467 落ちる竜騎士と飛竜
とはいえ、サナエルも気になる。シウが《感覚転移》で視ると、彼の《落下用安全球材》がいつまでたっても開かない。しかも、むささびのように体を広げているわけではないから空気抵抗もないようだ。落ちる速度が早い。
そのスピードに近付くためだろう、ロトスが頭を真下にして体を細くした。飛行板は股の間に挟んでいる。
彼なら大丈夫。きっとサナエルに追い付いて助けてくれるはずだ。
シウはソールを優先しようと、彼に神経を集中した。
ソールを見れば、何故かくるくると回っている。そして、ロトスを真似したかのような格好で頭を下に羽を畳んでしまった。
「あ、魔獣を狩るつもりだ。止めないと!」
「にゃ?」
話しながらも彼は速く飛んでいる。シウはソールを見据えながらフェレスに説明した。
「巨大なタコの魔獣を一発で沈めるクロッソプテルギイがいるんだ。いくらソールが大きくて力も強いとはいえ厳しいよ」
噛む力、爪で抉る力、尻尾での打撃力。どれも攻撃力はある。しかし、触れないといけない物理の能力ばかりだ。
対してクロッソプテルギイは電撃を放てる。一発で大型魔獣を仕留められる力だ。とてもではないが、飛竜一頭で太刀打ちできるものではない。
それなのにソールは特攻しようとしている。
しかもタイミングの悪いことに、クロッソプテルギイがまた浮上してきていた。
獲物が来ると予想していたのだろうか。それとも先ほどの餌では足りなかったか。
ともかく、急浮上してきたクロッソプテルギイとソールがかち合うのを防がなくてはならない。
フェレスが全速力で飛ぶが間に合いそうになかった。
「ギャギャギャッー!」
狙いを定めたソールが大きく口を開けて、クロッソプテルギイに噛み付こうとした。
クロッソプテルギイは体から飛び出ている触覚をピンと真っ直ぐに立てる。あれが魔法を使う時の予備動作らしい。
シウは急いで間に滑り込んだ。《転移》を使った。ほんの少しの距離が間に合わなかった。でも間に入り込めた。と、同時に、クロッソプテルギイからの敵意を自分に向けようと大きめの《氷撃》を当てる。炎撃にしなかったのは、万が一表皮が燃えたら困るからだ。素材が勿体無い。
更にソールにはクッションとなる《柔空間》を当て、次いで海水に落ちないよう、大量の《浮島》を周辺にばらまく。その上に落ちれば電気は通さない。
そしてシウはと言えば――。
「やっぱり、無害化魔法でキャンセルされたか~」
シウの氷撃魔法はキャンセルされ、同時にシウへの電撃攻撃もキャンセルできた。
自分の体を使って阻んだのには訳がある。他の魔法でも、たとえば空間魔法で壁を作っても良かった。しかし、確実なのはシウの持つ無害化魔法だ。これならば過去に何度も経験し「確実に使える」と分かっている。ギフトと呼んでも差し支えないぐらいの強力な固有スキルだ。
世の中には魔法が効かない生き物もいる。たとえば水晶竜、あるいは遙か格上の古代竜など。そんな相手に、固有ではない空間魔法を使ってキャンセルされるよりは、確実に使えると分かっているシウの無害化魔法を使った方がいい。
もっといい方法は考えれば他にもあっただろう。でも時間がなかった。だから咄嗟の判断で自分の体を使った。
そのせいで、フェレスには怒られてしまったけれど。
追い付いたフェレスがうにゃうにゃ文句を言うのを押し留め、シウは大技を放ってから海中に潜ったクロッソプテルギイの様子を確認した。
「さっきもそうだったけど、もしかしたら魔法を使うたびに潜らないとダメなのかも。予備動作も確認したし、魔法行使の後の条件がこれなら……」
「にゃぅ!」
「あ、ごめんごめん。いてて。ごめんってば」
「にゃぅにゃぅ!!」
シウとフェレスも浮島に立った。そこで、シウはじゃれるよりも強めの抗議をフェレスから受けている最中だ。
話を逸らそうと、シウはソールを見た。
浮島の上に体がほぼ乗っている状況だ。
「フェレー、フェレス、ごめんね。先にソールのところへ行こう。乗せてくれる?」
「……うにゃ」
「ありがと。本当にごめんね、でもほら、ああいう戦い方で実験してるようなものだし。他の魔法をいきなり試すよりは安全なんだよ」
「にぎゃ」
ぷんとそっぽを向かれたので、シウは慌てて頭を下げた。
ソールは落ち着いていたが、シウとフェレスに気付くと、尻尾をしおしおと垂れさせていった。しかし、その尻尾がまずい。
「ソール、尻尾を海水に浸けない! 食べられるよ?」
「ギャッ!」
「さっき、危なかったんだからね。分かってる?」
「ギャギャギャ……」
「かなり強い電流が飛んできてたはずだよ。いくら飛竜に魔法耐性があるとはいえ、近くにいたら耐えられたかどうか分からない」
「ギャ……」
シウも彼のことは言えない。さっき無茶をやった自覚はある。もしパーティーメンバーにバレたら絶対に怒られるだろう。
だからあまり強く言いづらい。とはいえ――。
「海に引きずり込まれたら、陸の生き物はなすすべがないんだから。窒息して死ぬんだよ。分かった?」
「ギャギャ」
「今はクロッソプテルギイの騒ぎで魔獣も離れてるけど、少し休憩したら空に戻ってね」
「ギャッ」
「ところで、なんで変な飛び方してたの? ていうか、なんでサナエルを落としたのかな?」
「ギャッ! ギャギャギャギャギャギャ!!」
そこから怒濤の愚痴が始まった。それはサナエルへの文句に近い。ソールの延々と続くその内容に、シウは情けないような呆れたような気持ちになった。彼が怒るのも納得だ。
ソールには同情しかない。
取り敢えずソールを飛び上がらせると、シウは急いでロトスのいる浮島へと飛んだ。
今度はフェレスも素直に乗せてくれた。飛んでいる最中、彼を懐柔して「さっきのことは皆に内緒で」と頼もうか一瞬悩んだが、嘘を吐かせることはしたくない。シウは何も言わず、ごめんねと謝った。それから、今度一緒に実験に付き合ってね、とも頼んだ。フェレスはすぐに機嫌を直してくれた。
ロトスはシウの姿を見付けると手を振った。
「救助成功したぞー」
「お疲れ様。無事回収できたようで良かったよ」
「それな! 失敗したらどうしようかと焦ったー。おっさん、丸まってるしさ。掴まえづらいったらないぜ」
「ああ、そういえば落ちてる人を掴まえるのって大変なんだっけ」
二人で話しているとサナエルが呻いた。力が抜けたらしく、蹲っていたのだ。
「とりあえず、ポーションかな?」
「どこも怪我してないから、いいんでないの。勿体無いじゃん」
「んー、じゃあ、気付け薬とか」
「なんでそうやってすぐに甘やかすかな。おっさんが悪いんだから、いいんだよ」
「あ、そうだった。ソールがすごく怒ってた」
「理由聞いたのか? あれは怒るよな」
「怒るね。僕も怒る」
「シウが怒るってすごいぞ。ていうか、待て。誰がシウにそんなことするんだよ」
「そういう意味じゃないんだけど、まあ、考えたら嫌だよね。ね、聞こえてると思うけど」
と、サナエルを見下ろす。ロトスも一緒になって見下ろしている。その顔には笑みがあるので、彼はもう怒っていないようだ。元々怒っていたわけではないだろうが。
サナエルは体勢を変え、胡座を掻いてから頭を下げた。
「悪かった!」
「それは僕じゃなくてソールに言うことじゃない?」
「うっ、そうだな……」
サナエルは、あれほど従者に言われていたのにトイレを失敗したらしい。ソールは自分の体に小便を垂れ流されて怒った。それまでにも鬱憤は溜まっていたようだ。身体の上で食事をするのはいいが、ぽろぽろ零されたり、痒いと言ってるのに掻いてくれなかったり。
しかも見張りばかりで魔獣を倒せないストレスが溜まっていた。そこにサナエルの失敗が切っ掛けとなった。
空中でひっくり返って飛んでいた理由は分からないが、彼なりの抗議だったのだろう。
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