博士と助手と火とカレーと

@tonbogiri

本文

「博士・・・早くやってください」


「こういうときは助手がするべきです!さあ!助手なのですから!さあ!」


 博士と助手は焦っていた。既にかなりの時間が経過している。お互いに余裕が感じ


られなくなってきている。鬼気迫る雰囲気さえ伝わってくる。あまり時間をかけすぎ


るとすべてがダメになってしまう。何より自分たちの体力が限界に近付いてい


た。・・・その二人の傍らには丁寧に切られたじゃが芋や人参などが積まれていた。


「カレーを食べたいと言い出したのは博士です。言い出しっぺがするべきです」


「助手も賛成したではないですか!忘れたとは言わせないですよ!」お互い顔を近づ


けて睨み合う。二人は今、カレーを作っているところなのだった。


「「ぐぬぬぬ・・・」」しかし、賢い頭の二人はやがて脱力し、


「言い合っていても仕方ないのです。他の方法を考えるのですよ。火が無ければカレ


ーは完成し得ないのですから。」とまた思案に耽った。


 二人にとってカレーを作るうえで最大の難関は火。あの赤くメラメラしているのが


どうにもこうにも恐ろしかった。何がどうとは表現できないが、とにかく近づきたく


なかった。火に近づかずに薪に火を付けられないかと悪戦苦闘することはや二時間。


遠くから薪に直接火を付けようとしたり、長い紙を使って薪まで火を走らせようとし


たり、色々試してみたはものの、主に風のせいでどれもこれも上手くいかなかった。


そして結局二人は、かばんちゃんのように自分の手で持って行くしかないと結論付け


るしかなかった。万事休す、お手上げ状態になってすることがなくなってからもう二


十分は経ってる。


「いくら我々が賢くても、もはや自然の妨害に勝てないことは明白です。かばんのよ


うに紙か何かに付いた火を手で運ぶしかないですよ。しかもそのあと火を大きくしな


いといけないのですよ、博士。」


「言われなくとも・・・わかっているのですよ、助手。」二人はお互い見合って、大き


くため息をつく。この問答も何度目かだ。


 残念ながらこの賢いフクロウたちには、二人でするという発想が無かった。火に近


づきたくない一心で、自分が火に近づくという発想が全く欠けていたのだ。自分の手


で火を大きくするしかないとわかっているのだから、ではせめて二人ですれば怖さも


半減だとか、二人で痛み分けしようと考えてもよかった。しかしそうとわかりつつ


も、どうしても何か他の方法が無いかと考えてしまうのだ。ただ、口では色々言って


いるが、如何にして相手にさせようかとは考えていないあたりが仲の良いこの二人ら


しい。


「少し休憩するのです、助手。」


「そうしましょう、博士。」


 既に一時間以上は空腹と戦い続けている二人は、活動のエネルギー源が切れかかっ


ていた。その場で脱力し座り込む。はぁ・・・と重苦しい溜息と吐きながら、博士がふ


と足元を見ると、アリが何匹かで餌を運んでいた。左右にふらふらと移動しながら、


自分たちより大きい餌を運んでいる。


「・・・助手、火を運ぶのですよ。」


「博士、その話は_」


「他人の話は最後まで聞くものですよ助手。・・・二人で運ぼうということなので


す。」


「・・・なるほど、二人でやれば怖さ半減、ということですか、博士。」


「二人で運んで、二人で火を大きくする。これならお互い納得できるのです。です


ね、助手。」


「それが一番良い案のようなのです。わかりました、博士。やりましょう。」

 

 そうと決まればさっそく行動に移る二人。紙に一点付けられた黒丸に虫眼鏡で集め


た太陽光を当て、着火させる。非常に小さい火だが、この二人を恐怖させるのには十


分だ。怖気付いて尻込みしてしまう。しかし


「助手」


「博士」


 一度やると決意したら最後までやる二人だった。お互いの名前を呼ぶと、息の合っ


た動きで紙の端と端を指先でつまむ。もっとも、顔や体は仰け反って最大限火から離


れようと努めている。なので、紙をつまみながら左右反転して同じおかしなポーズを


とっている、非常に面白い光景になってしまっていたが。他のフレンズがこの様子を


見ていたら、笑い転げていただろう。


「薪へ、火を移すのです。」


 そのままなんとか辿りついた二人は、半ば放り捨てるように薪へ火のついた紙を投


入した。無論、まだ安心は出来ない。薪に火がしっかりと移るようにある程度大きく


しなければならない。まずは木くずで火を少しずつ大きくするのだが、なるべくなら


火には近づきたくないし見たくもない二人。木くずをまぶすように火にかけるが、ど


れほどの量をかければ良いのか、風はどのくらいの加減で送ればいいのか。もちろん


これらは火を見ながら調節しなければいけないので、これもまた勇気のいる事だっ


た。ちらちらと、火の様子を確認しつつ、慎重に、丁寧に火を大きくしていく。


「助手、木くずが多いのです。火が消えてしまうですよ!」


「博士、風を送り過ぎでは。」すったもんだとしつつ、悪戦苦闘しつつ、なんとか


徐々に火が大きくなってゆく。そして


「博士、薪に、火が!」


「やったのですよ、助手!」


 薪に完全に火が移り、赤い揺らめきが力強くなり、勢いを増す。これでもう火が消


えることはないだろう。手を取り合い大喜びする二人。直後、パチッという破裂と共


に火の粉が飛び、二人は全力で後ずさり。自分たちがかなり大きい火の近くに居たの


だと自覚し、顔から血の気が引く。ヒトであればまさに顔面蒼白という様子だっただ


ろう。


「し、しかし助手、これで火が付いたのです。」


「博士、やりましたね。これでカレーが、でき・・・る・・・。」


 しばしの沈黙のあと、二人は何の感情も無い顔で見つめ合う。まるで元々感情など


持ち合わせていなかったかのように、力の無い目で見つめ合う。そう、ようやく二人


は気が付いたのだ。薪に火を付けるのは、まだ調理過程の序の口に到達したかどうか


ということに。これからまだ、水を沸騰させ具材やスパイスを入れ、カレーの加減を


見るなどなど、することはむしろこれからの方が多い。もちろん、火の前で。火のす


ぐ傍で。


「博士・・・」


「助手・・・」


 少し涙声になりながら、弱弱しくお互いの名前を呼びあう二人。博士助手コンビと


カレーとの戦いは、まだまだ終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

博士と助手と火とカレーと @tonbogiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ