278 懐かしい顔ぶれに茶番と様式美




 ヴィンセントは引き合わせただけ、という立場に徹するようだ。軽い挨拶をスヴェルダとした後、ジュストたちが持参した書類を片手に仕事を始めてしまった。

 気にするなと手を振るので、シウも素直に承諾する。

 スヴェルダが少し驚いていたものの、聖獣の王でもあるシュヴィークザームが、

「構わぬ。同席していたという体があれば良いのだ」

 と安心させるように言ったため納得していた。

 それよりも、だ。

「でも本当に大きくなったねえ。プリュム、人型でも鍛えているの?」

「うん。ルダと一緒に剣技も習ってるんだよ。ね、ルダ」

 そう言うと、頭を横に向けて「ねー」といった感じでスヴェルダに笑いかける。こうした仕草は子供のままだ。可愛らしいが、シウを挟んで大男となったプリュムがやるので、ちょっと面白い。

 シウは笑いながら、左右どちらにも満遍なく視線を向ける。

「スヴェルダ王子もすっかり青年姿ですね」

「そうかな? あれから鍛えたので、そう言ってもらえると嬉しいけど。ところで、シウ」

「はい?」

「俺たち、友達だろう? 普通に話してくれ。王子、というのもいらん」

「……ええと、じゃあ、そういうことで」

 シウが曖昧に笑って頷くと、スヴェルダも鷹揚に頷いた。こうした仕草はそれでも「王子」然としている。シュタイバーン国のジークヴァルドもそうだが、一般市民風の喋り方をしてサバサバしていても、やはり根底には王族としての品が残っているようだ。

「ルダって呼んだらいいよ。ね、ルダ」

「そうだな」

 プリュムは大きくなったが、心はまだ純粋な子供のままのようだ。もちろん精神的には大人になっているのだろうが、可愛さがある。

 彼には幼い頃の名残もあって、おかっぱ頭のような髪型はそのままに、伸ばしているようだ。前髪が綺麗に切り揃えられて肩のところでも揃っている。横の髪というのだろうか。

 後ろは長く伸ばしており腰まである。裾は綺麗に横一列に並んでいた。

 プリュムもまた聖獣ということからか、かなりの美形だ。黙っていれば儚い美青年にも見える。しかしエルフなどと違って体の肉厚があるせいか儚さがどこか吹き飛びそうだ。顔だけは、どこまでも儚い雰囲気だが。

 スヴェルダは反対に、やんちゃな雰囲気がある。金交じりの茶髪がくるくるとカールしており、成人を過ぎて数年ほどだろうに体が出来上がっている。いかにも元気のいい青年といった様子だった。

 人質のような立場で来た割には憂えるところなどなさそうに見えた。

 シウは内心、彼等が落ち込んでいたらと思って心配していたが、良くしてもらっているようだと分かって安心した。

 事実、シュヴィークザームが気遣っていたようだ。

「なんぞ、不都合はなかったか? ここでは害をなす者などおらぬと思うが、万が一ということもある」

「とんでもないことです、聖獣王よ。あなた様のお声掛かりで、とても過ごしやすく暮らしております」

「うむ。……ところで我にも、もう少し砕けて話しても良いのだぞ?」

「え、いえ、しかし」

 さすがのスヴェルダも、戸惑うようだ。プリュムもシュヴィークザーム相手には甘えた様子は見せない。少し緊張しているのか、手を太腿の上に置いて「正しい座り方」をしている。

「構わぬ。我が許す」

「は。ありがとうございます」

 頭を下げて返事をしたものの、言葉遣いはあまり変わっていない。シュヴィークザームはそれ以上言うのを諦めたようだ。

「ところで、シュヴィが口を利いて過ごしやすくしてあげたの?」

「うむ。ほれ、おぬし、カリンを覚えているだろう。あやつが出戻ってきて、今はチビどもの教育係をしているのだ。新たに契約を結びたい相手も見付からないようなのでな。ここの聖獣たちの監督係をやっている」

「へえ。あのカリンが」

「カリンはしっかりしているので、あれに頼めばなんとかなるのだ」

 と自慢げに言うが、ようするにカリンヘ丸投げしているということだろう。

 相変わらずシュヴィークザームらしいと、シウは笑った。

 だからか、プリュムもにこにこと話題に入ってきた。

「カリンは優しいよ。遊び方を教えてくれるし。それに、デルフとは違う希少獣のルールもあるけど、ゆっくり教えてくれるんだ。ルダにも乗り方を教えてくれたんだよね?」

「ああ。聖獣の方から乗り方を教えてくれるというのはなかったから新鮮だった。プリュムとの訓練の幅も広がったしな」

「へえ。あのカリンが。すごいなあ」

 彼もいろいろあったが成長しているらしい。

「そうであろう、そうであろう」

 何故かまたシュヴィークザームが自慢げに胸を張った。

 面白いので黙ったままスルーしたシウである。


 ここでの暮らしぶりを聞いていると、意外と慣れ親しんでいることが分かる。

 でも、最初は大変だったようだ。

「王城の客間へ通されてプリュムとは離されたんだ。あれには参った」

「でも僕がカリンにお願いしたら、すぐシュヴィークザーム様を呼んでくれたんだよ」

「そう。それで聖獣王から貴族院に話がいったらしくてね。住まう場所が二転三転したけれど、結局ここでいいと頼み込んだんだ。なにしろ、この国では国が所有する聖獣はここで暮らすと決まっているようだから」

 人間がそれに合わせたということだろう。

「でも、本当は留学のためという名目で来てるんだよね?」

「そうだ。あ、試験もちゃんと受けて通ったんだぞ」

「うん」

 シウが頷くとスヴェルダは目を輝かせた。

「一緒に学べると思っていたんだ。シウは俺の先輩だな」

「そうだね」

「……だから早く通いたいのだが」

 そこまで言うと、ヴィンセントが向かいのソファから声を掛けてきた。書類はバサッとジュストにまとめて渡している。

「そこで、だ」

「あ、はい」

 ヴィンセントは彼らしい冷たい視線で言い放った。

「試験に受かったのだから通うべきだと、シウが勧める」

「シウが、ですか?」

「シュヴィもその通りだと後押しをする」

「分かっておる」

「こちらとしても、表向き留学してきたデルフの王族をこれ以上押しとどめておく理由もない」

「ええと?」

 スヴェルダは流れを知らなかったのか、困惑した様子でヴィンセントの冷たい棒読み台詞におろおろしていた。

「しかし、本来は人質同士の交換だ。見張り役として王族から一人、そうだな、ちょうど良いことにオリヴェルがシーカーの生徒だ。あれを付けよう」

「……は、い?」

「モノケロースの方は、昼間はここで過ごすと良い。シュヴィも見回りに来るが、近頃はカリンがしっかりとまとめ上げている。あれが望まないのであれば下賜はせず、ここで長となってもらうつもりだ。シュヴィ、それでいいな?」

「むろん。カリンも、そう望んでおる」

「では決まったな」

 そう言って立ち上がる。まだ困惑したままのスヴェルダを置いて。

 シウが苦笑して見上げると、ヴィンセントはジュストから書類を一つ受け取った。

「今後は、この建物の並びにある小離宮を貸すこととする。そこで暮らすが良い。メイドなどの人選はジュストに任せてある。警護も問題はない」

 その書類だと言って、スヴェルダに見せた。

「……陛下の、許可証、ですか」

「王族としての品位を保つため、という理由で国王陛下の自由裁量権を行使した」

「ヴィンセント殿下――」

「スヴェルダ王子、貴族院の全てがあなたを貶めようとしているわけではない。しかし、人質交換で来られた、ということもどうかご理解いただきたい。わたしは、あなたの品位を貶めるようなことはしないと約束しよう。だから、あなたも立場というものを考えて行動してほしい。よろしいか?」

「はい。……お骨折りに感謝します」

 深く頭を下げないのは、スヴェルダもまた王族だからだ。

 ヴィンセントも軽い調子で手を振って、ジュストと共に部屋を出ていった。

 残ったのはアルフレッドやシュヴィークザーム付きの近衛騎士たちだけだ。


 さて、怖い人がいなくなればシュヴィークザームは途端にだらけてしまう。

 ソファに、じゃっかん気を抜いた感じで座り込んだ。

「これで茶番は終わりだな? ああ、面倒だ。誰も聞いておらぬというのに」

「まあまあ。様式美っていうやつだよ」

 シウが答えると、意味が分からないといった顔で天井に目を向ける。

「……つまり、俺のために皆が立ち回ってくれたというわけか。有り難いことだが、良かったのだろうか」

「良かったんだよ。オリヴェルも心配してたし、同じ王族として身につまされることもあるんじゃないかなあ」

 ヴィンセントの場合は政治的な判断が入っているだろうが、オリヴェルは純粋にスヴェルダのことを心配していた。

 そのオリヴェルのことをアルフレッドが話題にする。

「ご歓談中に申し訳ありません。午後にオリヴェル様が小離宮へご案内する予定です。ご用意ができ次第迎えがございますので、どうかそのお心づもりでお願いいたします」

「そうですか。分かりました」

「スヴェルダ王子殿下、わたくしはヴィンセント殿下の筆頭秘書官であるジュスト様の従僕です。今後はご連絡係としてお顔を合わせる機会も多くなるかと存じます。お供の方々とも後ほどご挨拶をさせてください」

「……ああ、分かった」

 従僕であるアルフレッドに敬語は不要だと気付いたのだろう。アルフレッドもそのつもりで自分の立場を明らかにしたのだ。

 アルフレッドはシウ係以外にも、スヴェルダ係をやるらしい。

 オリヴェルと仲の良いシウが間に入ってるので、ちょうど良いと当てられたのかもしれない。

 スヴェルダはひとつ頷き、口を開いた。

「ならば、ここにも呼んでおこう。誰か――」

「僕が行ってくる!」

 プリュムが元気よく立ち上がると、返事を待たずに出ていってしまった。

 幼かった頃のことを知っているシウからすれば、あのプリュムが? と思うほど、元気だ。

 誘拐されそうになり「命を守るためにプリュムだけ逃げろ」と命じられ、必死に逃げ惑った。人型へ転変してしまって元に戻れず、茂みの中で隠れて泣いていた。

 それを助けたのがシウだった。あの時の弱々しい姿は、今はどこにもない。

 彼もまた立派に大人になったのだ。シウやフェレスが大人になったように。

 閉ざされた扉を見ていたのは、シウだけではなかった。

 スヴェルダもまた、シウと再会して思い出したのだろう。感慨深い様子でプリュムの出ていった扉を見ていた。

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