469 合流
束の間の休憩を終え、シウがまた海面まで戻ろうとフェレスに乗ったところで、サナエルに止められた。キリクから《超高性能通信》を使った連絡が届いたからだ。
先ほどまで土下座せんばかりだったサナエルが、すっくと立ち上がり真面目な顔になっている。
「(はいはい。こっちの間引きは順調ですよ。じゃ、そろそろ一斉攻撃に移りますか)」
何度も頷き、サナエルはシウとロトスを振り返った。待ての合図のままだった手を動かす。近付くと、シウにも通信を聞くよう魔道具を指差した。
「(――着いたらシウをこっちに寄越せ。あいつに補助をさせるからな)」
「(了解です。了解だよね?)」
サナエルが通信の相手であるキリクに答えたあと、シウにも語りかけた。シウが「はい」と頷くと、それがキリクにも聞こえたようだ。
「(なんだ、そこにいるのか? じゃ、お前は俺付きってことでな。残りの奴も今そこに揃っているのか?)」
「(まだ二組は海上に。すぐ呼び寄せられるよ)」
「(そうしろ。ま、攻撃まではまだ時間がかかるがな。周りから追い込む作業に遅れが出てるもんで、そっちに頑張られると困るんだ)」
足並みを揃えるためにも手を抜いた方がいいようだ。
シウは頷き、サナエルから離れた。
というわけで、クロにククールスを呼びに行ってもらい、シウはアントレーネのところへと飛んだ。
ロトスはまたソールの操縦をするらしい。ソールはもうサナエルを許しているが、ロトスの「ワンクッション置いた方がいいんじゃね?」という有り難いお言葉で急遽そうなった。
その間サナエルは、指導しながらソールの背中や羽を掃除するらしい。すでにロトスが《浄化》していたが、そういう問題ではないそうだ。ちゃんと丁寧に手作業で掃除するという姿勢が大事だ。ロトスの言葉に、サナエルは神妙な顔で頷いていた。
ちなみに、サナエルには新しい《落下用安全球材》を渡して付けてもらっている。
さて、シウがフェレスに「全速力で」と伝えたところ、彼は騎獣レースの時よりも速く飛んだ。レースで手を抜いていたわけでもないし、砂袋の差分でもない。単純に彼のやる気と、現場の空気かもしれないとシウは思った。
「フェレスは自由に空を飛ぶのが一番好きなんだねー」
「にゃ!」
あっという間にアントレーネのいる場所へ着いた。ブランカが浮島を利用して縦横無尽に飛び回っている。そのブランカに乗ったまま、アントレーネは大剣を振り回して次々とグランデカンマルスを斬っていた。
「あ、勿体無い……」
真っ二つになった大海老が海へ幾つも落ちていくのだ。シウはへにょりと眉尻を下げた。
「あれ、シウ様! どうしたんだい?」
シウに気付いたアントレーネが右手の大剣を背中の鞘に戻す。左手にあった通常サイズの剣を右手に持ち直し、周囲を見回してからまたシウに視線を向けた。
「何かあったのかい?」
「あ、うん。もうすぐ一斉攻撃が始まるからソールに戻ってって、言いに来たんだけど……」
「だけど?」
シウは言い淀んだ。が、これはシウの個人的な感情である。むむむと眉を寄せていると、アントレーネがブランカから降りてひょいっと飛んできた。浮島を足場にして数メートルも移動するのだから器用なものだ。しかも、波に揺れてゆらゆらしている浮島の上でもしっかり立っている。体幹を鍛えているからだ。
「シウ様、あたしに言いたいことがあるならハッキリ言ってほしい」
キリッとした顔で宣言するものだから、シウは益々言いづらくなってしまった。が、ここで我を通しても仕方ない。シウは素直に白状した。
「レーネがさっき斬った魔獣、あれ海老なんだ」
「……は?」
「そうは見えなかったかもしれないけど、海老の魔獣なんだよね。しかも僕の鑑定によると、とても美味しいらしいんだ」
「ええっ!? なっ、なんて勿体無いことを! あたしとしたことがっ!!」
その場に蹲ってしまった。そう言えば彼女にも海老料理を作ってあげた。なんでも美味しい美味しいと言って食べてくれるから気付かなかったが、ひょっとすると好物だったのかもしれない。
はたして。
「あたしはカニとエビがすごくすごく好きなんだよ!!」
「あ、うん」
「それなのに!! 魔法袋だってシウ様にもらってるっていうのに!! どうして!!」
力説の仕方が強すぎて、シウはちょっと引いてしまった。いつもはシウが引かれるのに。
「えっと、でも大丈夫だから。幾つか僕が狩っておいたし」
「シウ様~」
「ただ、つい勿体無いなって思っちゃって。ごめん」
「あたしこそ……。言い訳になるけど、ただのゲジゲジ系魔獣だと思ったんだよ。海にも変なのがいるんだなって!」
「そ、そうだよね。ちょっと海老らしくはないよね。間違うのも仕方ないよ」
「大きいしね! あんなのを食べる人がいるなんて思わないさ。食べようと思う人はよっぽどの――」
「レーネ?」
アントレーネはハッとした顔で口を閉ざした。そろそろと後退るが、浮島の上だ。足を落とすと危ない。
「とりあえず、落ち着こうか。僕も落ち着くから」
「あ、ああ。そうだね。そうだった」
二人して深呼吸し、何事もなかったかのようにシウたちはソールまで戻った。
ククールスもほぼ同時に戻ってきて、ソールの上で一時休憩する。ソールはまだ体力的には問題ないというが、さすがに数時間に一度は休憩が必要になるため、陸に戻る予定だ。
念のためにと浮島も用意していたけれど、緊急避難的な利用と体を休めるための休憩は根本的に違う。
キリクを乗せたルーナが到着次第、乗り換えて交代だ。
ところがサナエルがごねた。
「えー。じゃあ、ロトスはそっちに行くのか? 一緒に陸で休憩しよう、な?」
「ちゃんと仲直りしたんだから俺がいなくても大丈夫だろ!」
二人がギャーギャー話しているのを、ククールスがぽかんと見ている。アントレーネは「いつものやつだね!」と気にもしてない。ロトスは誰とでも仲良くなっては騒ぐので「いつもの」だと思われている。
ソールの尻尾側ではフェレスとブランカがにゃーにゃーぎゃうぎゃうと会話に夢中だ。どちらが大きな魔獣を見付けたのか勝負しているらしい。クロは仲裁を止め、スウェイと一緒にまったり休憩だ。
「みんな、一応、今も哨戒中なんだからね? 見てる?」
シウが声を掛けると、人間組がハッとした顔になる。希少獣組からはクロだけがキリッとした様子で飛んできた。シウは苦笑して彼の頭を撫でた。
「クロは休んでていいんだよ。ずっと飛び回って大変だったからね」
「きゅぃ」
「僕らは乗せてもらって体力も余ってるからね。希少獣組は休憩しておくこと」
「きゅ!」
クロは素直に戻っていった。スウェイの近くに降りて、トトトと歩いてお腹の毛に埋まっている。狭いところが好きなので頭を前肢とお腹の隙間に突っ込む。
「仲が良いなあ」
「だよな。精神が大人同士で合うんだろ」
可愛くて思わず呟いたシウに、ククールスも満更でもなさそうな顔で答える。
ロトスに爺臭いと言われてしまうスウェイでも、ククールスにとっては「可愛い」のだ。
「シウ様、あたしはちゃんと見てるからね!」
「うんうん」
「大きいのがいっぱいで、本当にすごいよ!」
「そうだね」
「あたしも随分と強くなったと思うんだ。今度はあのあたりをやりたいね!」
と指差した先に見えたのはクロッソプテルギイだ。二十メートル級の魔獣である。
彼女は結局、十メートル級の魔獣しか倒していないらしい。それでも十分なのだが、大物を狩りたいとうずうずしているようだ。
「あ、また浮上してきたんだ」
ククールスも一緒になって見下ろすと、ちょうど電撃を放つところだった。
巨大タコがまた硬直し、沈んでいく。アントレーネもククールスもぽかんと口を開けた。
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