277 事後の説明と回廊の先




 シウはヴィンセントたちと昼ご飯を共に摂りながら、シーカー魔法学院の文化祭で起こった事件について軽く説明してもらった。

 私設騎士に抜剣を命じた青年は、やはりクストディア家の息の掛かった、かなり遠い親戚だということが分かった。理由のない殺人の命令は許せるものではなく、特に「聖獣の王」を巻き込もうとした罪は大きく、一生幽閉されることが決まった。

 本来ならば死罪が申し渡される可能性もあったところ、止めたのはヴィンセントだった。押して引くのも大事なのだそうだ。もし断罪していれば、もっと大きな悪感情、恨みを抱かれてしまうからだ。

 ヴィンセントは「死罪となればシウも心を痛めよう」と、取り成したらしい。

 よって、関係者は今後シウに手を出すことは許されない。次があれば一族郎党に累が及ぶからだ。こうしたところは貴族らしい考え方らしい。

 私設騎士は騎士位を剥奪され、数年間の重労働が課せられた。しかし、それで済んだ。彼は命令される立場だったことで罰が減ぜられた。ただし騎士というのは自らの意思で考え、時に主を諭すべき立場の者のことだ。その為、騎士位は永久剥奪となった。

 彼等の親族ら関係者はシウに仕返しをすることはないだろう。しかし、クストディア家は煮え湯を飲まされたことにかわりなく恨みは残っているようだ。

 だから、さっきも嫌味紛いのことを口にした。

 ヴィンセントの前で、しかもヴィンセントに引っ掛けて言ったものだから不敬となって捕まってしまったが。

「クストディア家には気を付けるのだぞ」

「はい」

 でも、どちらかと言えばシウはニーバリ家の方が気がかりだ。

 恨まれる要素はないのに目を付けられている。

 これ以上ヴィンセントを悩ませたくないので言わないが、そろそろ貴族との不要な関係は断ち切りたいものだ。


 昼食の後に移動となった。

 ようやく聖獣専用の獣舎へ行けるのだ。シウはついつい笑顔になっていた。

 ヴィンセントも気付いたらしく片方の眉を上げている。

「それほど好きか。そう言えば最初、シュヴィークザームにも会いたがっていたのだな」

 あれは『時戻し』という薬を作りたかったからだ。もちろん、聖獣という存在も気になっていた。でも、

「全般的にですね、聖獣に限らず希少獣は好きです」

 希少獣だけでなく獣も好きだ。ブラード家にいる角牛も時間があればお世話をしている。シウのことにも慣れて、丁寧にお世話するからか懐いていた。シウが行くと、もぉぅと鳴いて擦り寄ってくるほどだ。

「角牛も可愛いんですよ。馬もいるんですけど甘えて髪の毛を食んできたりします。あ、もちろん本当に食べたりはしませんが」

 にこにこ笑って返すと、ヴィンセントは一瞬口ごもり、それから息を吐きがながら喋った。

「つまり、節操がないということか」

「え」

「わたしも可愛がっていた馬がいる。幼い頃はよくじゃれ合ったものだ」

 ヴィンセントが!? と思わず驚いて横を見上げたら、彼は半眼になってシウを見た。

「わたしとて、幼い頃はあったのだ」

「可愛くない子であったな」

「シュヴィ?」

「本当のことだ。まったくもって、可愛くなかった。我の尾羽根にも全く興味を示さないなど、子供の風上にも置けない」

 ツンと顎を上げて、シュヴィークザームはそのまま先へ進んでしまった。

「……なんだあれは」

「拗ねてるんじゃないですか? 馬の方が可愛いみたいな言い方をされて」

「いや、それは」

「シュヴィはあれで、ヴィンセント殿下のことを好きですからね」

「そう、なのか?」

「好きでなければワガママなんて言わないんじゃないでしょうか?」

 ヴィンセントは驚いた顔で――本当に目を丸くして――シウを見下ろしていた。それぐらい彼の中では衝撃だったのだ。

「名前も覚えていないような殿下のごきょうだいよりも、ずっとお好きだと思いますよ。あだ名をつけるぐらいだし」

「……ヴィン二世か」

「はい。彼なりに契約した相手を大事に思ってるんですよ」

 生来の引きこもりなので、心の中も伝えはしないだろうが。

「そう、なのか」

「僕もたぶん好かれてる方だと思いますが、殿下には敵いません」

 契約相手が一番なのだ。

 なんだかんだ言いつつ、仕事をしているシュヴィークザームだ。それもこれも契約相手のことを考えているからだろう。本当にワガママなら仕事もせずにシウを呼び出して遊んでいるはずだから。

 ヴィンセントは嬉しかったのか、あるいは照れているのかもしれないが、片手で顔を隠してしまった。隙間から見えたのはいつものような無表情だったが。



 王城を出て奥宮と呼ばれる場所を左手に見ながら、回廊を進むと獣舎とは思えない立派な建物が見えてきた。

 城とは違って上に高く造られておらず、横に長く連なっている。高さは城の二階から三階分ぐらい。しかし、回廊を過ぎて建物内に入ると天井を高くとった建物だと知れた。内部は一階分しかないのだ。

 シウが見上げていると、シュヴィークザームが隣で「むふ」と鼻息を漏らした。

「すごいであろう? ここは聖獣と騎獣のための建物だからな。美しく、広く整えてあるのだ」

「うん、すごいね」

 天窓は色ガラスが嵌め込まれ、窓枠ごと開け閉めもできるようだ。部屋の内側は白を基調にして細工彫りが施されている。床面は滑らないようハントハーベン石が敷き詰められていた。

「ここは本棟だ。大勢で集まる時に使うから、普段はこのように静かだ」

 教えてくれたのはヴィンセントだ。本棟の中を見せてくれたあとは、この建物に沿うよう作られた回廊を進んでいく。やがて、端に来て回り込むと美しい景色が見えた。

「各建物を回廊で繋いでいるが、中庭や回廊沿いに木々を配置している。希少獣は自然が好きだからな」

ヴィンセントの言葉に、シュヴィークザームが頷いている。

「我も、ここへ来るのは好きだぞ」

 その割には自室か温室にばかり引きこもっているようだが。シウはチラとそう思ったものの口にはしなかった。

 聖獣たちの気配を感じたからだ。


 回廊から見渡させる中庭には、気持ちよさげに寝転んでいる聖獣が見えた。ここには聖獣しかいないようだ。騎獣は少し離れた建物内にいるらしい。《感覚転移》で見てみると、建物内部の床は柔らかい板張りになっており、藁が敷かれている。騎獣は人型は取れないため常に獣姿だ。そうした配慮が彼等の住処を分けている理由らしい。

「レーヴェが多いですね」

「そうだな。スレイプニルとグリュプスが次いで多い。それから――」

 中庭の、ちょうどシウたちがいる回廊の反対側を指差した。

「モノケロースが今は二頭いる。うち一頭は我が国のものではないが」

 相手も気付いた。彼は同胞に挨拶してから立ち上がり、こちらを向いた。小さく会釈して後ろを振り返っている。

 そこに回廊越しから覗いている青年が立っていた。

「スヴェルダ王子だ。覚えているか?」

「はい。モノケロースはプリュムですね」

 シウがヴィンセントに答えると、彼は喉の奥で笑った。

「オリヴェルの言った通りだな。さて、どうやら、こちらへ来てくれるようだ。待っていよう」

 その言葉通り、スヴェルダとプリュムはそれぞれの歩みでやって来た。


 回廊にはところどころで階段が付けられている。中庭に下りる聖獣のためのものらしい。プリュムも人型に転変してから、上がってきた。

「シウ、シウだよね?」

 立派な青年姿のプリュムは、シウと目が合うなり人懐っこく駆け寄った。彼の後ろにはすっかり青年らしい姿になったスヴェルダが立っている。

「うん、シウだけど……。プリュム、すっごく大きく育ったね」

 少しだけ唖然としてしまったシウだ。なにしろ、首が痛くなるほど背が高いのだ。しかも、シュヴィークザームやロトスのような細身の、いわゆるひょろりとした体型ではない。服で隠れてはいても、がっちりしているのが分かった。

「ええと、え? 本当にプリュム?」

 プリュムなのは分かっているのだが、人型姿があまりにも変わっていたので、シウにしては珍しく狼狽えてしまった。

 するとスヴェルダがプリュムの横に立って笑いだした。

「そうだろう? あの可愛かったプリュムがこんな風に育つとは誰も想像しないよな」

「あ、うん。でもスヴェルダ王子も変わりましたね」

「そうかな?」

「はい。プリュムもすっかり背が高くなったけど、スヴェルダ王子も同じぐらい伸びてて……。羨ましい……」

 最後は小さな声になったシウにスヴェルダは目を丸くし、それから笑った。

 笑いながらシウの肩を叩く。

「シウもすごく大きくなったと思うけど。ずっと小さいイメージのままだったから、驚いたよ」

「……そう、ですか?」

「何故そんなに疑わしそうなのか分からないけど」

 スヴェルダの言葉に、少し離れて見ていたヴィンセントがまた喉の奥だけで笑っていた。


 ヴィンセントが近くの部屋へ案内してくれたので皆で移動した。その間、プリュムはとにかく嬉しそうだった。スヴェルダとも腕をくっつけているが、シウにも腕や肘をくっつけてくる。

 そしてソファへ座るとシウの隣へと座った。シウを間に挟むように反対側ヘスヴェルダが座る。どういうことかと思ったら、

「でもやっぱり俺より小さいのが、なんだかいいな」

「うん! 小さいの可愛いね! シウ、好きだぁ」

「あ、そうなんだ……」

 いつもシュヴィークザームやロトスたち聖獣が希少獣全般に好かれているのを見ていいなあと思っていたが、こういう好きは求めていなかった。シウはひっそりと思った。


 向かいのソファでは、やっぱりヴィンセントが喉で笑っている。シュヴィークザームはよく分からないらしく首を傾げていた。

 獣に愛され慣れしているシュヴィークザームには、この気持ちは分からないだろう。

 シウは「小さくて好かれる」という微妙な思いにしょんぼりしたのだった。






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拙作「魔法使いで引きこもり?」二巻の重版が決まりました。

これも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。


また、いつもポチっとな!してくれてありがとうです。ぽちぽち。数字を見るのは下がった時に哀しいだろうと思って見ないようにしてますから具体的には分かんないんですが、気付いたら「あれ?」って思うことがあるので。(ゝ_ξ) ゴシゴシ


さて、宣伝用としてツイッターに小話を載せていたんですが、こちらにも公開するよう某謎の組織からゴーサインが出ました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883212446/episodes/1177354054886354734

番外編コーナーにありますので、よろしければどうぞです。


ツイッターではふざけすぎる傾向なので、宣伝期間はつらかったです。

そろそろ本領を発揮しても!と思ったところで恒例の忙しい時期がやってまいりました。なろう時代からご存知の方は「夏のアレね」と覚えてくださってるかもしれませんが、夏はプライベートで忙しいのです。

読み直し修正も追いつかない状況で、更新がまた途絶えがちになるかと思います。どもどもです。

皆様も夏の暑さに負けないよう、頑張ってください。……無理はしないでね!!休憩大事!!水分と適度な塩!!

自分も全身アセモと戦いながら真夏の外の作業を頑張りまっす!




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