愛を形にする方法
いろいろあった年が明けた。
正月には、優を連れて実家へ帰省した。
実家に着くなり、妹の彩香に「待ってたよ、ゆうちゃん♡」とかキャバクラの客みたいな台詞でじゃれつかれ、優はやたらに照れた顔を見せていた。母親と姉の友希にも満面の笑みで御節料理を山のように盛られ、完食するのに苦労したようだ。
父は相変わらず無愛想だったが、どことなく柔らかな顔で優にがんがん酒を注ぐ。
「父さん、優そんなに酒強くないよ……」
「いや、まだ大丈夫だろ?な、優くん?」
「はい……喜んで」
「そういえば、優くんは出版社に勤務してるんだったね?私は、最近は大崎晃などの小説が好きで、よく読むんだがね」
「え、そうなんですか?大崎先生は僕がちょうど今担当させていただいてるんです。まだお若いですが、力のある方ですよね」
「ほう、そうなのか!それは素晴らしい……ぜひいろいろ話を聞かせてほしいな」
……意気投合してるじゃないか。すっかり。
そんなこんなで、賑やかな正月はあっという間に過ぎていった。
花絵とヒロさんも、お互いの実家へ挨拶に行ったようだ。
花絵の母親は、持ち前の大らかな温かさでヒロさんを歓迎したらしい。いろいろ食べ過ぎて太ったわ……とヒロさんは幸せそうにぼやいていた。
一方で、厳しいと予想されたヒロさんの母は、想定外に美しくて優しかった……!と、花絵は眼をキラキラさせて話していた。
つまり、俺たちはこの上なく幸せな一年のスタートを切ったのだった。
そんな1月も終わる頃、ヒロさんの兄の煉さんから連絡をもらった。
『新たにお伝えしたいお話もあるので、近いうちにこちらへ遊びに来ませんか?』
あのスラリと端正で大人な煉さんからはイメージできない、ハートがいっぱいなかわいいスタンプが貼ってあった。
「さあ、中へどうぞ。ちょっと遅れたけど、今年もどうぞよろしく」
2月上旬の週末。
煉さんは、変わらぬ美しい笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「花絵さん、正月にはいろいろ母の手伝いなどしてもらってありがとう。ヒロにはもったいないかわいいひとだって、母も嬉しそうだったよ」
「いえ……あんなことくらいしかできなくて……」
花絵はうれし恥ずかしそうにもじもじしている。
「ほんと、いつの間にか私より花絵をかわいがってるのよ、ウチの母親は」
ヒロさんも、そんな文句を言いながらすごく幸せそうだ。
「気の利く皆さんに負けないよう、今日は僕もちゃんと人気店のケーキを買っておいたからね?」
そんなことを言って、煉さんは子どもみたいに微笑んだ。
「今日皆さんにお話ししたいのは、遺言についてと任意後見契約について、それから渋谷区のパートナーシップ証明書・世田谷区のパートナーシップ宣誓書などのことなんだ」
「……兄さん、私たちにも分かるように話してよね?」
ヒロさんがちょっと苦笑いしてそう言う。
「大丈夫だよ。言葉は堅苦しいが、そんなに難解な話じゃないから」
そう煉さんは微笑んで話し出す。
「まず、遺言について話そう。
遺言は、みんな知ってるよね?自分の死後に、自分の財産の分与などについての遺志を遺族に示すための文書だ。
現在の法律においては、パートナーが同性である場合、結婚同然の関係があったとしても、法的な婚姻関係にある配偶者としての権利は発生しない。これは以前にも話したね。
だから、そのままでは、本人の死後に同性パートナーに渡る財産なども一切ない。
ここで重要になるのが、遺言なんだ。遺言に明記することにより、同性のパートナーにも財産を遺贈することが可能になる。
遺言の方法には2種類ある。本人が自筆で作成する『自筆証書遺言』と、公証人役場で作成する『公正証書遺言』という形のものだ。
自筆証書遺言は、本人が自筆で作成して押印するだけで成立するため、作成自体は非常に手軽な遺言だ。ただ、自筆証書遺言の場合には、遺言の執行のためには家庭裁判所での検認という手続きが必要になる。検認とは、遺されたパートナーと法定相続人たちが家庭裁判所に集まり、裁判官によりその遺言が全員に回覧される、という内容の手続きだよ。
このような手続きの中で、法的に保護されていない同性パートナーと法定相続人との間にトラブルが発生することも考えられるんだ。
——パートナーを失ったうえに、法定相続人とのトラブルにも心を痛めたりするのは辛すぎるよね。
そのため、お勧めしたい方法が『公正証書遺言』の作成だ。この遺言は、公証人役場で作成する必要があり、弁護士など専門家の手も借りて行うものになるため、時間も費用もかかる。だが、執行する際には検認の手続きは不要で、法定相続人の了解も必要としない。本人の遺志を、ダイレクトにパートナーへ手渡すことができるんだ。
——なんとなく、分かってもらえたかな?」
「よく分かったわ。公正証書遺言ね。
——それはとても重要なことだわ」
ヒロさんは、真剣な面持ちでそう呟いた。
「親族たちとトラブルなんか起こらない、と思いたいけれど……自分がいなくなってから、大切な人が苦しむ場面を想像したら——これは、やっておかなきゃいけないのね」
「そうだね。……将来的に、同性カップルにも法的な結婚が認められれば、こんな心配をしなくても良くなるかもしれないけれどね」
煉さんは、そう言って少し微笑んだ。
「ちょっと休憩しない?コーヒーお代わり注ぐわね」
花絵が、空気を和らげるように明るく言う。
「そうだね。せっかく煉さん用意してくれたんだし、ケーキもいただきます!」
「あ、これ美味しい!」
「ん?優くん、気に入ってもらえた?このガトーショコラは優くんをイメージして買ったんだよ」
「え、ほんとに?すごい……僕の中でガトーショコラは最愛のケーキだから」
「そうか、最愛なのか!君の心が読めたみたいで嬉しいよ」
……なんかそこの会話、ヘンに甘くないか??
まあ、優が愛してるのは俺だけなんだから、いいけどね。
こうやって頼れるひとが増えたことは、本当に心強くて有難いことだ。
ひと息ついてから、煉さんが次のテーマの説明をしてくれる。
「次に、成年後見制度と任意後見契約についてなんだが……これも、今後の万一の時にお互いを守る重要な話なんだ。
——万一、事故や認知症などにより、どちらか一方の正常な生活能力や判断能力が失われてしまった場合——そのパートナーの代わりに適切な財産管理などを行うことができないとしたら、どう思う?」
「え?——私たちって……一方がそんな状況になった場合でも、パートナーの財産の管理を変わりに行う権利もない……っていうことなの?」
ヒロさんが、驚いたように煉さんを見る。
「そうなんだ」
俺たちは、再びカップをテーブルへ置いた。
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