第15話 高校生にしたら確かに大き目であるスズちゃんのおっぱいが別の意味で気になる

 木曜の放課後、僕は校舎とグラウンドの中間にある石段に腰かけて夕焼け空を眺めていた。

 いつもなら夕方の買い物を終えて夕飯の支度も済ませている時間帯だ。

「ヘイ、翔平ちゃん! 待たせたな」

 サッカー部の練習を終えた渡辺君がこちらに向かって走ってくる。彼の後ろには、首にスポーツタオルをかけた小木君の姿も見える。

 そのあと、軽音部の練習を終えた阿川君も合流し、僕たちは学校正門へ移動した。

「僕、帰ってもいい?」

「おうっ、お疲れっ……てなんでやねん!」

 渡辺君のわざとらしい大阪弁のノリツッコミに、小木君と阿川君が笑いだす。

「まあ、最後まで付き合ってやろうぜ。こうしてオレらも応援に駆け付けたわけだし」

 応援と言うより完全に冷やかし目的だよね、小木君。

「翔平のおかげでここまで来たわけだからね。やっぱりクライアントの依頼は完遂しないと」

 僕は探偵でも便利屋でもありません、阿川君。

「あっ、来た」

 渡辺君の声に反応した僕らは、彼の指さす方向に視線を向けた。

 紺色のブレザー、チェックのスカート姿の女子たちがこちらに向かって歩いてくる。

「何人もいてわかんねー。どの子?」

「一番後ろのYシャツの子の隣」

 小木君の問いに渡辺君が早口で答える。

「おっ、あのYシャツの子かわいくね?」

「うんうん、カワイイ。しかも巨乳!」

「なんでYシャツの子に食いついてんだよっ。お前ら、俺を応援しにきたんじゃねーのかよ」

 小木君と阿川君の興味は、完全にYシャツ姿の女の子に移っていた。

 渡辺君が思いを寄せている女の子は、小柄で可愛らしい子だった。

 しかし、その隣を歩いているYシャツ姿の女子は背が高く、高校生にしては大人びた雰囲気とキレイ系の顔立ちで、あきらかに彼女のほうが目立っている。

「どうよ、翔平? 巨乳マイスターのお前からして、ほっとけないんじゃないの?」

「あの胸、どんなに大きく見積もってもDカップだよ。それに今のブラは進化しているからね。実際はCカップかもね」

「高校生でDつったら巨乳だぞ!」

 小木君が異議を唱える。

「僕の基準では巨乳はFカップからと決まっています。それにあの子のは……」

「それにどうしたの?」

「……いや、何でもないよ。それより渡辺君の好きな子を見失わないようにしないと」

 僕は阿川君の質問をはぐらかした。

 あのYシャツの女の子の胸、別の意味で少し気になったんだけど、今はそんなことを議論している場合じゃない。

「お前ら、他人事だと思って楽しんでるだろ。マジ頼むわ~」

 泣き言を言う渡辺君の背中を、小木君と阿川君が笑いながらポンポンと軽く叩いた。

 渡辺君、今頃気がついても遅いです……。


 学校を出てから、僕たちは道徳館女子高かるた部の生徒を尾行した。

 3年生らしき先輩は駅の方向へ行き、渡辺君が思いを寄せる子とYシャツの子が2人だけになった。そこからさらに10分ほど歩いたが、2人とも別れる気配はない。

「翔平ちゃ~ん、どうするよ? このままじゃ俺ら、ストーカーみたいじゃん」

 しびれを切らした渡辺君がもどかしそうに尋ねた。

 みたいと言うより、やっていることは立派なストーカーだと思うけど……。

 あと、僕を仲間に入れないでね。

「それじゃ、話しかけるしかないね」

「翔平ちゃん、頼んだぜ!」

「なんで僕が? そこ、おかしいでしょっ」

「まずは掴みが大事っしょ。俺も一緒に行くからさ~」

 渡辺君は意味不明な持論を展開し、まるで他人事みたいに言った。

 小木君と阿川君まで「頑張れ、翔平!」とか勝手に応援始めるし、仕方がないので僕は、出す必要もない勇気を無理やり振り絞って女子2人に向かって歩き始めた。

 はあ……。

 なんでこうなるかな?

 心の中でため息をつき、嘆きをつぶやいたときだった。

 学ラン姿の高校生たちが女の子の行く手を塞いで話しかけた。

「なあ、いいじゃん。1日くらい遊んでくれたって」

 どうやら彼の目当てはYシャツの子のようだ。

「おことわりっ! そこ、どきなさいよっ」

「俺と付き合うなら、どいてやってもいいけど?」

「バカじゃない? アンタと付き合うくらいなら、うんこ味のカレー食べた方が100倍マシよっ」

 気丈に振る舞う彼女の言葉に、僕は思わず吹き出してしまった。

 うんこ味のカレーって……。

 ダメだ、笑いが止まらない。

「お前、なに笑ってんだよ? ぶっ殺すぞっ」

 学ラン男子が僕をにらみつけてまくしたてる。

「いやいや。あの場合、普通は『死んだ方がマシ』って言うと思うんだけどね。君の存在がうんこ味のカレー以下だって考えると可笑しくて」

「んだとっ!」

 学ラン男子が僕に掴みかかってきた。

 渡辺君が彼の腕を掴んで振り落とす。

「フラれて八つ当たりは、みっともないっしょ?」

 すぐに小木君と阿川君も駆け付けた。

「チッ」

 学ラン男子は舌打ちすると、両手をポケットに突っ込んで足早に去っていった。

「お嬢さん方、お怪我はありませんか?」

 そのセリフはベタ過ぎて引くから、渡辺君。

「あ、ありがとうございましいた」

「さ、行くわよ」

「ふぁあっ」

 丁寧にお辞儀する女の子の腕を掴み、Yシャツの子が僕らを無視して歩き出す。

「ちょ、ちょっと待って!」

「何?」

 Yシャツの子が怖い顔で渡辺君をにらみつける。

「えっと、少しだけお話を……」

「私たち、急ぐから」

 取りつく島もない。

「ちょっと、スズちゃん。助けてくれたのに失礼だよ」

 そうだ、失礼だぞ!

 渡辺君が好きな子、性格よさそう。

「助けてほしいなんて、一言も頼んでないもの」

 うわっ、スズちゃん性格悪っ!

「で、でも……」

「どうせこいつら、ユメか私目当てでつけてきたに決まってるんだから」

 グッ、それを言われると反論できない……。

「ち、違うんだ! 俺はただ……」

「ただ何よ? 後ろめたいことが無いならさっさと言いなさいよ」

 スズちゃんがキツイ声で言いながら渡辺君に詰め寄る。

 渡辺君は言葉に詰まり、すがるような視線を僕に向けた。

 助けてあげたいけれど、こんな土壇場で僕にふられても……。

「渡辺君は、かるたがしたかっただけなんです!」

「はっ?」

 僕の一言で、スズちゃんはあっけにとられた表情に変わった。

「渡辺君がかるたにはまったのは最近のことです。サッカー部に所属しながら、独学でかるたを勉強し、たった一人で練習を頑張っています。そんなとき、学校で出会ったのがあなたです!」

「えっ!? 私?」

 驚いた様子でユメちゃんが自分を指さす。

「まさにそれは、カルターにとっての運命の出会い! 渡辺君の胸に込み上げてきたのは、あなたと対戦したいという純粋な熱い思い! この気持ちをどうか受け止めてあげて下さい!」

「話にならないわね。でたらめにもほどがあるわ。第一、カルターって何よ?」

「かるたプレイヤーの略だよ」

「アンタ、バカじゃないの?」

 ムカッ!

 この子、ホント性格最悪。

「そもそも、どうしてユメと対戦したいいわけ? 私でもいいじゃない。と言うか、初心者なら近くのかるた会に入って教えてもらいなさいよね。さ、行くわよ」

 見下すような目つきで冷たく言うと、ツインテールの長い黒髪をファサっと払い、スズちゃんは歩き始めた。

「えっと、私、北川夢子です。道徳館女子校のかるた部1年です」

「ちょっとユメ、なに自己紹介してるのよっ」

 笑顔で自己紹介するユメちゃんの声に、慌ててスズちゃんが振り返る。

「いいじゃない。スズちゃんだって『かるた好きに悪い人はいない』って言ってたじゃん」

「うっ、それは……」

 もどおかしそうにスズちゃんは言葉を詰まらせた。

「俺、倫理館高校1年、渡辺健太ッス。よろしくっ!」

 渡辺君が差し出した手を、ユメちゃんはちょっぴり照れた様子でそっと握手し、ニッコリと笑った。

 2人は連絡先を交換し、土曜日に道徳館女子校近くの市民会館でカルタをする約束を交わした。

 渡辺君とユメちゃんは自然な会話でいい感じだった。

 そんな中、スズちゃんだけが眉間にしわを寄せて、最後まで不機嫌な態度をあからさまにしていた。

 格言。

 笑わない美人はブスである!

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