471 一斉攻撃とその時のシウたち




 早くしないと日が暮れてしまう。夜間でもオスカリウスの飛竜らは飛べるが、能力が万全であるとは言えない。

 できれば日が落ちるまでに短期決戦で済ませたいと願うのは、時間を掛ければ掛けるほどぐだぐだになってしまうからだ。

 キリクは皆に発破を掛けた。急ぎ、魔獣を追い込んで各配置に就かせる。

 そして、日が傾き始めた頃に一斉攻撃を命じた。


 オスカーたちも、ルーナの上から大規模攻撃を仕掛ける。

「うっわ、すげぇ……」

「これはすごいねぇ。ほら、水があんなところまで上がってるよ」

 ククールスとアントレーネが海上を覗き込んでいる。キャッキャと楽しそうに見えるのはシウだけだろうか。ブランカも興味津々で見下ろしている。

 スウェイも気になるらしく、チラチラと横目で見ていた。時々大きな音にビクッと体を震わせているが、スッと何事もなかったかのように素知らぬフリだ。シウは見ていなかったという体で、知らんぷりしてあげた。

 クロも興味津々だけれど、動きは落ち着いている。ロトスに抱っこされて一緒に覗き込んでいた。ロトスといえば「へー」とか「ほー」と言うぐらいで特に騒いではいない。

 そしてフェレスはといえば、全く見もせず、誰もいない空いた場所でごろんごろんと寝転がって休憩中だった。自由を満喫している。

 これを見ていたのはシウや、目を丸くしている従者だけではなかった。ルーナを操縦中のキリクも見ていて、何度も振り返っている。

「おい、フェレス。お前、緊張感がないぞ」

「にゃふ」

「なんだ、それは」

「にゃうーん」

「なんなんだ。ていうか、いつでもどこでも猫は猫なんだな」

 マイペースなのが猫型騎獣の特徴でもある。ただ、フェレスはシウの指示にはしっかり従う。今は休憩中なので、実はこの行動は間違っていない。いないが、キリクからすれば「猫らしい」になるのだろう。

 ともかく、シウからすれば、キリクこそ「いつでもどこでもキリクはキリクらしい」だ。

「キリク、様。前見て。操縦に集中しないと」

「お前もいるからいいだろ」

「ダメだよね?」

 同意を得ようと従者に視線を向けると、青年は首を横に振ってから慌てて縦に振るという、よく分からない慌て方をした。

「……ほら」

「何が、ほら、なんだよ。大体お前もフェレスも落ち着きすぎだ。ロトスもか。ロトスはまあ、アレだから別としてもだな。……いや、お前ら全員やっぱり変だわ」

「キリクに言われたくないなー」

「待て、それはこっちの台詞だ」

「あ、飛行系の魔獣が上がってきた」

「なんだと? ていうか、なんで分かるんだ」

「探知魔法使ってるからね」

「……でたらめな奴め。で、慌てないところを見ると問題はないのか?」

「オスカーさんが気付いたみたい。次の攻撃で一緒にまとめて、あ、撃った」

 シウの《感覚転移》で視ると、炎によって焼き殺されていた。

「ハーピーはグランデガストロポダと共生関係にあるんだね」

「グランデガス? なんだって?」

「グランデガストロポダ。法螺貝って意味があるんだけど、あれは、もう貝っていうより島だよね」

 初めて見るが、二十メートル級の貝が泳いでいるのは壮観だ。海の魔獣ではないハーピーが、長い海の旅をどうやって付いてきたのかと思っていたが答えはこれだった。

 グランデガストロポダには苔やら海藻が付いており、頂上あたりに数匹のハーピーが残っている。巣らしきものも見えた。寄生か、あるいは共生関係にあるのかもしれない。たとえば害虫の処理などが考えられる。

「足場が悪そうだけどな。ハーピーってのは、あんなところに巣を作るのか」

「崖に巣を作る習性らしいし、土台が多少動いても快適なんじゃないの?」

 山に見立ててみると、それなりの角度があって崖と言えなくもない。

「まあ、しかし、魔獣だらけじゃねえか」

 キリクはルーナを大きく旋回させた。ホバリングから動きを付け始めたのは、全体を見渡したいからだ。また、大型攻撃のせいで風の吹き返しが増え、乱れてきた。上空には位置をずらしてはいるが、多くの飛竜が滞空中だ。かなり複雑な位置取りとなっている。

 海からの上昇気流もあって飛竜たちにとっては不安定極まりない。

「(総員に告ぐ。第二形態に移行せよ。思った以上に吹き上げが強い。飛竜をその場で旋回させるんだ)」

 キリクが《拡声器》を通した通信で全員に伝えた。

「(カウントを始めろ。第二弾は閃光後、すぐだ。用意を始めておけ)」

 旋回して位置を変更した飛竜たちを待って、閃光弾が打ち上げられ、同時に二回目の一斉攻撃が始まった。



 爆発系が多い中、氷撃魔法や岩石魔法などの物理攻撃も数多く撃ち込まれた。

 数打ちゃ当たるで、海面上には瀕死状態の魔獣が浮かんできている。

 二回目の総攻撃を終えると、半数が止めを刺しに海面まで急行だ。シウたちも向かう。フェレスとブランカにはオスカーらシャイターンの魔法使いを乗せ、シウたちは飛行板での移動だ。

「ロトスはここでキリクの護衛兼、操者要員として残って。後で交代するよ」

「おー、分かった」

 従者は椅子に座らせて固定だ。可哀想に、体面上どうしても最低一人は付けないといけないと言われ、イェルドに連れて来られたらしい。オスカーたちが乗ることになってなければ、従者も一緒に乗らなくて済んだのに。

 シウはロトスに「気を付けてあげて」と頼んだ。ロトスも「あいつ、可哀想に貧乏くじ引いちゃってな~。ちゃんと見とくよ」と請け負ってくれた。


 シウだけ遅れてしまったがルーナから飛び降りて頭を下に一直線で落ちれば、あっという間だ。飛んでいる皆より先に海上へ着いた。クロも急降下で付いてくる。海面すれすれで風属性魔法を使って体勢を変え、飛行板に飛び乗って滞空しているとすぐにフェレスが飛んできた。シウの横にピタリと張り付く。

「な、なんという無茶な降下を……」

 震え声のオスカーに対して、シウは首を傾げた。

「落下訓練は軍の方が頻繁に行うのではないですか?」

「そう言われるとそうかもしれないけれど……」

「僕らは冒険者で、臨機応変に動く必要があります。落ちる練習は多かれ少なかれ誰でもやってますよ。それに騎獣乗りでもありますからね。落下訓練は必須です」

 話しているうちにアントレーネとククールスがやってきた。ククールスも、スウェイではなく飛行板に乗っている。アントレーネと足並みを揃えたのだろう。スウェイは護衛のような格好でフェレスとブランカの後ろを付いてきている。

「あたしたちは獲物を狩ってきてもいいんだよね?」

「俺は回収係に徹しようかな。レーネも倒す方が楽だろ」

「いいね! じゃあ、頼んだよ!」

 生き生きとしたアントレーネの顔を見ていると、ダメとは言えない。もちろん、自由にしてもらっていいのだが。

 とりあえず、一言だけ注意する。

「レーネ、他の人が狙っている魔獣は横取りしないこと。譲ってあげてね?」

「……ああ、もちろん分かってるよ」

 一瞬、答えに詰まったのは見逃すことにした。シウはククールスに視線を向け、目だけで語った。彼も同じく、目だけで答えて頷く。

「じゃ、二人とも頼んだからね。ククールス、できればマグロ系と海老系をよろしく」

「おう」

「グランデカンマルスも海老系だからね? レーネ、覚えてるよね?」

「……もちろん!」

 シウはもう一度ククールスを見た。彼が大きく頷いたので任せる。スウェイもいるので大丈夫だろう。シウは二人を見送った。


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