470 合流と細かな取り決め




 クロッソプテルギイの強力な魔法に恐れおののいたところで、キリクからまた通信が入った。もうそろそろ到着するらしい。サナエルが居場所を知らせるための魔法弾を打つ。

 相手側からも上がる。シウの《全方位探索》の範囲には入っていない。強化すれば分かるだろうが、信号弾で位置は分かるので見なかった。

 それに眼下を観察するのに集中していたい。見慣れない魔獣がいるかもしれないと、ついつい研究気質のシウが出て見入っていたのだ。

 そのため、彼等が現場に到着してから驚く羽目になった。キリクを乗せたルーナの後ろに、多くの飛竜が連なっていたからだ。

 あんぐりと口を開けたのはシウだけではなかった。人間組全員が唖然と、その一行を眺めた。



 飛竜がホバリングしながらの接触は、オスカリウス家にとってみれば慣れたものだ。

 羽と羽が重なり合うように並んでいる。他の飛竜同士でもできただろうが、番い同士のドッキングだからより安定しているようだ。

 せっかくなので、シウは羽を歩いて進む。他は騎獣に乗っての移動だ。

「おう、かなり間引いたそうじゃないか」

「それなりに。あと、別口が間引いてくれたからね」

「別口?」

「あそこ見て、そろそろ浮上してくるよ」

「ん?」

 キリクがシウの指差した先を見る。少ししてクロッソプテルギイがまた浮上してきた。バリバリバリと大きな音が上空にまで鳴り響く。数秒後、十メートルサイズの魔獣がぷかぷかと浮き始めた。

「なんだ、ありゃ……」

「あれがクロッソプテルギイ。体長二十メートルの大型魔獣で電撃魔法を使うんだ」

 そして一度放つと餌を咥えて深く潜っていく。連続して撃てないから安全な場所に戻るのだろう。そこで餌を取り込み、また浮上する。念のため時間を計ってみたが、規則性はないようだった。

「今のところクロッソプテルギイは、あの一個体だけだね。他の大型魔獣はこの海域だけでも複数いる。たぶん、範囲外にもいるんじゃないかなあ」

「そうか。はぁ、ったく」

 髪を掻き上げ溜息を漏らす。それから辺境伯らしい表情になってサナエルに向いた。

「一度、休んでこい。長丁場になるかもしれん」

「はい! では、離脱します」

「おー。あっちでの指揮はイェルドに任せてるからな」

「了解です」

 サナエルはソールに「嫁さんとの逢瀬はまた後でな」と声を掛け、手綱を引いて離れていった。ソールは名残惜しそうだったが、ルーナの方は平然としている。というより、鼻息が荒いというか、やる気満々だ。魔獣を前にして夫のことはどうでもいいらしい。さすが群れの長だ。戦闘意識が高い。

 結局、ルーナはソールを見ないまま、二頭は離れ離れになった。


 ところで、ルーナの上にはキリク以外にも人が乗っていた。

「シャイターン国、魔法師団第四方面部隊隊員のオスカー=クナイスル一等魔法兵です。シュタイバーン風に言えば『第一級宮廷魔術師』でしょうか」

 オスカーは他の誰でもなく、シウに向かって挨拶した。内心で驚きながらシウも返礼する。

「冒険者で魔法使いのシウ=アクィラです。今回は遊撃担当としてキリク様付きになっています」

 オスカーは宮廷魔術師と同じだと言った。また、その格好を見れば爵位持ちだと思われた。それについて告げなかったことからも、返礼は略式で構わない。

「先に伺っていましたが、なかなかどうして堂々となさっている。さすがは隻眼の英雄殿が目を掛けている少年ですね」

「オスカー殿。彼はもう成人している」

「……おや。それは失礼。北国育ちなのであろうか、お小さいようだ」

 シウがムッとする前に、彼は続けて言った。

「ふむ。そう言えば、我が国の東部あたりに多いお顔立ちのようです。確か、孤児であったとか。ひょっとすると同じ血筋かもしれませんねぇ」

 ふむふむと何やら一人で納得している。しかも真実に近くてヒヤッとする。別に慌てる必要も何もないのだが、シウは固まってしまった。だからかどうか、キリクが間に入ってくれた。

「世間話をする暇はないと思うが?」

「ああ、これは失礼を。申し訳ない。つい」

「魔法使いにはよくある癖だ。俺は慣れているが、約束は守っていただこう」

「承知しております。乗せていただくのだから、船主であり船長のあなたに従いましょう」

 妙にふわふわっとした言い方だ。オスカーからは、宮廷魔術師や研究者とも違う雰囲気を感じる。

 すると、ロトスがシウの後ろにきてコソッと告げた。

「吟遊詩人っぽいな」

「ああ、そういう感じだね」

 宮廷魔術師には見ないタイプだ。ほんわかとした見た目の割に鋭いことを言うし、大型魔法を撃てるからこそ前線にまで出てきていると考えたら、見た目以上に場慣れしているのかもしれない。

 通常、宮廷魔術師が戦場に赴く場合はかなりの護衛を必要とするが、彼には付いていなかった。数人いるのは全て同僚らしい。

 もっとも、キリクにはサラもイェルドも付いておらず、カルガリと相棒のハリスに従者一名のみだ。普通ではない。

 普通ではないが、これがオスカリウス家である。

「さて、シウが来たから俺の方は安心だ。カルガリ、お前はカナルの応援に行っていいぞ」

「グラシオ隊長に怒られますよ」

「俺から言っといてやる。お姫様の上に何人も置けるか。それに、さっきサナエルが言ってたが、ロトスも飛竜の操縦ができるようになったそうじゃないか。シウもできるから、何の問題もないぞ」

 だから行ってこいと強く言われ、カルガリはハリスに乗って別の飛竜の上にいるカナルのところへと向かった。

 従者が泣きそうな顔で見送っているのは、自分一人でキリクの対応をしなければならないと思っているからだろうか。我が儘な領主に物申せる若者ではないようだ。

 さすがのオスカリウス家でも若い兵らは領主に馴れ馴れしくできないらしい。新しい発見だ。


 交代要員として名指しされたシウとロトスだったが、当面は遊撃として動いていいと言われた。

「一斉攻撃の後、魔獣に止めを刺す。ルーナもやりたがるから、その間はうちの人間以外は乗せられない。危険だからな。悪いが、その時はお客さんらを乗せてやってくれ」

「四人なら二人ずつに分かれて騎乗してもらいましょうか。一頭は遊撃で残して――。そうだね、スウェイにしようか。まだ他人を乗せるのは慣れてないし。ククールス、それでいい?」

 前半はオスカーたちに向かって、後半はキリクとククールスに向けて話す。

「了解。じゃ、レーネは俺の後ろに乗って現地に行くか」

「そうするよ。下に行ったら飛行板で移動してもいいしね」

「そのあたりは臨機応変でね。あとは、僕らも残りの魔獣を倒すとして、回収はどうしよう?」

 キリクに向かって問うと、にっかり笑われた。

「欲しけりゃ持っていっていい。そういう約束だ。うちの騎獣隊にも言ってある。といっても、うちは魔法袋をそれほど持ってきてなかったからなぁ」

 残念がるので、シウが「じゃ、そっちの分も取ってくる」と返していると、オスカーがそろっと近付いて手を小さく振った。

「あの……」

「うん? どうした」

「実は、我々も魔獣を回収したくて、ですね」

「構わんぞ」

「できれば、海面すれすれを飛んでいただきたいのですが」

 チラッとシウを見る。シウは頷いてから、声にも出した。

「いいですよ。その代わり、波に気を付けてくださいね」

「もちろん! 良かった、これで研究が進みます」

 オスカーは仲間のところに戻って喜び合っている。騎獣がいないので手に入れられないかもと心配していたらしい。そう言えば、シャイターンの対魔獣討伐団にある騎獣隊の多くが海岸の対策や救助班に振り分けられていた。

 現地での足が少なければ倒した魔獣を手に入れる機会も少ない。

 シウたちは彼等が魔獣を多く回収できるよう、積極的に飛び回る方向で話を詰めた。


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