462 海の魔獣の種類と魔核




 大型の魔獣は魔法が効きづらい。では大型魔獣の討伐は物理が向いているかというと、それも厳しい。皮が分厚く頑丈なタイプがほとんどだからだ。弱点を地道に攻撃し、弱らせてから討伐するのがいい。

 そもそも、討伐に向けた作戦もある。他の人もいる手前、シウだけが勝手をするのは良くない。戦果を挙げたい人もいるだろう。

 ともあれ、観察は終わった。シウはソールのところまで戻るようフェレスに指示した。

 同時にアントレーネとククールスにも告げる。彼等も急いでソールまで戻ってきた。


 ソールの上に着くと、操縦者が完全に入れ替わっていた。クロが後方にある騎乗者用の座席から二人を見ている。どこか呆れた様子だ。二人のやり取りがおかしかったのかもしれない。

 ロトスはそろそろ変だなと気付き始めたのか、チラチラとサナエルを見ている。交代してくれないかと思っているのが分かるが、彼は見事にスルーしていた。

「どうだった、シウ。こっちはハーピーが何匹か飛んできていたが」

「ハーピーが? 魔獣に乗ってきたのかな。僕が見たのはペルグランデポリプスとグランデピストリークスだね。二十から三十メートル級の大物が何匹もいたよ。数メートルサイズの魔獣ももちろんいるけど、大型魔獣の餌になってるね」

 シウが報告を終えると、アントレーネとククールスも交互に告げた。

「あたしが見たのはマグロ系の魔獣が多かったよ。シウ様が解体していたから形は間違いない。あの大群が、群れを追うように付いてきている感じだね」

「俺は北側を見に行ったが、同じようなもんだな。ただ、海蛇っぽいのが多かった。な、スウェイ。あれは蛇だよな」

「ぐぎゃ」

「大きかったぞ。たぶん、十メートルは超えてる」

 全てを聞いたサナエルは眉を顰めた。

「まずいな。本格的なスタンピードじゃないか。しかも、大物ばかりだ」

「やっぱり珍しいよね」

「ああ。俺もそれほど知ってる方じゃないがな。シャイターンの竜騎士が話してた内容が正しいなら、大海蛇で数年に一度クラスの災害だと」

 つまり、今回の規模は大災害と言っても過言ではない。いやもっと上かもしれないと、眼下を見て思う。

「大物が多いよねえ」

「だから、まずいんだって。シャイターンの奴が『海の魔獣は陸に上がらないから大丈夫だと思ってる内地のバカに、そんなことはないと言ってやりたい』って、ぼやいてたんだ」

「どういう感じになるんだ?」

 聞いたのはククールスだ。アントレーネも興味津々である。

「『津波を起こすし、魔法をバンバン使うから内地にも影響ある』とさ」

 シウも学校で習った。大図書館にある本にも書いてあったが、海の魔獣は陸よりも大技を使うのだ。

 海に棲む生き物がどうやって魔素を取り込むのかはまだ解明されていない。しかし、どうやら陸よりは魔法を使いやすいようだ。海の魔獣が牙を剥けば、大型魔法を撃てない人間には手も足も出ない。

「あとはそうだな、大きさに比例して使う魔法もでかいんだとさ」

 サナエルが身振り手振りで教えてくれる。シウは、

「でも魔核は小さいけどね。モラモラアトルムの魔核ってこれぐらいだよ」

 と言って、先ほどの魔核を掌に載せて見せた。ククールスが少し変な顔になる。アントレーネは何故か両目を何度も瞑った。バチンバチンとシウに向かって見せるのは、もしかしたら何かの合図だろうか。

「……そうか。それ、どうやって、って聞いても意味ないんだよな? うん、そうだったな。キリク様にも言われてるから分かってる。シウには何も聞いちゃいけない。そうだそうだ。シウはキリク様と同じ。うん」

「サナエル?」

 彼には見られていないはずだ。シウはちゃんと《感覚転移》でソールたちがどこにいるかを確認していた。だから、調査のために一匹狩ったと言っても差し支えないはずだった。

 が、そういう問題ではなさそうだ。

「シウー、お前さ、いきなりすぎるだろ」

「シウ様、あたしがせっかく合図してたのに」

「あ、うん。ごめんね。えーと、とりあえず調査のために……」

「そっか、調査か。うん、分かった。で、なんだったっけ」

 ハハハと乾いた笑いのサナエルに、シウはモラモラアトルムの魔核を渡した。

「ほら、小さいでしょ。陸の魔獣よりも体は大きいのに」

「ああ、それか。そうだな。うん、でもさ」

 手に乗せた魔核を、サナエルがコツコツと叩いた。小さくカランコロンと綺麗な音がする。

「純度が高い。光に翳すとよく分かるってさ。ほら、見てみろ」

「あ、ホントだ」

「へぇー、魔核って綺麗なんだな」

「海のだからじゃないかい? 濃い青って感じだね。魔獣から取れたとは思えないよ」

 ククールスとアントレーネも屈んでから、見上げる。サナエルの手の位置は二人には低かったのだ。シウはちょうど良かったが。

 そのことに若干、気持ちが引っ張られていると、ロトスが「お前らだけズルイ!」と叫んだ。

 自分も会話に入りたいのにと拗ねている。

 サナエルは笑って、操縦を交代した。


 さて。サナエルの情報によると、純度の高い魔核ほどギュッと小さくなるらしい。海の魔獣によくあるそうだ。特に大型の魔獣に多い。

「滅多に見付からないし、研究する人間も少ないから一部の者しか知らないらしいけどなー」

「そうなんだね」

 小さく美しい魔核には、魔力がたっぷりと含まれている。そのため普通の魔核よりも扱いが難しく、ただの魔道具の動力にするのは難しい。では専用の魔道具を開発したとしても、そもそも滅多に手に入らないから一度きりの品になる。結局、使い道のないまま装飾品となって王族に献上されるのだそうだ。

「つっても、飲み屋で聞いた話だから話半分で頼むな。そん時は地元の漁師もいて、皆で盛り上がってさ。酔っ払いばっかりで、与太話も多くてなー」

 サナエルが前方から声を張り上げて言う。それに対してククールスが少し大きめに言い返した。

「竜騎士さんが地元の漁師と飲み屋でって、相変わらず面白いよな!」

「俺だけじゃないぞ。シャイターンの竜騎士もいたんだー」

「ははっ。やべぇなー」

「いいじゃないか。あたしも、よく飲み屋で騎士たちと飲み比べをしたもんさ」

「レーネ姐さんは酒が強いもんな!」

 話が段々と脱線し始めている。シウは呆れながら手を叩いた。

「とにかく、海の魔獣は大きく危険な魔法を行使する、でいい?」

「おー、そうだそうだ。ついでに魔核は、まあ装飾になら使えるかもしれんって程度で――」

「勿体無い! ちゃんと使うよ、もちろん!」

 サナエルの言葉に対して食い気味に答えると、ロトスが大笑いした。ククールスは「あちゃあ」と頭を抑え、アントレーネは呆れ顔だ。

「ダメだ、これ。こうなったシウはまずい。絶対に一番前で狩っちゃうパターンだ」

 ロトスが笑う。それが聞こえていたらしいサナエルが振り返った。

「今はまだ本戦じゃないからな? 先に始めたら俺が怒られる。シウ、我慢しろ」

「さすがに抜け駆けはしないよ」

「いや、そういう意味じゃないんだけど。ていうか、お前らって平然としてるっていうか、まあ……」

 その後はごにょごにょと小さい声だったので、地獄耳のシウにも聞こえなかった。

 でもたぶん、良くないことを言ったのだろうからそれでいい。シウは肩を竦めて、モラモラアトルムの魔核を見た。《鑑定》したら、ちゃんと高濃度の魔力が含まれていると出てくる。

 思わずにんまり笑顔になったシウである。








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