466 もらっちゃおう!そして……




 巨大タコは足を全部切り落とせば、動きが弱まり魔法も効くようになった。

 大海蛇は頑丈だったけれど、こちらもタイミングを合わせて、目の斜め上にある器官を狙えば倒せた。ただ動きが素早いために他の人ができるかどうかは分からない。それでもクロが戻ってきたら、アントレーネとククールスに伝言を頼もうとシウは思った。

 そうして数匹狩っているうちに、シウの《全方位探索》がクロッソプテルギイを捉えた。一度認識しているため、今はもうクロッソプテルギイだと分かっている。

 念のため、シウはフェレスに浮上するよう頼んだ。彼も気配を感じて視線が下に向く。向いてはいるが、ちゃんと周囲にも気を配っている。別の巨大タコの足が襲ってきても難なく避けた。まるで後ろに目があるかのようだ。

「すごい、フェレス、今の格好良かったね!」

「にゃっふぅー!」

 声も尻尾も嬉しそうだ。そこで気を抜かずに、もっと頑張ろうと思うのがフェレスだった。次の足が飛んできてもサッと躱す。

「フェレス、右方向に行ってみて。その方がクロッソプテルギイの動きが見やすいよ」

「にゃ!」

 シウの指示に従い、フェレスが巨大タコから離れて大鮫の多い場所へと移動した。

 移動してすぐ、巨大タコが暴れた後に硬直する。そしてそのまま沈んでいった。周辺には多くの、小さな――といっても十メートル級もいるが――海の魔獣が浮かび始めた。巨大タコはクロッソプテルギイの餌になったようだ。どんどん引き込まれていく。

「あんな大型の魔獣を一撃で倒すなんて、高度を上げていて良かったね」

「にゃぁ……」

「辺り一面死骸だらけだ。あ、これもらっちゃおうか」

「にゃ?」

「フェレスはそこで待機ね。僕だけでサッと飛んでくるから」

「ぎにゃ」

「だって、海面から近いと電撃を受けるかもしれないよ」

「に」

「……分かった。誰も見てないし、見てても分からないだろうから《空間壁》で囲んでおこうか」

「にゃっ?」

「いいよ。その代わり海水に落ちないでね。尻尾も触らせたらダメだよ」

「にゃ!」

 というわけで、すいーっと高度を下げ、海面ギリギリで止まる。

 シウは浮かんでいる魔獣をひょいひょいと空間庫に入れていった。もちろん、魔法袋に入れる振りだ。そうでなければ、あえてここまで来ない。死んでしまった魔獣なら、シウの見える範囲にいれば触れなくとも空間庫に入れられるからだ。

 これはサナエルや、遠見魔法が使える他の竜騎士対策である。スヴァルフほどの使い手はいなさそうだが、念を入れて偽装工作をしているのだ。


 あらかた空間庫に仕舞ったところで、クロが戻ってきた。かなり早い。

「伝言ありがとう。飛ばしたんじゃない? 大丈夫?」

「きゅぃ」

「まだ大丈夫? でも、ちょっと休憩してから次のお仕事してね」

「きゅぅぅ」

 不思議な声を出す。それから騎乗帯の上で止まったまま、くねくねと動いてシウのお腹に頭を擦りつけてきた。むぎゅむぎゅと籠もった鳴き声だ。

「どうしたの?」

「きゅ!」

 顔を上げたクロは嬉しそうだった。

「きゅぃきゅぃ、きゅぃきゅぃー!」

 恥ずかしそうなニュアンスの含まれた「大丈夫だけど心配されて嬉しかった」と返ってくる。どうやら照れていたらしい。

 その後、伝言のたびに止まっていたから休憩になっている、と説明された。ならばと、シウは魔獣の倒し方をアントレーネたちに伝えてほしいと頼んだ。クロはすっかり仕事モードになって、伝言を聞くや飛び立った。そのスピードときたら、フェレスも真っ青だ。

 フェレスも目を丸くしてクロを見ていたようだ。


 そうこうするうちにクロッソプテルギイがまた浮上してきた。次の獲物を狙っているのだろう。この海域にはまだ大物の大海蛇も大鮫もいる。

 シウは何匹か手に入れたので、もう必要ない。が、大海老は欲しかった。鮫も蛇もあまり好まれないから素材の分があればいい。しかし海老なら皆が大好きで食べられる。

「あ、でも海老フライはほどほどの大きさがいいかな。うーん。あ、海老団子や海老シュウマイなら形は残ってなくてもいいから、大きくてもいいよね」

「にゃ?」

「フェレスの好きなつみれ団子にしようね」

「にゃー!」

 だとしたら、クロッソプテルギイに食べられるのは癪だ。海老は見た目が気持ち悪いとかで、市場にあまり出てこないから余計に。巨大タコは《鑑定》の結果、まあまあの味のようだ。美味しいタコならすでに市場で手に入れているため、素材以外で欲しいとは思わない。

「よし、かっ攫っちゃおう。フェレス、もう一度水面ギリギリを飛べる?」

「にゃ」

「電気が来るから気を付けてね」

 念のために注意すると、シウたちはまた水面まで下りた。波が高いので被るが、シウの《空間壁》は波も弾いてくれる。

 辺りの大海老魔獣を何匹か空間庫に入れたところで、少し離れた場所の大鮫がぷかりと浮き上がってきた。二十メートル級の魔獣が浮かぶのはなかなかの迫力だ。

 その尾鰭に、クロッソプテルギイが食い付いた。

「うわ、すごい……」

「にゃー」

 一瞬だけ現れたクロッソプテルギイの姿は豪快だった。ゴツゴツとした岩のような肌に、触角のような不思議な器官が何本も飛び出ている。それにヒレも多い。

 もっと眺めていたかったが、クロッソプテルギイはあっという間に海中へと消えた。

 直後に大きな波飛沫、そして波が起こる。次々と小さな魔獣が吸い込まれていく。離れた場所にいた魔獣は波に呑まれた。平然としているのは二十メートル級の魔獣だけだ。

 シウたちは巻き込まれないように高度を上げた。というより、フェレスがすぐさま飛び退いていた。さすがフェレスだ。


 と、その時、ロトスから念話が届いた。切羽詰まった声だ。

(シウ、やべぇっ!)

 一瞬で《感覚転移》をロトスに合わせた。彼は斜めになりながら、飛行板を手に乗ろうとしているところだった。シウはすぐに《感覚転移》をズームアウトにした。ロトスの姿から、飛竜全体へと視えるはずだった景色だが、そこに飛竜はない。

 同時に見上げたシウの視線の先には、ソールの背があった。

「……ひっくり返って飛んでる?」

 呟いてから、慌ててフェレスに命じた。

「フェレ、あっち飛んで!」

 曖昧な指示だったのに、フェレスは惑うことなくソールに向かって飛んだ。

 正確には、ソールから落ちたサナエルに向かってだ。

 サナエルは安全帯を自分から外したらしい。宙吊りになって無理に飛ばれるよりはマシだと思ったのだろうか。ともかく、落ちながら安全帯の一部を捨て去っていた。それから、ベルトに手をやり「あっ」という顔になる。

 何をやっているんだと思ったものの、シウはロトスにも視線を向けた。

「あっちは大丈夫か。騎獣から落ちる練習やっておいて良かった……」

 飛行板に乗った彼は安定している。もちろん、彼が聖獣だというのはシウだって分かっている。転変すれば自力で飛べるし、魔法も自在に使えるようになったロトスなら問題はない。何かあっても、いざとなればシウが転移して助ければいいのだ。

 しかし、それと心配する気持ちは別だ。

(ロトス、何があったのかあとでちゃんと報告ね)

(わーってるって。あ、シウはソールを頼む! あいつ興奮してるんだ)

 今度の念話は落ち着いていた。冷静に判断している。シウはすぐさまフェレスに指示した。

「フェレス、行き先変更。ソールのところまで一直線でお願い」

「にゃっ!」


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