472 掃討戦と魔法使いの護衛




 残ったシウはオスカーたちと一緒に、瀕死状態や攻撃を免れた魔獣の討伐に参加する。フェレスとブランカが自由に動けない分、シウがなるべく見張り兼護衛をするつもりだ。

 上空の飛竜らは騎獣組とは少し離れた場所で魔獣に攻撃を仕掛けるらしい。移動を始めていた。他にも飛竜から降りた騎獣組が掃討戦を始めている。

「そちらはまだ攻撃魔法は撃てますか?」

 シウがオスカーに確認すると、彼は微笑んだ。

「ええ、余力はあります。先ほどポーションも飲みました」

「では、警戒しつつ魔獣を回収してください」

「君も近くに?」

「フェレスたちだけでも大丈夫だろうと思いますが、念のため。それと、騎乗訓練を受けていると仰ってましたが気を付けてください。特に相反する命令の場合、彼等は混乱します」

 これはフェレスとブランカに限ったことではない。人間でもそうだ。Aをやれと言われて、途中で何の説明もないままBをやれと言われると困る。優先順位、もしくは何故なのか理由を告げねば「考える」ことができない。

 何か命じたいのなら、指示は一つにすべきだ。

「承知した。君も討伐を優先してほしい。こちらは二人ずつで組んでいるのでね。おっと、くだけすぎだろうか」

「いえ、お好きなように。むしろ、僕の方がくだけていますね」

「いやいや。冒険者とは思えないよ。ありがとう。では、わたしのことはオスカーと。敬称は不要だ」

「……いえ、それはさすがに。えーと、オスカー殿とお呼びしても?」

「残念。では、そのように」

 にっこりと笑う姿はやはり宮廷魔術師らしくない。不思議な人だ。シウは曖昧に会釈すると、ホバリングさせていた飛行板を動かした。真下からシウを狙って魔獣が浮上してきたからだ。フェレスと、ブランカも誰に命じられるまでもなく飛び退く。

「長話はできませんね。討伐を始めましょう」

「そうだね!」

 二手に分かれる格好となったシウたちだが、全員が魔法攻撃に長けている。問題なく、急浮上してきたグランデテュンノスを倒した。


 傷を負った魔獣も多く、オスカーたちはそれらを重点的に止めを刺して回収するようだ。

 シウは無傷の魔獣を積極的に倒していく。大規模攻撃を連続して打ち込んでも次々現れるのは、彼等が海中に潜れるからだ。水深の深い場所にいた魔獣らは影響を受けていない。

「これ、海中に潜らないと完全に討伐とはいかないんじゃないのかなあ」

 思わず口にして、シウは苦笑した。今は一人だった。クロはブランカについている。何も指示がない時、クロは大抵彼女と一緒だ。

 シウと常に一緒なのはフェレスだった。そのフェレスに話し掛けるのが癖になっている。

 シウは頭を振った。

「ま、いいよね」

 魔獣とて浮上してくるはずだ。深海に長く棲む魔獣は別として、ほとんどが今もこうして海面すれすれにやってきている。それを地道に倒せばいいだけだ。

 問題はクロッソプテルギイだが、あれもまた腹を空かせたら浮上するだろう。


 そうこうしているうちに群れの流れを作っていたと思しきグランデピストリークス、大鮫の魔獣が流れてきた。珍味としてレストランで出されて食べたが、あの時に聞いていた大きさとは全く違う。

 店の人が話していたのは十メートルサイズのもので、たまたま浅瀬に流れてきていたのをデルピーヌス乗りの冒険者が討伐したものだった。

 今いるのは二十メートル級が多い。他に大勢いた小さめの魔獣は、もうほとんど姿を見かけない。小物は食われたか、先ほどの大型攻撃で死んだようだ。

 シウは一匹ずつ、弱点を狙って倒していくという地道な作業を続けた。

 そのせいで、少しフェレスたちから離れてしまっていた。

「にゃーっ!」

「ぎゃぅぅっ!」

 慌てて《感覚転移》と実際の視線もフェレスたちに向ける。シウの目に飛び込んだのは、ブランカに乗っていた魔法使いの一人が海に転落したところだった。もう片方もバランスを崩して落ちる。

 フェレスは鳴いたものの慌てていない。チラリとシウを見て、少し安心した様子だ。シウがすぐに助けると分かっている。彼は冷静だった。自分の上にも「お客さん」が乗っている。今、フェレスが動けば彼等も落ちてしまうだろう。だからシウが動けるのかどうかを視線で確かめた。

「待って、すぐ行く!」

 シウは飛行板を飛ばし、現場に着くや海に飛び込んだ。

 念のため、空間壁で落ちた二人を囲んでいる。ただし海水はそのままだ。空気まで一緒に囲んでしまうと、助けた後に何を聞かれるか分からない。が、もちろん、溺れたら死んでしまう。だからこそ急いで駆け付けた。

 幸い、落ちてからさほど時間は経っていない。溺れるほどの時間もなかったはずだ。シウは落ちた魔法使いたちのマントを手に、ぐいっと引っ張って力業で水面まで押し上げた。これぐらいなら魔法を使わずともできる。さすがに二人を抱えて泳ぐとなれば厳しいが、多少動かす程度なら問題ない。フェレスやブランカと水中で遊び回ったのが良い訓練になっていた。

「げほっ、がっ、ふぁっ!」

「ううっ」

 浮島をすぐに出し、ブランカに引っ張り上げてもらう。ブランカは容赦なくマントを噛んで引き上げた。溺れかけてゲホゲホと咳き込んでいる魔法使いが更に喉を締め付けられ、また咳き込んだ。

 もう一人はシウが尻を持ち、上半身が上がったところで足を持ち上げて浮島に乗せた。

 フェレスたちも駆け付け、浮島に足を着ける。

「大丈夫かい? 一体、何をしてこんな……」

 オスカーが男二人とブランカを交互に見ている。

 シウはブランカとクロに聞いてみた。すると――。

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ」

「きゅぃ、きゅぃきゅぃ!」

 よくよく聞けば、魔法使いの二人が別々に指示を出したらしい。しかし、クロがいた。クロがブランカに、優先順位は危険度の少ない指示の方だと教えてあげた。ブランカはそれに従った。

 ところが回収を優先したかった魔法使いが、自分を優先してもらったと思い込んでしまった。狙っていた獲物に手を伸ばした。ところが、あともう少しが届かない。そこで「ちょっとだけ」と安全帯を外してしまったらしい。多少無理をしてでもと考えたのか、騎獣がいれば助かると安易に考えたか。

 とにかくも彼は落ちてしまった。それを助けようとした方も安全帯を外し、バランスを崩して落ちたというわけだ。


 シウが事情をオスカーに説明すると、彼は言い訳していたらしい二人の男に厳しい視線を向けた。

「最初にシウ殿から注意を受けていたよね? そもそも対魔獣討伐団に入った時にも騎獣隊から同じような注意を受けていたはずだよ」

「はい……」

「申し訳ありません」

「シウ殿がいたから助かったようなものの」

 海に飛び込んでいる間にも巨大タコの足が襲ってきていたのを、彼は見ていたらしい。どうやって弾いたのかと気になっているだろうか。だが、口にはしない。

 そして、説教も長く続けるつもりはないらしい。

 戦場で無駄口を叩くなど、あってはならないと知っている。

「貴重な魔力を使いたくないが、水分は取っておいた方がいいか、全く」

 そう言うと、オスカーは無詠唱で二人の服に「乾燥」を掛けていた。杖は持っているが短い。シュタイバーンの第一級宮廷魔術師と同等だと話していたが、全く違う。オスカーは現場に出て臨機応変に戦える魔法使いだ。

 その実力が気になるけれど、今は魔獣がうようよする現場である。シウは急いでブランカの上に落ちた二人を乗せた。彼女はすぐさま飛び上がった。足下から感じる大型魔獣の気配に気付いたのだ。クロも急ぎ離脱する。

 フェレスはすでに飛び上がっていた。

 シウは浮島をそのままに、飛行板へ飛び乗った。

 深海から、またもクロッソプテルギイが浮上してきていた。


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