魔法使いシリーズ番外編-人間編-

小鳥屋エム

第1話 若かりし頃の思い出-前編-

キリクが主人公の話なので興味のない方はお気をつけください。

前編中編後編で分けてます。

(※本編からこちらに移動させました)





**********





 飛竜の寿命は十年から四十年と幅広い。

 彼等の持つ魔力にも影響するが、特に何もなければおおよそ四十年は生きる。

 上位騎獣や聖獣ほどに長生きするが、それに掛かる費用は比較にならないほど莫大だ。そのため、飛竜との付き合いは勇気の要る「一生もの」だと言われていた。

 なにしろ、通常であれば四十年も生きるのだ。


 では何故、十年で寿命を迎える飛竜がいるのか。


 それは人間同士の争いが原因だった。

 戦に駆り出され、限界を超えた戦い方を強要され、魔力を何度も枯渇させながら命を削る。

 それが飛竜の寿命を短くさせていた。


 また、戦そのものにより命を落とすことも多かった。


 魔獣を相手に戦うのならばまだいい。

 魔獣を狩ることは魔獣以外の生き物の本能のようなものだ。

 人間は不安感や恐れから魔獣を前にすると逃走したくなるものだが、それでも自分が勝てる相手ならば戦おうとするだろう。

 獣も同じだ。いや、人間よりももっと魔獣への討伐意識は高いかもしれない。

 飛竜とて、空の覇者の一員である。

 当然、魔獣を狩ることになんら戸惑いはなかった。

 魔獣を相手に戦って負けたのならば、それは仕方のないことだ。


 けれど、飛竜の寿命が短い理由のほとんどは魔獣との闘いによってではなかった。


 一番の理由は人間だ。

 人間同士の戦争に、飛竜は使われる。

 魔法を使った戦い方、同じ飛竜同士のぶつかりあい、地上から飛んでくる対飛竜用の矢。

 矢を避け、追われて逃げた先には蜘蛛の巣のような網の罠が待ち受けている。もちろん捕らえられるだけでは終わらない。敵方の機動力という理由だけで殺されていく。


 飛竜とは、そうした存在だった。




 キリク=オスカリウスが生まれた時から共に育った飛竜のルカスは、キリクが成人を迎えるよりずっと前に死んでしまった。


 度重なるスタンピードにも出動し、飛竜たちの次期長として君臨するはずだった。

 能力の高さから、次期領主となるキリクのパートナーとして期待された。

 キリクの成人後には正式に引き渡され、主従契約を結ぶ予定でもあった。


 そのルカスが死んだのは人間の仕業だ。

 キリクが跡目を継ぐことに難癖をつける親族が仕組んだことだった。


 本当ならキリクを乗せている最中に失速して共に落ちる予定であった。しかし、多すぎる魔力にようやく馴染んできたキリクは遊び回りたい盛りで、いつもの訓練時間に遅れた。

 そのため、毒の回りきったルカスは、飛竜の夢である「飛行中に死ぬ」ことも叶わず、竜舎の中でひっそりと死んだのだった。



 命を狙われていることに危機感を覚えたキリクの祖父は、少し早いが王立ロワル騎士養成学院へ孫を放り込むことにした。

 多少早まっても、そこは貴族としての力で捻じ込める。

 祖父はやり手だったので強引な手腕も取ってきたが、この時もキリクの意見は一切聞かずに決めてしまった。


 一生を共に過ごすはずだったルカスを失い、悲しみに暮れる間もなくキリクは王都へと向かうことになった。

 この時「騎士になったとしても竜騎士にはなるまい」と、少年だったキリクは心に決めた。




 年老いた祖父が亡くなった父親に代わって領主に返り咲き、身を粉にして働くのは全てキリクを次代の領主にしたいためだ。

 それは痛いほど分かっていたし、直系の跡継ぎが自分しかいない以上、そうすべきだとも理解していた。

 キリクに妹はいたが、危険なオスカリウス領で育てるのは祖父や親族たちが許さず、彼女はずっとロワル王都の親族に預けられていた。そのせいで普通の貴族の令嬢として育ってしまった。

 そんな普通の少女が辺境の地の領主になれるとは思えない。

 ――自分がしっかりしなくてはならない。

 頭の中では冷静に分かっていた。だが、キリクはもういっぱいいっぱいだった。


 祖父に厳しく教育され、親族からは押さえつけられ、大事なルカスを失って。


 体の中に爆発しそうな塊が存在して、それがいつ弾け飛ぶのか分からない。そんな焦燥感に追い立てられていたキリクは、とうとう出奔してしまった。


 学院には退学届けを出した。

 それで上手くいくのだと信じていたのは、キリクがまだまだ子供だったからだ。






 偽名で冒険者登録をしたキリクは南へと向かった。

 逃げる者は大抵、その理由自体から遠く離れようとするものだ。

 キリクの家はシュタイバーン国でも北に位置し、辺境でもあった。気の休まらない毎日を過ごし、父母と乳兄弟、そして多くの領民を失った場所だった。

 キリクは現実から目を背けて、ただただ南へと逃げた。


 道中、仕事を受けながら進んだが、飛竜に乗り慣れていたため移動の遅さには辟易した。

 シルラル湖の西側を進んだために途中、広大な湿地帯に足を踏み入れて散々な目にも遭った。

 商隊に頼み込んで護衛見習いのような真似もした。

 毎日の食事にも事欠き、みすぼらしい姿にもなったし血反吐を吐いたこともある。

 それでも何かに憑かれたように南を目指した。


 国境を超え、フェデラル国のヴァイシェルツ領に到着した頃には、可愛らしかった姿はどこにもなく、少年から脱皮した勇ましい青年姿になっていた。



 そこから更に南を目指した。

 この頃には隻眼だからと弱点を突かれても、それを逆手に戦えるほど剣の腕は上がっていた。

 元々、魔力が有りすぎたために隻眼になったようなものだ。つまり、その多すぎる魔力が体に馴染んできた。となれば基本的な能力は誰よりも高い。

 まして、幼い頃から戦う術を叩き込まれている。

 その他大勢の冒険者に引けを取るわけもなく、実践を経験していけば力は自然と身についた。


 そんなある日、キリクは飛竜の隊商が飛んでいくのを見かけた。

 隊商ならば飛竜は寿命を全うしたのではないだろうか。そんなことを考える。もし、自分に商才があったら。あるいはあの時、自分がもう少し歳を重ねていたら。

 ――ルカスは死なずに済んだだろうか。

 考えまいとしていた事が次々浮かんで、キリクは自分がまだあの苦しみから抜け出せていないと知って苦笑した。






 旅の途中、体を酷使したせいで怪我を負い、もうダメだと諦めかけたこともある。

 そんなキリクを助けたのは流れの冒険者だった。

 飄々とした男で、キリクが目を覚ました際にも淡々と「起きたのなら食え」と何も説明しないまま肉を出してきた。

 戸惑うキリクに、

「血を流しすぎだ。肉を食え、肉を」

 そう言って、周りだけ炙った肉を無理やり口に入れてくる。

 血の滴るような赤みと濃い味にキリクは陶然とした。

 腹も減っていたため、痛みに顔を顰めつつ出されるままに肉を食らった。


 後にその肉が竜だと知った時は驚いた。よくぞそんな貴重なものを食わせてくれたという気持ちと、ルカスの同族かもしれない肉を食ったことへの形容し難い気持ちが混ざって、親切な男へ複雑な顔を向けた。



 その男はヴァスタと名乗り、ひとつ国に留まらず、あちこちを渡り歩いていると語った。

 普段はソロ活動を中心に、時折ギルドの依頼内容によってはパーティーに参加した。

 すでにあるパーティーにソロが参加するというのは難しい。よほどランクが上でなければ受け入れ難いものだ。

 だからその話を聞いてキリクは驚いた。

 ヴァスタは、今まで出会った上級冒険者の誰とも違って見えたのだ。

 見た目はどこにでもいそうな普通の男だった。野暮ったい服装で、覇気があるようにも見えなかった。キリクが偉そうな態度を取っても怒りさえしなかった。


 思春期特有のなんにでも噛み付く頃で、キリクは度々冒険者たちと喧嘩になった。

 冗談だろうと、ちょっとでもからかわれると腹が立ったし、隻眼のことを揶揄されるだけで殴りかかった。

 大抵は勝ったが、たまには負ける。そんな時はぼこぼこにされて放り出された。それでも口調や態度は直らなかった。


 そんなものだから、領主の息子として育てられた生意気口調で話していた。それなのにヴァスタは一切気にする素振りを見せなかった。


 助けてもらった相手への態度ではなかった。そう反省したのは随分と後になってからだ。

 しかし、当時のことを思い出して謝った時、ヴァスタは全く思い出せずに首を傾げていた。

 つまり、ヴァスタとはそういう男だった。



 外見だけなら全く強く見えない男の態度に、キリクは心惹かれた。だから怪我が治っても彼に付いていった。

 ヴァスタは「拾ってしまったし、しようがないか」と、飄々としたものだ。キリクの素性など知ろうともせず依頼をこなしていった。


 彼には崇拝する信者のような友人たちもいて、彼等は口々に、

「また拾ってきたのか。自由人だなぁ」

 と笑っていた。

 そういう彼等も、流れの冒険者として世界を渡り歩いている自由人だった。

 彼等を見ているとむず痒く、それでいて羨ましい心地になった。

 憧れと、自分もそれに近付けるのではないかという自負。いろいろな思いが胸の奥からふつふつと湧き出てくるのだ。


 溢れ出てくるそれを、以前のキリクはイライラした塊のようなものとして扱っていた。同じような力なのに今ではどこかわくわくとしたものに感じていた。

 誰かはそれを「生命の力」だと教えてくれた。

 体の中にある生き物としての源、それが溢れ出てくるのだと。


 冒険者たちの中には、それが狩りへの欲求として表現されたり、あるいは女性へ向くこともあった。


 キリクが女を知ったのもこの頃だ。

 本来なら領地でしかるべき女性をあてがわれていたのだろうが、手ほどきは全て娼婦に習った。

 ヴァスタが娼館へ行くことはなかったが、朝帰りをすると苦笑されたものだ。

「熱された鉄が、固まったようだな」

 煮えたぎる鉱物のようだと喩えられていたため、少しは冷えたのかとからかわれたのだろう。

 何故かヴァスタに言われても、キリクは腹立たしく思うことはなかった。

 不思議な男だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る