第18話 スズちゃんに巨乳ネタをふった場合とレナ先生に貧乳ネタをふった場合の反応が少し気になる

 僕とスズちゃんは電車が逆方向だったので駅で別れた。

 電車が来るまでにスズちゃんと色々な話をした。

 と言っても5分くらいの短い時間だったし、僕が好きなものといえば巨乳と料理くらいしかないわけで。かと言ってちっパイのスズちゃんに巨乳の話をするわけにもいかず(それ以前に女の子にする話じゃないよね)、料理の話は自慢っぽくなってしまいそうで嫌だったから、結局クラスメイトの話をした。

 スズちゃんは意外にも興味津々といった様子で僕の話を聞いてくれて、ちょっとびっくりしたのと同時にけっこう嬉しかった。

「友達、多いんだね」

 スズちゃんにそう言われて、僕は一瞬だけ返事に迷ってしまった。

 友達って、どこからどこまでを示す言葉なんだろう?

 純粋にそんな疑問が頭に浮かんでしまったからだ。

「えっと、どうかなあ……」

 そんな曖昧な返事をして、またスズちゃんを呆れさせたことは言うまでもない。

 彼女はどうやら歯切れの悪い物言いは嫌いみたいだ。

 なんでもキッパリ答えるスズちゃんらしいなと思った。

 でも、人生は常に2択とは限らず、第3の選択肢を選ばざるを得ない事態に直面することがあるんだぜ。

 口に出して言うと確実に「キモイ」の一言で返り討ちに会うことは必至なので、そっと心の中でつぶやいいてみた。

 電車の中でずっと考えていたのだけれど、スズちゃんが誰に似ているかが分からなかった。声と香り、そしてあの端整な顔立ちも、僕の知っている子に似ているはずなんだ。


 その日の夕方、会社から帰宅した母さんが僕の顔についたアザについて言及したことは言うまでもない。

「ちっパイとからかわれていた女の子がいてね、僕が体を張って守ったのさ」

 テーブルに食事を並べながらさりげなく答えた。

 うん、嘘はついてない。

「あんたがからかって、その子に殴られたって落ちじゃないのー?」

「失敬な! 僕みたいな真の巨乳好きは貧乳にも寛容なのだ」

「私にケンカ売ってんの?」

 スーツのジャケットをハンガーにかける母さんから強い殺気を感じる。

 母さんは紛れもない貧乳である。

 おそらくBカップ。

「め、めっそうもない。これはあくまで一般論で、いやむしろ持論ですからっ」

「まあいいわ。こうして、おいしそうな夕飯も用意してくれたことだしね。翔平、いつもありがとね」

 ニッコリ笑いながら椅子に腰かける母さんを見て、僕は胸をなでおろした。

 小さいころから周りの者に言われ続けてきたことだが、母さんはキレイである。

 息子の僕からしたら、そういう感覚はまったく分からないし、正直ふつうのどこにでもいるおばちゃんにしか思えないのだが。

 ただ、母さんは僕を早くに出産したから同学年の親よりも若かったのは事実であり、胸こそちっパイではあるものの、高身長そして細身のモデル体型なので、スタイルがいいことは僕も認めているところだ。

「今日は早かったね。いつもこの時間に帰れたらいいのにね」

「……そうね」

 母さんは何か考え事をしている様子で、少し遅れて答えた。

 母さんは土曜日もほとんど休日出勤で、帰宅はだいたい夜7時を回ることが多い。

 それなのに、今日は6時前に帰ってきたのだ。

「翔平、食べる前に聞いてもらいたい話があるの。いいかしら?」

「うん」

 母さんは急に改まり、神妙な面持ちで切り出した。

 食事をしながら話せる軽いノリの世間話でないことは確かなようだ。

「急なんだけど母さん昇進してね、5月から課長になることが決まったの……」

「マジ!? すごいじゃん! おめでとー」

「ありがとう。それはいいことなんだけどね……」

 母さんの口調が重苦しい。

 母さんは高校卒業してから就職し、今年で勤続18年目である。

 短大や大卒の社員もいる中で、今回の人事は異例の大抜擢と呼べるものに違いない。

 管理職ともなれば、月給&ボーナス大幅アップは期待も大きく、我が家の家計が大いに潤うこと間違いない。

 もちろん僕のお小遣いアップも期待できる!

 いいことずくしというのに、母さんは浮かない表情をしている。

 責任感から生じる精神的な重圧というやつかな?

「何か困ることでもあるの?」

「実は、昇進と同時に本社へ栄転になったの……」

 僕の質問に母さんは複雑な表情を見せる。

 嬉しいことのはずなのに、素直に喜べないといった顔だ。

「母さんの会社の本社って……」

「名古屋よ」

「そ、そっかあ。名古屋かあ。楽しみだなあ。名古屋メシ、食べてみたかったし、名古屋城も行きたかったんだよなあ」

 精一杯明るく振る舞った。

 母さんの考えていることがすぐに分かった。

 今、僕たちが住んでいる家は社宅である。母さんが名古屋へ転勤になれば社宅を出なければならない。必然的に僕も名古屋へ行くことになるのだ。

 正直、僕は動揺した。

 中学までの僕だったら、こんな感情は一切無かったと思う。

 むしろ、見知らぬ土地で始まるそこでの生活と新たな学校に期待で胸を膨らませたであろう。

 今の僕は、転校することに不安と抵抗を感じている……。

 そんな気持ちを母さんに悟らせないように、明るい声で話したものの逆に不自然な感じで、母さんに苦笑いされてしまった。

「今の高校、友達とも楽しくやってるようだし、できればこのまま通える方法がないか考えてみたんだけど。1人暮らしさせてあげられる余裕はないし、近くに親戚はいないし……難しいかな」

「母さん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。引っ越しはいつになるの?」

「ゴールデンウィーク最終日の日曜よ」

「そっかあ。あと2週間だね。それまでに荷物の片付けしておくよ」

「翔平、本当にごめんね……」

 僕は笑って首を横に振った。

 学校に通えるのもあとわずか。ゴールデンウィークの週は2日しか授業がないから、実質1週間くらいだ。

 フッと怜奈先生の笑った顔が頭に浮かんだ。

 それからクラスメイトみんなの顔。

 保健室で「変態!」と僕をなじる美月さんの顔。

 それを見て笑いながらお茶をすする、校医の石井先生の顔。

 怜奈先生のことを心配そうに語り、「頼むわね」と僕を見つめた教頭の美月先生の顔。

 リン校に入学してからまだ1か月なのに、たくさんの出会いがあり、色々な出来事があった。

 明日からはリン校で過ごす最後の1週間だ。

 思い残すことがないように、充実した時間が過ごせるといいな……。


 月曜の朝、リン校の正門にはちょっとした人だかりができていて、何やら騒がしかった。

 校舎の窓からも生徒たちが顔を出し、正門の方に視線を向けている。

 リン校生から注目を集めていたのは、道徳館女子校の制服を着た1人の女の子だった。

 背が高く、モデルみたいなスレンダーな体型。背中まで伸ばした艶やかな黒髪をツインテールに束ねている。目は少しキツイ感じだが、整った顔立ちで大人っぽい美人系……。

 スズちゃんだ!

 なんでこんな時間にリン校に?

「スズちゃん、おはよー」

 僕が元気に声をかけると、スズちゃんはなぜか不機嫌そうな表情でツカツカと歩み寄ってきた。

「朝から大声で呼ばないでよね。恥ずかしい」

「あ、ごめん……」


「ほらっ、これ」

 そう言いながらスズちゃんは、昨日僕がかけてあげたブレザーをグイっと突き出した。

「わざわざ返しに来てくれたの?」

「制服なんだから、無いと困るでしょ」

 不良たちから蹴られて汚れのついていたブレザーは、まるで新品のごとく綺麗にクリーニングされ、丁寧にたたまれていた。

「こんなに綺麗にしてくれてありがとう」

「べ、別に私がしたわけじゃないから。私はママに頼んだだけだし……」

「うん。それでも、ありがとう。スズちゃんのお母さんにもよろしく伝えてね」

「伝えとく。じゃ、用事も済んだし行くわ」

 そっけなく言うと、スズちゃんは正門の近くに停車している黒塗りの高級車に向かって歩き出した。

 スズちゃんって、もしかしてお嬢様?

 あの高飛車な性格からして、大いにあり得るな。

「スズちゃん、バイバ~イ」

「だ・か・らっ、大声で呼ぶなって言ってるでしょ! その呼び方キモイのよ」

 足早に戻ってきたスズちゃんが僕に詰め寄る。

「ご、ごめん……」

「そもそも、あんた、私の名前知らないでしょ?」

「へっ? 名前? スズちゃんじゃないの?」

 スズちゃんが「ほら、やっぱり」と言わんばかりの顔で僕を睨む。

「鈴子よ。だから、鈴子かスズって呼んでくれていいわ。だから、えっと……私もあなたのこと、翔平って呼ばせてもらうから……」

 スズちゃんはなぜかモジモジしながら、小さな声で歯切れの悪い返事をした。

「そっか。じゃあ、スズまたね」

 女の子を下の名前で呼ぶのなんて保育園以来のことで、ちょっぴり恥ずかしかった。

「クッ……カーーーっ。翔平のバカっ。キモイ」

 スズちゃんは大きな声で叫ぶと、顔を真っ赤にして走って行った。

 なんだよそれ?

 自分がスズって呼んでいいと言ったくせに。

 いまいち分かりにくい子だな……。

 でも、忙しい時間にブレザーを届けに来てくれたり、友達を大事に思っている一面があったり、僕はそんな優しいスズちゃんも知っている。

 それにしても、やっぱり誰かに似ているんだよなあ……。

 もう少しで思い出しそうな答えが出てこないもどかしさを抱えつつ、僕は平和で卑猥な日常が待つ教室へと足を運んだ。


 僕のクラスが今日も卑猥であることはおそらく間違いないだろう。しかし、平和であるという点においては、大きな間違いだった。

 まず、教室に入った僕を出迎えてくれたのは殺気立ったクラスメイトたちだった。

「誰なんだあああ! あの美少女は、誰なんだよっ」

 明らかに普段とは違うテンションの水戸君が駆け寄ってきて僕を問い詰める。

「えっ? いきなり何? 美少女って?」

「翔平が正門で話してた美少女だよおお!」

「あっ、スズちゃんね」

「どういう関係なんだよおお!」

「どういうって言われてもなあ……」

 僕が言葉を詰まらせると、クラスメイトたちの投てきに襲われた。

 イテッ! 誰だよっ、体育館シューズ投げたヤツ!

 スズちゃんとの関係を聞かれると正直困ってしまう。

 友達? いや、昨日なりゆきで一緒にかるたをしただけだしなあ。

 一から説明するとなると、渡辺君の恋愛相談のくだりから話さないといけないしなあ……。

「今朝の子って、土曜日、翔平が不良グループから守ってた子だろ?」

「あ、うん」

 僕のあとから教室に入ってきた狩野君が尋ねる。

 その言葉に頷くと、「もっと詳しく聞かせろや!」と殺気だったクラスメイトたちがあっという間に僕を囲んだ。

「はいはい、みんなちょっと落ち着こうや」

「これじゃ、翔平も話しづらいよ。もっと離れて」

 すかさず小木君と阿川君が割って入り、助け船をだしてくれた。

 みんなが僕から離れてくれたので一息つき、僕は渡辺君の同意を得てスズちゃんとの関係をなるべく簡潔に語った。

 僕の説明にみんなも納得したみたいで殺気オーラも鎮まり、それぞれの席に戻って行った。

「でも、あの子言ってたじゃないかあああ! 『翔平って呼ぶから、私のことスズって呼んで』ってえええ! いい感じだったじゃんかあああ!」

 水戸君の一言で再びクラスメイトたちがざわつき始めた。

 まったく、余計な事を……。

「じゃあ、僕も水戸君のこと、光一って呼んじゃうぞ♪ テヘ」

「ざけんな、翔平!」

「死ねっ、マジ死ね!」

 クラスメイトたちから激しい野次が飛び交う。

「スズちゃんの巨乳を返せっ」

 スズちゃんホントはちっパイですから。

 それ以前に君のものではありませんから。

 野次と共に、再び投てきに襲われた。

 イテッ! 誰だよっ、スケッチブック投げたヤツ!

「はいは~い。静かにっ。投げたもの片付けて座りなさい。何を大騒ぎしていたの?」

 怜奈先生が教室に入ってきて命拾いした。

「翔平がドウジョの生徒と仲良くなったからって、自慢するんですううう!」

 被害妄想もほどほどにしてよ、水戸君。

「そんなことで怒らないの。1年間同じ教室で過ごすのだから、もっと仲良くしなくちゃ。ほら、先生のJカップを見て怒りを鎮めて♪ ウフ~ン」

 怜奈先生が両手でおっぱいを持ち上げながら上下にゆっくりと揺さぶった。

 パツンパツンに張ったブラウスの大きく開いた胸元から、巨乳の谷間がしっかりと見える。

 今にもボタンが吹き飛びそうなJカップのボリューム。

 はちきれんばかりの巨乳が激しく揺れまくる様を目の前にして、クラスメイトたちは大興奮している。

――1年間同じ教室で過ごすのだから、もっと仲良くしなくちゃ。

 怜奈先生の言葉に、胸が強く締め付けられた。

 僕に残された時間はあと1週間しかないんだ……。

 ゴールデンウィーク最終日には、母さんと一緒に名古屋へ移転しなければならない。

 もう、こんな風にこのクラスで騒いだり、怜奈先生のセクシーショットを拝むことも出来なくなるんだ。

「お、おい。翔平、どうした? 大丈夫か?」

 僕の異変に気が付いた小木君が心配そうな声で尋ねた。

「あ、いや。なんでもないよ。平気だから……。」

「その顔はどう見ても平気じゃねーだろ」

「翔平、どうしたの?」

 阿川君の声を聞いたとき、僕はもう我慢できなくなって涙がこぼれ落ちた。

 高校生にもなって、こんなたくさんの人前で泣くなんてすごく恥ずかしいと思っているのに、涙がとめどなく溢れてきて止まらなかった。

「1時限目は現代文だけど、ちょっと予定変更ね。有島君が落ち着いたら、話を聞きましょうか」

 いつの間にか怜奈先生はJカップのおっぱいを揺さぶる手を止め、優しく僕を見つめていた。

 怜奈先生の温かい瞳に見つめられると、その心遣いがすごく心に響いて、さらに涙がこぼれてしまった――。

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