468 ちょっと狩ろう、格好良い着地




 サナエルは自分の装備品のチェックも怠っていた。

 彼の《落下用安全球材》は一度使用したものだったのだ。当然、開くはずがない。今まで一度も確認しないまま、ずっと使用品を装着したまま飛んでいたらしい。

 シウは眉を顰めた。

「一回発動したら起動ボタンの色が変わっているはずだし、外側に『使用後は必ず廃棄すること』って注意書きもあるはずだけど?」

 安全対策を徹底することが条件で、魔術式の使用を許可している。もしも約束を違えていたのなら――。

「いや、その、実験に使ってたみたいでさ! ええと、その時に色を塗ったバカがいたんじゃないかなって」

「へぇ」

「ふーん」

 シウとロトスが二人して睨むと、サナエルは白状した。

「……俺がやりました。その後、どれが未使用品か分からなくなって。一番重いから『これじゃね?』って選んだのを使ってました」

 シウとロトスの視線が怖いのか、サナエルが目をキョロキョロさせる。

「だって、落ちたことないし! これまで一度もないんだ! 落ちる訓練でも風魔法を使って、ほら、安全に降りられたから……」

 チラチラと顔色を窺うようにシウを見ていたサナエルだったが、とうとう目を逸らした。シウの視線が強くなったからだろう。ロトスは呆れてしまって大きな溜息だ。フェレスを撫でているのは、癒やしを求めているのか。シウもフェレスを撫でたくなった。


 ともあれ、浮島にずっといるわけにはいかない。大型魔獣も増えてきた。いつ何時クロッソプテルギイが戻ってくるかもしれず、飛竜に戻る必要がある。

「ソールが許してくれるかな?」

「あいつ、相当怒ってたもんなー」

「そんなー。なんとかしてくれよー」

「誠心誠意、謝るしかないよね」

 今はもう落ち着いていると思うが、それは黙っていた。

「とりあえず、フェレスに乗って移動だね。僕は飛行板に乗るから」

「えー、俺も飛行板で行きたい」

 ロトスが手を挙げた。ずっと飛竜で待機していたので彼もストレスが溜まっているのだろう。シウは笑顔で提案した。

「じゃあ、ついでだし一匹ぐらい狩っちゃう?」

「お、いいな!」

 そこにクロが戻ってきた。サナエルのフォローをするのに、クロがいれば安心だ。彼ならソールを宥めてくれるだろう。フェレスだと、どうでもよくなってきて変なことを言い出しそうだ。第一、フェレスに「ふたりの仲を取り持ってくれ」と頼んでも正しく通じるかどうか不明である。

 そしてクロは、ちゃんとシウの願いを理解して引き受けてくれた。

「きゅぃきゅぃ!」

「ありがと。じゃあ、サナエルをフォローしてあげてね」

「きゅぃ!」

 頼もしいクロと癒やしのフェレスに囲まれ、サナエルは上空でぐるぐる飛び回っているソールの下へと向かった。



 ロトスは、シウの説明を一度聞いただけで「あー、なるほど、分かったー」と納得し、一発で大海蛇を倒した。更に巨大タコにも挑戦し、飛行板という魔道具を使いながら倒してみせる。

「考えたら、ロトスって人型のままで倒してるよね」

「おー。俺ってば天才! すごくない?」

「すごいすごい」

「心、こもってなくない?」

「こもってるって。あ、右からグランデテュンノスが飛んでくるよ」

「飛ぶ? って、わあっ!!」

 マグロの魔獣は案外飛ぶのだ。十メートルもあるのにどうなっているのかと思うが、トビウオのようにヒューンと飛んでいる。

 普通の魚だって波の上をひょいっと飛べるのだから、魔法が使える魔獣なら巨体であろうと飛び出せるのだろうか。海の魔獣について調べる学者が少ないため、シウは興味津々で頭上を飛び越えていく巨大マグロを眺めた。

「あっぶねー! 超ギリギリだったじゃんか!!」

「そうだね!」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ! ここは心臓バクバクするところじゃね?」

「だって、方向を考えたら当たるはずないし」

「え、じゃあ、なんで俺に飛んでくるって言ったんだよ」

「見たいかなと思って」

「……うがー!」

 ロトスが壊れてしまった。飛行板が不安定になりフラフラする。シウは急いで彼の足下に念のため《空間壁》を差し込んだ。透明なので誰にもバレないはずだ。しかし、ロトスはチラッと下を見てから立て直した。

「シウ、俺はそこまで耄碌してないぞ!」

「耄碌って言葉、よく知っていたね」

「へへん。俺だって勉強してるんだ!」

 調子を取り戻したロトスは、すぐに次の魔獣へ狙いを定めた。

 倒しては、すぐに手で触れ魔法袋に入れる。その流れ作業は慣れたものだ。もう一端の冒険者ではないだろうか。

 感慨深いものがある。シウはにこにこ笑って、ロトスの活躍ぶりを眺めた。


 ひとしきり魔獣を倒して満足したロトスは、ソールの様子も気になるからと戻ることになった。

 シウも一緒についていく。どうせなら、飛竜を追いかけながら飛び乗るアクロバット飛行の経験を積みたい。

「いい訓練になるよね」

「おー、そうだな! なんか格好良さそう。俺のイケメン歴史にまた新たな一ページが!」

「はいはい。ロトス物語ね」

「お、いいツッコミありがとう。シウも随分慣れてきたな!」

「そりゃあね」

 肩を竦めて返す。ロトスはツッコミに厳しいのだ。シウも慣れた。

「あ、そろそろ合流だよ」

「おっと。じゃ、俺から行くな」

「後方乱気流に気を付けて」

「おー。じゃ、行ってくる」

 ロトスは急速に浮上し、次に風属性魔法を使って上手く気流を流しながらソールの斜め上からスーッと降りた。速度を合わせるところやタイミングもばっちりだ。

 細かい魔法操作も完璧で、その上達ぶりに嬉しくなる。

 シウも負けてられないと、同様にソールの上へと着地した。着地がこれほど緊張するとは思っていなかった。見られているせいもあるが、シウにもロトスに負けたくないという気持ちがあったようだ。

「おー、上手い。やっぱ、シウはすごいよなー」

「にゃにゃー!」

 フェレスにまで「すごーい」と言われ、妙に気恥ずかしい。シウは苦笑した。

「フェレスみたいに上手く着地はできないけどね」

「そりゃ、フェレスは騎獣だもん。飛行に関しちゃプロよ。うん? あれ、待てよ」

 ロトスは腕を組んだ。それからチラッとシウを見て、念話で続けた。

(もしかして、俺、本来の姿でやってたら完璧だったんじゃね?)

(ああ、そうだね。うん)

(しまった! くそ、俺の格好良い一ページが!!)

(大丈夫だって。十分すごかったからさ)

(自分がちょっと上手にできたからって、何それ! これだからチートは!)

 などと言っているが、怒っているわけではないし拗ねているのでもない。いつものロトスの賑やかしだ。

 その証拠に、ロトスはすぐにフェレスへ突撃して転げ回っている。

 そんなふたりはほっといて、シウはソールの肩に移動した。そこに、手綱を握ったまま謝っているサナエルとフォローを続けているらしいクロがいる。

 シウはそっと様子を窺い、クロに聞いてみた。

「どんな感じ? ソールは許してくれそう?」

「きゅぃ」

「あ、そうなんだ」

「きゅぃきゅぃきゅぃ」

「……えっと、待ってくれるかな。今『遊んでるだけだから大丈夫』って言った?」

「きゅ!」

「……遊んでるんだ?」

「きゅ!」

「そ、そう。よく分からないけど、とりあえず仲直りはできたってことだね」

「きゅぃ」

「クロも大変だったのに、ありがとうね。せっかくの休憩が全然休憩になってなくてさ」

「きゅ」

 首を振る。人間の仕草を真似るのは希少獣だからだ。彼等は人間の様子をよく観察している。

 シウはクロを抱き上げて頭を撫でた。クロは嬉しそうに「きゅ!」と鳴いて、すりすりと顔を寄せる。ソールとサナエルが仲良くなったのを見て、羨ましくなったようだ。シウに「クロもシウと仲良し!」と伝えてきた。


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