愛を形にする方法(2)

 煉さんは、真剣な表情で続ける。

「どちらか一方が何らかの理由で判断能力を失った場合に、パートナーが本人に代わって財産管理に関する手続きを行うこと。これも、法律上の婚姻をしているカップルであれば、何の問題もなく守られている点だ。

法律上の婚姻関係があれば、もしも事故や認知症などの理由で一方が生活能力や判断能力を失いつつある場合、その配偶者が、適切な財産管理を行う成年後見人を付ける手続きを申し立てることができる。


でも、同性同士のカップルの場合は法的な婚姻関係は成立しない。だから、本人が成年後見人を選定するような判断能力さえも失ってしまった場合は、本人の代わりにパートナーが成年後見人を付けたい旨の申し立てをしようとしても、その権利がない。つまり、判断能力の衰えた一方の財産管理や見守りについて、パートナーは一切手出しすることができないんだ。


こんな事態を避けるために重要なのが、任意後見契約だ。

これは、将来自分の判断能力が衰えた場合に自分自身の財産管理などを代わりに行う後見人を、本人の判断能力があるうちに選定できる制度だよ。

この任意後見契約をパートナーと結び、パートナーを後見人として選定しておけば、もしも一方が判断能力を失った場合にも、代わりにパートナーが財産管理を行うことができる。

万一の場合に備えてパートナーと任意後見契約を結んでおくのは、お互いにとって大きな安心になると思うよ」


 深い。ものすごく深い話だった。


「——普段は、人生のそんな先のことなんて深く考えずに過ごしてるけど……

法に保護されていない俺たちの場合、パートナーを守るために、万一の事態が起きる前に準備しておかなきゃいけないことがあるんだな」

 俺の呟きを受けて、煉さんが言う。

「社会が、この状況に早く対応してくれるといいんだけどね。

同性婚が法制化されて、同性同士が結婚生活を幸せに送れる時代を早く迎えるためには、僕たちは黙ってちゃいけない。隠れたり、隠したりせず、幸せになる権利を主張しなきゃいけない。そうしなければ、理解しようと努力してくれる人も増えない気がするんだ。

声高に叫ばなければ差別が解消されない、なんて思うのは辛いけれど……この現実を少しでも多くの人が知って、受け入れる姿勢が広がって行けば、社会はきっと変わる。——そう思うんだ」


 複雑な気持ちだ。

 これから来る時代が、俺たちにとって少しずつでも明るくなるならば——。

 今は、それを信じていくしかない。



「それから最後に、渋谷区と世田谷区の同性婚に関する条例と要項についてだ。これはとても明るい情報だよ」

 煉さんが柔らかい笑顔になった。

「やっときたわね、いい話が」

 ヒロさんも待ってたとばかりに微笑む。

「その通り。いい話はやっぱり最後さ。それに、これまでの話を聞いてもらってからの方がスムーズに理解してもらえると思うしね」

 煉さんはコーヒーを何口か啜ると、話を続ける。


「2015年3月31日に、東京都渋谷区で『男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例』が可決成立した。これを受けて、渋谷区内に暮らす20歳以上の同性カップルに、区が『パートナーシップ証明書』を発行するという取り組みがスタートした。証明書の申請には、『パートナーシップに関する合意契約公正証書』を作成する必要があり、この手続きには費用もかかるんだけどね。

また、同じ日に世田谷区でも、『パートナーシップ宣誓書』を提出した20歳以上の世田谷区在住または転居予定のカップルに、『受領書』を発行する手続きが始まった。世田谷区の方は手続きの費用は無料だ。


ちなみに、渋谷区の証明書発行には、さっき話した『任意後見契約』をパートナー同士で結んでいることが要件になっている。このことからも、任意後見契約が同性カップル間において重要な手続きだということが分かるだろう。


これらの証明書や受領書には、法的な効力はない。

だが、それを提示することにより、区営住宅に家族として入ることができたり、病院や不動産窓口などで家族として扱ってもらえる等の効果がありそうだ。

また、これらの施策は、企業の方針にも影響を与えている。生命保険の受取人を同性パートナーに指定できるようになったり、携帯電話の料金割引を同性カップルも家族同様に受けられるようになるなど、その対応に大きな変化が起こったんだ。これは本当に明るい進展だね。

これらの証明書類には確かに法的効力はない。それでも、このような証明書が発行されるという動きそのものが、大きな意味のあることだよね」


「本当にそうね。今まで関係を証明するものなんて存在しなかったんだから……同性間の愛情も社会に認められつつあるんだって、これを聞いてやっと実感できた気がする」

 花絵が、少し潤んだような眼で言う。


 その通りだ。

 行政がそういう取り組みに着手し、同性カップルの存在を公的に認めた意義は本当に大きい。こういう動きが少しずつ大きくなり、社会の中に浸透していくことが、道を開くための何より強力な方法だろう。


「渋谷区と世田谷区以外にも、兵庫県の宝塚市、沖縄県那覇市、北海道札幌市など、同じような取り組みを始めた自治体も出てきている。こういう動きが全国に広まっていくことを期待してるんだ。

——ね、最後にグッドニュースって最高だろ?」

 煉さんはいたずらっぽく笑う。


 黙って煉さんの話を聞いていた優が、穏やかに呟く。

「今聞いたようないろいろな手続きも、証明書も……異性同士のカップルだったら、当たり前すぎて贈り物にもならないようなことが、僕たちの間ではパートナーへの大切な贈り物になる……そんな感じだね。

——愛を形にする、とでもいうのかな」




 愛を形にする。

 異性同士のカップルであれば何の問題もなく守られる当たり前の権利が、俺たちには保証されていない現状。

 確かに、それを目の当たりにすると気持ちは沈む。


 だが、何もできない訳ではないのだ。

 努力することで、愛情は形になる。パートナーへその愛を手渡すことができる。

 パートナーに将来的な安心を約束すること。それが、愛を形にする方法だ。



 そして、同性婚が法律で認められる日も、同性カップルが当然のこととして子育てをできる日も——遠からずやって来るに違いない。

 俺たちが、共に人生を歩むパートナーとして——社会を形作る力を持った「家族」として、受け入れられる日が。



 俺たちが、ごく普通の家族として、社会の中で穏やかな幸せを味わえる——そんな風景を思い描きながら、俺たちは歩いていく。 


 愛する人の手を、こうしてしっかりと握りながら。


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