ゲリンゼル、走る
9巻発売記念として
(第一部の第八章まで読んでいれば問題ないかと思います)
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ゲリンゼルは
でも、ゲリンゼルは空を飛べるフェレスが羨ましかった。格好良いと思っている。ゲリンゼルは山羊型でしっかりとした体格をしているけれど、空を飛べる騎獣ではない。それがちょっとだけ寂しい。
ただ、人を乗せられるぐらいには力持ちだ。その代わり訓練しないといけないらしい。
だから訓練をしたいと、主のステファノに頼んだ。
「どうして。なんだって急にそんなこと」
訝しがる主に、ゲリンゼルは説明した。
――だって、フェレスが言うんだもの。昨日はシウを乗せて森まで行ったよ、って。
仕事をしているフェレスは格好良い。いろんな宝物を見付けてくるし、遊び方も教えてくれた。ゲリンゼルも同じように頑張りたい。もちろん、宝物や遊びも気になっている。でもそれ以上にステファノを乗せたいのだ。
ゲリンゼルが一生懸命伝えると、ステファノは苦笑した。
「うーん。これか。アロンソやウスターシュのところも張り切ってたらしいからなぁ」
「ステファノ様、ゲリンゼルの運動量を少し増やしてあげてはどうでしょう」
「そうだなぁ。騎獣じゃないから朝だけでいいと思ってたけど、夕方にも走るかな」
「ヴェェヴェェェ」
「え、僕を乗せて走るのか?」
「ヴェェ」
「そうか。分かった。じゃ、訓練はする。だけど、ルルはどうする? ルルだって同じようにしたいかもしれないよ」
ルルとはゲリンゼルと仲良しの希少獣で、カプレオルスだ。子鹿という意味らしいが、小さい鹿全般を指す。
同じ鹿型希少獣にブーバルスやルフスケルウスがいる。ブーバルスはカモシカ型で見るからに体格が良く、人を乗せて飛べるのは理解できた。しかしルフスケルウスは、実はゲリンゼルと近いほど騎獣の中では体格が小さめだ。しかし、ルフスケルウスは飛べて、カペルのゲリンゼルは飛べない。
そしてカプレオルスのルルもまた飛べなかった。
「ヴェ……」
「アロンソのところのハリーやウスターシュのヒナもお仕事したい病になってたから、いつかゲリンゼルも言い出すと思っていたけれど」
「ヴェェ」
「まあ、体力を付けておくのはいいことだから、やろうか。ルルも誘ってみよう」
「では、セレーネさんに連絡を入れておきますね」
「頼む。ルフィナにも声を掛けておいて。あの二人、仲が良いからね」
セレーネもルフィナも、ステファノと同じ授業を受けている。アロンソとウスターシュもだ。
魔獣魔物生態研究科という授業で学んでおり、クラスメイトの多くが希少獣と一緒だった。
ステファノが授業を受けている間、希少獣たちは暇なので遊んでいる。これまでは教室の後ろでひっそりと遊んでいた。
それが変わったのはフェレスという猫型希少獣が来てからだ。
本当なら騎獣は専用の獣舎に預けられる。けれど騎獣にもいろいろあって、中型までなら校舎内を連れ歩いていい。フェレスは騎獣の中では小型だから、主のシウといつも一緒だった。
ゲリンゼルよりは大きく、最初に出会った時は背に乗せてもらった。身近に騎獣がいなかったこともあり、皆が興味津々だった。
フェレスは、ステファノたちが言うには「天真爛漫」というらしい。おとなしいゲリンゼルからすると驚くほど元気いっぱいだ。彼が教えてくれた遊びはどれも楽しかった。
穴掘りも木登りも、虫を捕まえるのや綺麗な石を見付けるのも全てが新鮮だった。
そして、仕事だ。
お仕事という言葉の響きに皆が憧れた。
鼠型希少獣のタマラだけは分かってない気もするが、ともかくフェレスはあっという間に皆の人気者になった。
ステファノがゲリンゼルと一緒に運動場を走り始めると、お友達の皆も益々やる気になった。特にルルは荷物を載せて運びたいからと、専用の鞍をおねだりして一緒に走っている。ゲリンゼルほど体力のある種族ではないため途中退場するけれど、訓練はとても楽しそうだった。
「ルルは元気ねぇ」
「わたしたち、見てるだけで疲れるわ」
セレーネとルフィナがルルを応援し、ついでにゲリンゼルにも声を掛けてくれる。ゲリンゼルはお返事はできなかったけれど、嬉しくて足を速めた。
「もうちょっとゆっくり走って。僕が疲れる」
「ヴェ~」
「そうそう、ゆっくり。僕も乗り慣れてないから体に堪えるんだよ」
そう言えば最初の訓練の後、ステファノの歩き方が変だった。メルクリオが笑いを堪えていたのを思い出す。そして、こういう時こそ自分に乗ってもらえばいいのだと思って背中を勧めたのだが――。
「廊下でまた『希少獣に運んでもらうなんてみっともない』なんて注意されたくないからね」
「ヴェェェ」
しょんぼりしてしまった。
ステファノは上級生に注意されたのだ。乗るよう勧めたゲリンゼルはいたたまれなかった。実はステファノは乗らなかった。押し問答していて、うっかり蹌踉めいたステファノが上手い具合にゲリンゼルの背に乗ったから、これ幸いと歩き出したところを見付かっただけ。
ステファノは悪くないのに叱られてしまった。
ゲリンゼルは後悔した。学校内で乗せてはダメだというのを改めて心に刻み込んだ。
でもいざという時のために訓練は必要。だから頑張っている。
朝と夕方、ステファノやメルクリオを交代で乗せて運び、ゲリンゼルは徐々に体力を付けた。人を乗せて運ぶコツも覚えてきた。
とはいえ、一朝一夕にできるものではない。
フェレスも言った。
「にゃにゃにゃ、にゃ」
「ヴェェェ!?」
なんと、フェレスは何度もシウを落としたらしい。湖の上だったので怪我はしなかったけれど、水に濡れて大変だったそうだ。話を聞いた皆は震え上がった。
「きーきー?」
「くぇくぇ」
「きっ」
「きゅー!」
皆、お風呂がちょっと苦手なのだ。ゲリンゼルもお風呂は好きじゃない。なのに、全身が浸かるぐらい水に入るなんて!
タマラは水と聞いただけで恐くなって、フェレスの毛の中に入ってしまった。
「ヴェェ、ヴェェェェ?」
「にゃにゃ。にゃにゃにゃにゃ!」
最初はいっぱい失敗したけど、シウがパッとしてシャッとするからなんとかなったらしい。パッとか、シャッとかよく分からなかったけれど、シウがすごいっていうのはゲリンゼルにも分かった。
そう言えばシウは怒らない。いつもニコニコに近い、ほわーっとした顔をしている。
ステファノもゲリンゼルに怒ることはないけれど、上級生と挨拶した後に舌打ちしたり宿題をやっていて「あー、くそっ、分からん!」と怒ったりする。他の皆も同じ。けれど、シウはいつでも普通だった。
「ヴェェ」
「にゃん!」
ゲリンゼルが「シウってすごいんだね」と言えば「シウだもん」と返ってくる。
主を褒められて嬉しくない希少獣はいない。フェレスももちろんそうで、おひげがピクピクしていた。
「ヴェェェ」
――落とさないコツはあるの?
ゲリンゼルが聞いてみると、フェレスは少し首を傾げた。耳がピクリと動いて尻尾がゆらゆら。ゲリンゼルがジッと待っていると、やがて鳴いた。
「にゃー」
ないー、と緩い答え。ゲリンゼルだけでなく、ルルもガックリしている。騎獣のフェレスにコツなんてないと言われたら自分たちはどうしようもない。
「ヴェェェ」
地道に頑張るしかない。できればステファノが学校を卒業するまでには、彼を乗せて王都の外壁まで走れるほどになりたかった。
その理由は、ステファノたちが時々話してる「サタフェスの悲劇」にある。大昔、王都が大勢の魔獣に襲われて消えたのだそう。
聞いた時は魔獣を倒したいという気持ちでいっぱいになったけれど、それ以上にステファノを助けなきゃと考えた。
助けるにはどうしたらいいんだろう。たくさん考えて辿り着いたのが「乗せて逃げる」だった。
「ヴェェェ」
「にゃっ。にゃにゃにゃ!」
決意を語ると、フェレスが興奮したように同調した。
シウがよく「逃げ足を鍛えよう」と話すかららしい。敵わない相手に立ち向かうより、大事な主を守って逃げる方がいいのだそうだ。
ゲリンゼルは嬉しくなった。
これからも朝と夕の訓練を欠かさない。そして、ステファノを必ず助ける。それが目標だ。
鼻息荒く、ふんふん語っていると、フェレスの毛の中からタマラが出てきた。
「きっ、ききっ」
「ヴェェェ?」
フェレスの毛の中におやつを隠したのはいいけれど、寝てしまって場所が分からなくなったらしい。
「に……」
フェレスがなんともいえない顔になった。尻尾も垂れ下がり、情けない声で鳴く。
それが面白かったらしい。ヒナとハリーが笑った。釣られてルルも。
ゲリンゼルは笑えなかった。
というのも、ゲリンゼルもフェレスと同じでモフモフの毛がある。
実はタマラと出会った頃、毛の中に潜り込まれたことがあった。その時に、同じような目に遭ったかもしれないと気付いたのだ。
「あれ、ゲリンゼル、なんだか変な匂いがするけど」
どこかで転がって遊んだのかと疑われ、ステファノにガシガシと存分に洗われた。
もしかして、あの時のアレはタマラだったのではないだろうか。
目の前ではフェレスが子猫みたいに「にぃ」と、しょぼくれた鳴き声で項垂れている。ゲリンゼルはフェレスと一緒になって尻尾がしょんぼりしたのだった。
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