276 中華風お菓子と苦労性の王子




 シュヴィークザームに提出した新しいお菓子は、中華風のものを中心にした。

 ロトスがアドバイザーだ。彼は若くして転生してきたが、短い人生ながら多くのものを食べてきた。本人は「現代っ子だもん」と言っていた。確かに、シウの前世での晩年は、食文化が花開いていたように思う。誰も彼もが食べたいものに手を伸ばせる時代だった。

 おかげで、シウの記憶にある作り方や形と、それらは知らないまでも味は覚えているロトスの記憶が融合した。

 今まで分からなかったものも作れるようになったのだ。

 今回はその中でも、月餅やごま団子など、中華を食べに行って出て来るもので揃えた。

「こっちは、黒ゴマプリンだよ。健康にも良いからね」

「これは?」

「揚げ餅団子だね。こっちは点心のお菓子。あ、点心にはオカズ系もあるんだ。メモして入れておくよ」

「うむ」

 月餅を片手に、シュヴィークザームはシウの手元をガン見している。

 シウの魔法袋から彼の魔法袋に、お菓子を移動させているのだ。

 アルフレッドは苦笑でそれを見ていた。一応、テーブルの上には彼の分も用意しているが、シウが共に座るまではと遠慮しているのである。

「杏仁豆腐はさっぱり食べられるから」

「白いのう。ぷるぷるしているが、プリンのようなものか?」

「そうそう」

 ロトスアドバイザーの言う通り、月餅も各種作ってみた。くるみは有名らしいが、ナッツ類に限らず、干し果実などをを混ぜてみたのだ。

 何故か、干し柿のペーストを入れろと強く勧められた。ロトスの「イチオシ」らしい。

 ひとつずつ真空パックにして完全密封しているため、外側に何が入っているのかを表示している。メモするのも面倒なため、最近は製造シールを貼っていた。すべて、魔法による一括作業だ。

 ロトスが悪乗りしたため、シールは前世で見た製造表と同じものだ。これこれこうしろと言われ、シウが作ったものだった。

「あ、お菓子以外にも新しく作ったものがあるから、入れておくよ」

「菓子以外とな」

 というので、作りたての湯気が立っているものを少しだけ見せてみた。しかし麺がのびるので一瞬である。

「なんだ、それは」

「ラーメンだよ。パスタの、親戚?」

 シウは自分でも、その説明はないなと思った。が、シュヴィークザームには通じたようだ。なるほど、と頷いている。

「前に焼きそばを作ったことあるでしょ? あの麺も新しくなったからね」

 焼きそばもお好み焼きも、ここで鉄板を出して作ったことがある。気に入ったらしいので、お菓子納入の時に一緒に入れていたが、それを回収した。

「やっぱり、焼きそばは焼きそば用の作り方じゃないとダメだね~」

「そうなのか? 我にはよく分からぬが」

「もっと美味しいのを作ったってことだよ。作り方も一緒に貼って入れてるから」

「うむ。今度、ヴィン二世と作ってみよう」

 え、と一瞬手の止まったシウだが、聞かなかったことにしてスルーした。

「しかし、麺というのはいろいろあるのだな」

「そうだよね。フェデラル国だとパスタの種類が多いし」

「ふむふむ」

「全体的にもちもちしているよね。シャイターンのものは細くて、プチプチ切れやすいものが多いかな」

 ラーメン用の麺の作り方は試行錯誤したものの、ロトスが「『かんすい』ってやつが必要なはず」と教えてくれたため出来上がった。

 本当に偶然なのだが、塩湖の話をしていて、それだ! と気付いたわけである。

 アルカリ塩水は、以前、石鹸を作ろうとしたことがあったので考えにはあった。

 炭酸水も持っているし、混ぜたり抽出したりを経て、安定したものができた。

 秋頃に作れたものの、これを麺にして、ラーメンというひとつの料理に持っていくまでには時間がかかった。忙しかったのもあるし、これが正しいのかどうか二人とも分からなかったからだ。

 途中、塩湖を探しに行った方が早くないか、という話にもなった。

 でも「ラーメンのためだけに?」という結論に至り、暇な時間を見付けては二人でああだこうだと作ったのだった。

「やっぱりね、ラーメンは、縮れてないとダメなんだって。あと、弾力ね。ロトスは僕以上にこだわりが強くて、オッケーもらえるまでに何回も作り直したよ」

「そ、そうなのか……」

 シウが苦労話をしていると、シュヴィークザームが少し引いていた。

 アルフレッドはもっとドン引きしていたようだった。

 食にかける情熱に、驚いているらしかった。


 お菓子の味見を済ませると、アルフレッドから指示が出た。

「次はヴィンセント殿下のお部屋で昼食です」

「うむ」

「その後、視察として聖獣の宿舎へ参ります」

「うむ」

「そこで、偶然、デルフ国の聖獣と出会います」

「うむ」

 二人の会話にもなってない会話に、シウは笑った。

 今日一日の流れを何度も説明しているらしく、シュヴィークザームは右から左で聞き逃しているようだ。だからこそ、アルフレッドもしつこく話しているのだろうに。

 今日はシウは一人でやって来た。

 一日拘束されるので、フェレスたちには、つまらないだろうと思ってだ。彼等はシウ抜きで、仕事に行った。

 ククールスが戻ってきているので、アントレーネとロトスを含めたパーティーで頑張ってもらう。

「では、参りましょうか」

 長い説明が終わって、シュヴィークザームはホッとしたようだった。シウも、皆を連れてこなくて良かったと思ったものである。



 ヴィンセントは相変わらず忙しそうだ。

 シウたちの姿を目に留めたものの、気にせず仕事を続けている。ジュストやウゴリーノに指示を出しては、書類を片付けていた。

 途中、彼等の従僕や、ヴィンセント自身の従者も報告にやって来る。

 訪ねてくる者の中には大臣補佐官などもいて、大変そうだ。

 そんな中、隣室の応接間にシュヴィークザームはふんぞり返って座っていた。

 アルフレッドは仕事場に戻ってきたからだろう、シュヴィークザームの傍を離れてジュストへ報告に行ってしまった。

「気忙しいところよの」

「まあ、司令室だもんね」

「我はこういうのは好かぬ」

「僕も苦手だなあ」

 のんびりした会話を聞いていたらしい従者が、ほんの少し睨んできた。でもすぐさま表情を隠すあたり、ヴィンセント付きだけある。

 シウたちが待っている間に、ヴィンセントは幾つもの仕事を終えていた。

 途中で、やって来た役人らしき男に、書類を突き返したりもあった。

 戸惑う彼は、もごもごしながらも「何故」と返している。視線で人が殺せるような冷たいヴィンセントにやり返すとは、すごい。

「何故? それが分からないから、書類を返されるのだ。この件は終わった。今更、蒸し返すな。それだけだ、去れ」

 聞かれても良いと思っているのだろうが、さすがに叱責声を耳にすると、そちらを向いてしまう。

 すると、男と目があった。途端に睨まれてしまう。

「……悪魔め」

「何をしている? さっさと去れ」

「で、殿下! この悪魔が来て以来、殿下は変わられました!」

 ヴィンセントの眉がぐにゃりと寄った。眉間に皺が入り、不機嫌だということをあからさまにアピールしている。にも拘らず、男は気にならないのか、不敬とも思える態度で続けた。

「そもそも、この悪魔がきっかけではありませんか! シーカーでの問題を起こしたのも、この悪魔。それなのに、何故、彼等だけが罰せられるのですかっ」

「……直談判をしたかったのならば、もっと早く言うべきであったな? 貴族院でも決着はついたはずだが。それを覆そうと、不要な書類を作って、わざわざここへ来たのか?」

 そう言うと、視線で合図した。するとヴィンセントの従者ガリオがすぐさま、廊下で待機していた近衛騎士を呼び入れた。

 部屋の中の騎士らはヴィンセントを守るためなので、呼び入れたのは捕縛するからだ。

 男も悟ったのか、ハッとした顔になってから、走り始めた。

 隣室にいたシウたちへ向かって。

 だが、それを許す近衛騎士ではない。すぐさま男を捕らえた。

「残党かもしれん。取り調べろ。それと、この書類にサインをしたセルディ=フェルマー伯爵を呼べ」

「はっ」

 命じられたガリオが部屋を出ていった。

 男は、やって来た別の兵士に引き渡される。素早い連携だなあと感心していたら、ヴィンセントが立ち上がって応接室へやって来た。

「お前がいると、膿が出やすい」

「はあ。……ええと、すみません?」

「いや、ちょうど良かった。例の件、文化祭で起こった事件だが」

 ああと、シウは頷いた。先ほどの男は、シウたちに抜剣して襲ってきた男の、関係者だったのだ。シーカー魔法学院の文化祭で起こった、事件だった。

 後処理は任せておけと言われてそのまま気にもしていなかったが、どうやらその話らしい。

「強固な証拠は掴めなかったが、クストディア侯の息の掛かった者だということまでは引き出せた。『遠い親戚』が起こしたということで、クストディア家のミスは貴族院にも認められた。厳重な注意が入って、クストディア家は現在、表立って動けん。その代わりに、さっきの男――」

 ヴィンセントは視線を廊下にやってから、シウにまた戻した。

「あれはクストディア派でも強硬派と言われるフェルマー伯爵の子飼いだろう。切って捨てられると分かっていながら、何故あれらの下につくのか」

 それは同じ穴のムジナか、あるいは脅されているからでは? そう思ったが、シウは黙っていた。ヴィンセントはただ、シウに愚痴りたいだけなのだ。

 その証拠にシウの返事を待たずに、ソファへどっかりと座り、独り言のように続ける。

「何故、足の引っ張り合い、権力の奪い合いだけに一生懸命となるのか。国の在り様を考えられる者はいないのか。嘆かわしい」

 この人は見た目で損をしているが、実はとても「良い人」なのではと、シウは思った。

 国のことを憂えているからこそ、身を粉にして働いているのだ。

 それなのに、助けとなるべき人たちが、足の引っ張り合いをしていればうんざりするだろう。

「権力も大事だ。なければ、もしもの時に命じることもできぬ。国のために、死ねと命じるわたしだ。あれらと、やっていることは変わらぬかもしれぬがな」

 それは違う。違うと思ったが、シウはやはり黙っていた。

「それでも、無用の揉め事を増やすほど、くだらぬことはない。時間の無駄だ」

 シウは頷いた。時間の無駄は、シウも嫌うことだ。ようするにヴィンセントは、時間を取られたのが腹立たしいのだった。仕事仕事で忙しいのに、「くだらない争いごと」を増やすなと言いたいわけだ。

「シウのような者に手を出すことの無意味を、悟ってほしいものだ」

「僕のような、って」

 ひどい。そう思ったのが伝わったのか、ヴィンセントは片頬を歪ませた。笑ったらしい。

「仕合のない相手だろう? 貴族でもない。何も奪えはしない存在を前に、何をする? これほど無駄なことはない」

 肩が凝ったのか、肩を回してうんざり声で話すヴィンセントは、まるでブラック企業に勤める中間管理職のようだった。

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