461 海上を哨戒




 ソールは飛竜の中でも大型だ。群れのリーダーとなるルーナの夫でもある。つまり、それだけの力があるということだ。更に、野生育ちだからか飛竜の中でも体力が抜きん出ている。

 そのため、一番遠くの哨戒を任された。

「問題は、おかしな遊びをしたがるところだが――」

 サナエルが警戒しながら言う。

「最近は子供も生まれたから落ち着いてるけど、一応、気を付けてくれな?」

「了解です。大丈夫ですよ、うちは全員が落下対策をしてるので」

「飛行板も背負ってるしな」

 ククールスも大丈夫だと答える。しかし、飛行板がなかったとしても、飛竜の飛行高度なら落ちてもフェレスたちが助けてくれる。彼等が主をみすみす落とすはずがない。

 間に合わないのは逆にもっと低い位置から落ちた場合だ。その時はシウが作った《落下用安全球材》の出番だ。

 ともかく、シウたちは飛行訓練中に何度も落ちている。その対策もばっちりで、落ちることへの恐怖はない。もしも魔法が使えず魔道具もなかったとしても、狩人の技もある。シウは皆にそれらを伝授していた。

 そんな気持ちが伝わったのだろう。サナエルはニヤリと笑った。

「頼もしいな。助かるよ。こいつ、ルーナとなかなかイチャつけないから最近ストレスが溜まってるみたいでな」

「番いなのに?」

「子供が生まれると雌は警戒心が強くなるのさ。人間も同じだろ? 我が子を守るための本能だから仕方ない。女ってのはすごいもんだぜ。なあ」

 そんなことをシウに言われても答えようがない。困ってしまってアントレーネを見ると、彼女は胸を張って頷いていた。そして、シウに向かって腕の筋肉を見せつけてくる。

「あたしも随分と強くなった気がするよ。どうかな、シウ様!」

「う、うん。レーネは強くなったよね」

 サナエルが言いたかったのとは少し違う気もしたが、シウは肯定した。

「そうだよね!?」

 アントレーネは、ふっふーんと鼻歌が飛び出そうなほど嬉しそうだ。

 シウが戸惑っているとロトスが念話で告げてきた。

(なんか、主に似るよな~)

(何が? 僕に似てるってこと?)

(シウも『背が高くなった』とか『大きくなった』って言われたら自慢げじゃん。今のレーネ、あれとそっくり)

(……)

 どうやら、シウはアントレーネと同じような顔で喜んでいるらしい。

 それを良しとするべきかどうか。分からないけれど、もう少し落ち着こうと思った。

 少なくともロトスにからかいの眼差しで見られない程度に。


 話をしているうちに、あっという間に海上へ到達した。ソールはまだ先へ行く。

 飛行中は皆で海を確認するが大きな魔獣の姿はなかった。他に気になるといえば波が高いことだろうか。

 やがて、波の激しい場所を見付けた。

「あれだな」

 サナエルが低い声で唸る。これまでとは勝手の違う場所だ。把握するのが難しいと、腕を組む。

「ソール、滞空飛行を続けてくれ。全体を見たいから高度を上げるか」

「僕たちは低い位置から詳細を見てきます」

「助かる。あー、なあ、一人余るだろ? 俺の後ろを任せたいんだが」

 言いながらチラッとロトスに視線を向ける。各騎獣の相棒が誰なのか、そして余るのが誰かを瞬時に読み取ったらしい。そしてロトスは空気が読める。

「んじゃ、俺がやるよ。飛行板もあるから、何かあれば遊軍もやれるしな」

 すぐに反応する。

 シウはロトスに「頼むね」と声を掛け、残りのメンバーと共にソールの上から降りた。

 離れる時に、

「ちょうどいいから、飛竜の操縦も覚えてみないか? 騎士学校で習う正式な方法だ」

 というサナエルの声が聞こえてきた。

 キリクも、まだ子供だったシウに操縦方法を教えて交代要員にしたことがある。やはりオスカリウス家はおかしい。いくら仲が良いとはいえ、普通こんな時に操縦を覚えさせようとするだろうか。しかし。

「マジで!? やるやる! 俺もちゃんと覚えたいと思ってたんだー」

 ロトスはまんまと引っかかっていた。

 彼はきっと後悔するはずだ。こうして覚えさせ、長時間飛行の際に問答無用で交代要員にされるのだから。

 シウは肩を竦めて、クロに残るよう頼んだ。クロはストッパー役でもある。パーティーメンバーの中で一番冷静なのだ。

 それからシウは、フェレスに指示して一番波の高い場所へと向かった。


 アントレーネとククールスはそれぞれ別方向へと偵察に行った。シウが一番大物のところへ行くと分かっていたのか阿吽の呼吸だ。

「んー。あれ、なんだろうね」

「にゃー」

 シウが《鑑定》している間に、フェレスはスーッと低空飛行に入った。あまりに低い位置を飛ぶので危ないのではないかと思っていたら、巨大な魚が飛び上がってきた。

「あ、海老だ」

「にゃ」

「海老って飛ぶんだねえ」

「にゃ、にゃにゃ」

 シウの独り言に、フェレスは真面目に答えた。あれは飛んでなどいない、といったことを。

「そっか、飛ぶっていうのはフェレスみたいなのを言うんだっけね」

「にゃふ」

 分かればいいんだ、とでもいうかのように満足げな鳴き声だった。

 ともあれ、巨大な海老に海蛇といった形の魔獣がうようよと集まっている。彼等は逃げる小さな魔獣を追いかけていた。食べながら進んでいるらしい。

 眺めていると、共食いしたらしい鮫の魔獣が進化している。

「進化って脱皮みたいだなあ。……たまたま目にした、わけじゃないよね、これ」

「にゃ?」

 シウは「なんでもない」とフェレスに答え、眼下を見つめる。急激な進化は大きな魔核を取り込んだ時に起きやすい。そうした事例を、シウは過去に見てきた。アルウェウスの魔獣スタンピード事件でだ。

「海竜の魔核でも食べたかな。それとも迷宮で美味しい獲物が多かったか」

 集まる魔獣の種類が大型すぎるのだ。

 元々、海の魔獣は大型になりやすいとは聞いていた。浮力があるため、陸地ほど体の重さというデメリットがないからともいう。もちろん、デメリットが全くないわけではない。体が大きくなれば餌だって相応に必要となる。それに敵にも見付かりやすい。

 彼等が大型になっても生きられる一番の理由は、天敵である人間がいないからだろう。

 人間は海にまで出て彼等を討伐しないからだ。討伐するのは陸から近い、浅い部分だけ。そこを避ければ、海は広く、餌も豊富だ。この世界の人々は大海原に出てまで食糧を得ようとはしない。

 よって、海には豊富な資源がある。

 そんな場所から、敢えて陸地方面へ向かうのには訳があるはずだ。

 いくら人間を襲うのが魔獣の本能に刻み込まれているとはいえ、豊かな場所から不利な場所へ行く理由がない。

「さて、原因はただのスタンピードかな?」

 この流れの中心にいるのは「グランデピストリークス」のようだ。《鑑定》してみたので名前が分かった。二十メートルはあろうかという鮫だ。相当数がいる。

 後ろには「ペルグランデポリプス」がいる。巨大タコだ。シウの《全方位探索》で軽く測ってみたところ、おおよそ三十メートルだと判明した。これが視界の中だけでも十数匹はいる。おそらく広範囲に広がっているだろう。

 他に海蛇系や海老系の魔獣が多い。そのどれもが大型だ。通常のサイズ――といっても数メートルはある――魔獣が、大型魔獣らの餌になっている。餌扱いの魔獣は群れをなして逃げていた。

 珍味のモラモラアトルムもいたが、動きが鈍いためグランデピストリークスにとうとう捕まって食われてしまった。

 シウは魔核が欲しくて《引寄》で手に取ってみた。二十メートル級の魔獣にしては小さい。海の魔獣は魔核が小さいのだろうかと、他の魔獣も試しに取ってみた。

「やっぱり小さい」

 では、グランデピストリークスはどうだろうと魔法を掛けようとしたら、キャンセルされた。魔法を弾く性能があるらしい。水晶竜ほどではないと思うが、興味深いと観察していたら、今度はタコの足が伸びてくる。

 捕まる前にフェレスが颯爽と躱す。彼はシウに言われずとも、すぐに高度を上げた。





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