうか、緊張感のない奴等だな、ほんとに」

「まあまあ。とはいえ、うちの騎獣隊にもいないです。肝が据わっていますね」

 良い言い方をしてくれたオスカーは、キリクに諭されて一度戻ることになった。キリクと一緒にだ。

 夜中まではまだ時間があるので、再度降りて討伐の続きをする。大型魔法による一斉攻撃は翌朝と決まった。それまでにまた散けてしまった魔獣を追い込んでくる。集まっていた飛竜のうち半数が離れていった。残りは見える範囲に固まって、掃討戦である。


 ルーナの上で簡単に食事を済ませると、オスカーたちがまた海上へと向かった。一緒に行くのはロトスだ。シウと入れ替わりになる。クロも付いていった。

 残ったシウは休憩するキリクの代わりに手綱を握る。キリクは従者に世話をされながら、シウに話し掛けてきた。

「シウ。下はどんな具合だ?」

 食べ終わってから話せばいいのにと思うが、時間を惜しむ気持ちは分からないでもない。思ったよりも片が付かないからキリクも気になるのだろう。シウは振り返って答えた。

「海の魔獣は厄介だね。一斉攻撃で海面近くの魔獣は倒せてるけど、海中までは届いていない。次から次へと湧き出てくるようだよ」

「そうか。やはりな」

「深海に生息するクロッソプテルギイも厄介だ。あの電撃は怖い」

「ふむ」

「水中戦になるのかな。でも、対抗できる海獣は大きくてもバーラエナぐらいだよね。人間は長時間潜れないし、そもそも深く潜ると体に負荷が掛かる」

 最悪、命を落とす。魔法を使って潜ったとしても、同時に魔法を展開しながらの攻撃は難しい。

「よしんば、潜れたとしてもクロッソプテルギイの電撃は結構広範囲に及んでるしね」

 海の魔獣が大きすぎて縮尺の感覚がおかしくなっているけれど、実際には広範囲に被害が広がっている。人間など、泳いで逃げようとしても無理だ。

 シウのとりとめのない話を聞いたキリクは、うーんと唸った。

「奴等を海上に誘き出す良い方法はないもんかな。一気に片を付けたいんだが」

「一気に片付けるという案には賛成だけど、急ぐ理由が?」

「正式にアドリアナ国から依頼が来た。今まではシャイターン国からだったんだ。どうやら、迷宮から這い出た魔獣が都に向かっているようだ。あそこは急峻な山々が自然の要塞となっているから、自分たちは大丈夫だと高をくくっていたんだろうが」

 しかし、いよいよ危ないのではないかと気付いたらしい。

「アドリアナ国って、人口の大半が王都に住んでいるんだよね?」

 学校で習ったことを思い出しながら口にすると、キリクが「そうだ」と頷いた。

「固まって過ごすのがアドリアナ人の習わしだ。少数では生き残れないからな。そう考えると、ヴィルゴーカルケルに集う神官どもは異常だ」

「キリク……」

 従者しかいないとはいえ、言葉が過ぎる。シウが窘め口調になるとキリクは肩を竦めた。

「俺も行ったことはないが、アドリアナの王都フエナも暮らすのは大変らしい。そこよりひどいって言うんだ、そんな場所に好き好んでいく奴はおかしいだろうが」

「まったく」

 従者は何も聞いてません、というような顔で給仕を終えた。すぐに片付けて、キリクから離れようとする。しかし、ルーナの上に設置している椅子は一列分だけだ。つまり、彼は離れようがない。できるだけ端に進んで、顔を背けてしまった。聞こえていないフリらしいが、ちょっと可哀想だった。



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