第6話 保健室に行くとHなイベントが発生するんじゃないかと淡い期待をよせてしまう

 朝からずっと考え事をしていて、授業中も先生の声がまったく耳に入ってこない。

 昨日の保健室で、看護士の美里さんから話を聞いたことがきっかけだ。

 美里さんは怜奈先生の高校時代の同級生であり親友である。その彼女が、「怜奈は高校のころから変わらない」と言ったのだ。

 それは、一見大人っぽい外見に反して悪戯っぽいお茶目な性格を意味しているのだろう。

 怜奈先生が教壇に立つ姿は凛として美しく、さらに分かりやすく飽きさせない授業は彼女の教師としての優秀さを示している。

 しかし、ひとたび授業から離れると生徒たちと気さくに会話し、いつでも優しい笑顔で接してくれる。

 整った顔立ちと背が高くモデルみたいにキレイな体型、そして110センチのJカップという規格外のバストを持つ怜奈先生は、黙っていると高飛車でキツそうに思われがちだが、実際はすごく人懐っこくて少女みたいに無邪気な一面を持っている。

 しかし、彼女には問題と言うか欠点と言うか、大きく残念な一面がある。

 著しく羞恥心が欠如していること、言動や行動がおおむね卑猥な方向へシフトしていることである。

 初めは怜奈先生の言動や行動に驚かされっぱなしの僕らだったけれど、高校に入学して一週間、それも日常化して免疫ができてきた。

 習うより慣れろとは、昔の人はうまいこと言ったもんだ。

 ちょっと違うか?

 とにかく僕は、怜奈先生のそんな残念な部分の性格がすごく気になっていた。

 うちのクラスで盗撮行為をする奴はいなくなったけれど、ときどき他のクラスの奴がスマホで怜奈先生を隠し撮りしているのを見かけることがある。

 朝の電車の中で、痴漢にあっても怜奈先生は平然としているし、色々な意味で心配なのだ。

 本人が露出度の高い服装を好んでいるわけだから、仕方ないと言えばそれまでなんだけれど、僕らのために一生懸命授業に取り組んでくれて、わけ隔てなく接してくれる怜奈先生を見ていると、何とかしてあげたいと思うのだ。

 

 4時限目の体育でもそんなことを思案していたせいで、サッカーボールが顔面に直撃して唇を切り、鼻血まで大出血サービスしてしまった。

「ゴメン、有島。大丈夫か?」

「さすがサッカー部、いいキックしてるね。僕と一緒に国立競技場、目指さないか?」

「いや、昔から目指してるけどさ。有島とは遠慮しとく」

 苦笑いしながら小木君が心配そうに僕の顔をのぞきこむ。

「口、切れてんじゃん。鼻血も出てるし。保健室行こう」

「わっ、ホントだ。けっこう重傷だよ。オレ、付き添うよ」

 阿川君と小木君が倒れた僕の腕を掴んで引き起こしてくれた。

「平気、平気。あんまり痛くないし。1人で行けるから」

 僕は2人の申し出を丁重にお断りし、先生に許可をもらって保健室に向かった。

 まさか、2日連続でお世話になるとは思いもしなかった。

「失礼しまーす」

「はーい、今行きます」

 奥から美里さんの声が聞こえた。

 せわしない足音とともに美里さんが姿を現した。

「どうもです」

「また君か。どうやらよっぽど保健室を気に入ったみたいね」

「はい。美里さんに会いたいがため、サッカーボールを顔面で受け止めました」

「バカ。そこ座れ」

 救急箱からガーゼや消毒液を取り出し、美里さんが手際よく手当てをしてくれた。

「イテッ、イテテ。く~、しみるー」

「これくらい我慢しろ。男だろ」

 痛がりの僕なんかよりも美里さんのほうがずっと男らしい。

 細くて小さな体に反比例するようなサイズのおっぱいを持つ美里さんは、怜奈先生と同い年でありながら童顔である。

 肩まで伸ばした髪を後ろで1本に束ね、ナースキャップをかぶる姿はまるで女子高生がコスプレしているようにも見える。

 見た目はカワイイ系の美里さんだが、性格はサッパリしている。言葉遣いも少しぶっきらぼうで愛想も無い。仕草もどちらかと言えば男っぽくて、色気は皆無である。

 それでも、至近距離でこんな可愛らしいナースに手当てしてもらっていると、ドキドキせずにはいられないってのが純情な男子高校生なわけで……。

 椅子に座っている僕に対して、美里さんは立ったまま手当てを施す。

 すぐ目の前には90センチGカップのおっぱい!

 純白のナース服の胸元が窮屈そうに、パツンパツンに膨らんでいる。

 で、でかい!

「おい、変態。ガン見するなっ」

「す、すみません。目の前にあったので、つい。今後はチラ見するよう心がけます」

「プッ、プハハハ。何それ。アンタって面白いとこあるよね。はい、これでよしと」

 美里さんはどうやら怒っていないようだ。笑いながらパタンと救急箱のふたを閉めて所定の位置へ戻す。

「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」

「Hな質問したら殴るよ」

 美里さんが僕を睨みながら拳を振り上げる。

「ち、違いますって。僕が聞きたいのは怜奈先生のことですよー」

「えっ? 怜奈のこと?」

「はい。怜奈先生と美里さんは高校の同級生なんですよね?」

「ええ、そうだけど。それが?」

 美里さんは警戒するような視線を向けて聞き返した。

「その……先生は高校生のときも今みたいな感じというか、ちょっと変わっている人だったんでしょうか?」

「……」

 美里さんが僕を見つめたまま沈黙する。

 まるで僕の真意を探っているかのようだ。

「有島君はさ、怜奈のことどう思ってるの?」

「怜奈先生は教師として優秀で立派な人だと思います。生徒の僕が偉そうに言うのもなんなんですけど。先生の授業はすごく分かりやすくて楽しいです。テスト対策のこともよく考えてくれていて、分からない生徒を置き去りにすることもありません。丁寧に、根気良く教えてくれるんです」

 スラスラ答える僕を見て、美里さんは少し驚いた顔をしていた。

「へー、怜奈の授業がねー」

「授業以外でも、先生はよく生徒のことを見てくれています。元気が無かったり、クラスで孤立しがちの生徒には積極的に声をかけてくれて、コミュニケーションを怠りません。いつも笑顔で接してくれて、優しい先生です」

「うん、それは昔から変わってないよ。で、見た目は?」

「そりゃもう、最高っすよ! 大人っぽいキレイ系の美人で背も高い。キュッとくびれたウェストにミニスカートからスラっと伸びるキレイな足。何よりもあのおっぱい! 110センチのJカップですよ! 漫画ですか? アニメですか? 完全に2次元を凌駕したナイスボディじゃないですか! あのおっぱいは、まさに僕の理想とした――」

「はいはい、もう分かったって。見た目を一番熱く語ったな」

 美里さんが呆れた顔で僕の話を遮った。

 し、しまった……。

 先生のおっぱいを愛するあまり、話につい力が入ってしまった。

「ハハハ、そんな顔すんなって。アンタの気持ちはよく分かったから」

「ほ、ホントに?」

「怜奈のおっぱい好きなんだろ?」

「ち、違わないですけど、ちょっと違います」

「否定しないのかよ。ま、冗談だよ。そっか、そんな風に見てくれてたんだな」

 美里さんは僕を見つめて優しく微笑んだ。

 か、カワイイ。

 普段は不機嫌そうな表情だから、笑うとめちゃくちゃ可愛く見える。

 真剣な表情に戻った美里さんが再び口を開く。

「怜奈の両親が亡くなってることは?」

「いえ、知りませんでした」

 驚いた。

 怜奈先生はまだ25歳なのに、お父さんもお母さんもいないなんて……。

 僕のお父さんは、僕が小学校へ入学する前に亡くなった。交通事故だった。

 今でもお父さんのことを思い出すと、寂しくなるときがある。でも、僕にはお母さんがいてくれる。怜奈先生は1人ぼっちなんだ。

 急に心が締め付けられたみたいに痛くなった。

「お母さんは、怜奈が小さいときに病気で亡くなったらしいの。そのあと、怜奈が小学生のときにお父さんも……。これは怜奈の伯母さんから教えてもらったんだけど、怜奈の様子が変わり始めたのは、お父さんの死が原因じゃないかって……」

 なるほど。

 お母さんに続いてお父さんまで亡くなり、成長の過程で心に多大なストレスがかかり、性格形成に悪影響を及ぼしたということかも知れない。

「そうですか。何となく理解しました」

「怜奈はすごく素直で優しくて、いい子なんだよ。頭だっていいし、スポーツもできて。だけど、あの性格のせいで好奇の目で見られることも多くて。近寄ってくる男はみんな怜奈の外見しか見ていなかった。内面なんかどうでもよくて、興味があるのは体だけ。でも、怜奈はあんなだから、誰でも素直に受け入れちゃって……」

 美里さんはすごく悲しそうな目をしていた。

 大きな瞳が潤んで見える。

「僕も心配しているんです。余計なお世話かも知れないんですけど、セクハラまがいの行為や言動が見られる生徒もいますし、もしかしたら言い寄ってくる奴だって。一番の解決策は本人が自覚して気をつけてくれればいいんですけど、それには期待できそうにないんで……」

 美里さんと顔を見合わせ、互いに苦笑いする。

「ありがとね、有島君。怜奈のこと心配してくれて。アンタが怜奈の内面をちゃんと見てくれてることが分かって嬉しいよ。怜奈のこと、守ってやってね。あと、変態行為はほどほどに」

「美里さん、一言多いっす」

 美里さんがニカッっと悪戯っぽく微笑んだ。

「ま、それにこの学校の中にいる間は大丈夫だと思うけど」

 ん? 学校の中にいる間は……ってどういう意味だ?

「さ、もう話はおしまい。手当ても済んだし、教室に戻りな」

「イテッ」

 美里さんがふざけて僕の頬をぺしっと軽く叩いた。

 怪我人なのにと文句を言いながら立ち上がったそのとき、外の廊下からコツコツとハイヒールの足音が聞こえてきた。

 スマホで電話中らしく、話し声もしっかりと聞こえてくる。

 この声は!

「や、やばいです。怜奈先生ですよ!」

「へ? 何でやばいのよ?」

「先生、ああ見えてめちゃくちゃ勘が冴えてるんです。隠れましょう!」

「ちょ、ちょっと! 待って有島君」

 美里さんの手を引いて奥へ移動する。

 保健室は入ってすぐが診察スペース、奥にベッドが配置されている。

 思わず目の前の掃除用具ロッカーの扉を開く。

「この中に隠れてください」

「こんな所に2人も入れないわよ! ちょ、ちょっとアンタ待ちなさいって」

 保健室の扉が開く音が聞こえた。

「おーい、ミサトー。来たよー。出てこーい」

 もう近くに怜奈先生がいる。

 美里さんを強引にロッカーへ押しこめ、自分も中に入って扉を閉めた。

「く、苦しいって」

「美里さん、少しだけ辛抱してください。苦しいのは僕も同じです」

 ロッカーの中は想像以上に狭かった。

 暗闇の中、少しだけ差し込む照明の明かりが、美里さんの白いナース服をぼんやり照らしている。

 ん? 両手に感じるこのムニュムニュした感触は……。

「ちょっとアンタ! どこ触って――」

「静かにしてください。ばれちゃうじゃないですか。ゴメンなさい! わざとじゃありませんからっ」

 僕が謝ると美里さんは口を閉ざした。

 しかし、確実に怒っている。

 ロッカーから出たあとの僕の末路を想像すると恐ろしくて身が震える……。

「あ、有島君。手動かさないで」

「別に動かしてませんからっ」

 必死に弁解する。

「やだ、そこは。あっ、アン♪」

 美里さんの可愛らしい声が耳元で聞こえた。

 僕の両手は彼女の大きなバストに触れたまま。

 美里さんが急に体をくねらせたものだから、思わず両手に力が入った。

「アン! そんなに強くされたら私、ア~ン♪」

 色っぽい声がロッカー内を反響する。

 美里さんのGカップを鷲掴みにしたままジッとして声を殺す。

 ナース服の上からでも、大きな乳房の柔らかさが十分に伝わってくる。

 僕の手からはみ出るボリュームの巨乳は、鷲掴みにした指がムギュッとめり込み、たまらなく心地よい感触。

 美里さんの息遣いが心なしか激しくなっている。

 彼女の手が僕の両手に重なり、指を絡ませる。

「へんねー。昼休みに行くって言ったのになあ。また後で来ようっと」

 怜奈先生の声がして、保健室をあとにする音が聞こえた。

 ロッカーの扉を開いて、慌てて飛び出す。

「すみませんでしたー! 不可抗力です! 事故なんです! 命だけはご勘弁を」

 叫びながら土下座をスマートに決めた。

「ふうっ。ドキドキした。ばれなくて良かったわね」

「へっ? 怒ってないんですか?」

「わざとじゃないんでしょ?」

 思いっきり首を縦に振る。

「もちろんです!」

「でも、もし怜奈にしたら殴るからね」

「ロリ巨乳ナースに誓って絶対にしません」

「バカっ」

 僕の頭をポカリと小突いて美里さんが笑った。

「あと、それから。それ、どうにかしなさいよね、変態」

 彼女の指差す先には、僕の大きく隆起した形状の股間が……。

「はうっ! す、すみません」

「ほらっ。用事が済んだら、さっさと行け」

「は、はい。失礼しました」

 僕は股間を隠すように手で覆いながら立ち上がり、美里さんに背を向けて歩き始めた。

「あと、それから」

「はい?」

「怜奈のこと、頼んだよ」

「任せてください!」

「その格好で言われてもなあ。プフフフッ」

 前かがみの僕を見た美里さんがお腹を抱えて笑い出す。

「失礼しましたっ」

 急に恥ずかしくなって、慌てて保健室を飛び出した。

 でも、美里さんが怒ってなくてホントに良かった……。

 すっと胸をなでおろす。

 怜奈先生の残念な性格については、その原因に触れることができた。

 幼少期のお父さんの死が、先生の精神を歪ませてしまったに違いない。

 その結果、大きく何かが欠落したまま怜奈先生は大人になってしまったのだ。

 心の問題はすごく難しい。

 僕自身、お父さんの死がきっかけで自分の殻に閉じこもりがちになった経験がある。

 今でもその延長なのかもしれないけれど、生活に支障をきたすほど重傷では無いわけで。

 でも、怜奈先生は違う。

 大いに問題を生じさせてしまう体質なのだ。

 僕は先生を助けてあげたい。力になりたい。

 出来ることなら、心を元通りにしてあげたいんだ。

 それはすごく難しいことかもしれないけれど、彼女をほっとくことが出来ないんだ。

 こんなにも怜奈先生が気になって仕方ないのは、僕と境遇が似ていることを知ったからかもしれない。

 昨日の保健室でみた夢を思い出し、僕はまた寂しい気持ちになった――。

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