Me$
桜庭かなめ
Me$
『Me$』
「はあっ、はあっ……」
今夜も淑女の喘ぎ声を聞いて過ごしている。
でも、私と彼女は愛で繋がっていない。お金で繋がっているの。
一時の快楽を得るために彼女が私にお金を持たせる。そして、体を預ける。
私が彼女にできることは、私の持つテクニックで彼女を快楽に浸らせること。
「……今日はありがとう」
「いえいえ。それじゃ、お金はきちんといただきました。では、私はこれで」
「ねえ、もっといてくれないの? あなたのことが好きになって」
「……一生、私から快楽を求めたいのなら、莫大な資金が必要になりますよ。あなたはそんなに持っていないでしょう?」
「ううっ……」
「それに、私は女です。最近は理解されてきていますが、同性愛への風当たりの強さはまだ感じます。あなたを不幸にするわけにはいかないので」
時々、私のことを彼女として欲しがる人がいるけど、全て断っている。嬉しいけどね。ただし、一生分の金を払えれば別。だけど、そんな人、いないでしょう?
私は同性愛者の女。
小さい頃からそれは分かっていた。私が恋愛感情を抱くのは女の子ばかりだから。
周りからは顔立ちが良く、王子様らしいとも呼ばれた。女の子から好奇な目で見られることが嬉しくてたまらなかった。
愛することに性別は関係ない。自由なのだ。
小さい頃からそう信じていた。
しかし、就職して少し経ってから、私の同性愛者のことについて問題になった。発端は分からないけど、どうやら複数の女性社員から、同性愛者である私のことが気持ち悪いという声が上がったそうだ。
『我が社に同性愛者は必要ない』
その一言で私は解雇させられた。そのことに反論できる場は設けられなかった。
「馬鹿馬鹿しい」
いつまで悔しがっても時間の無駄だ。同性愛のことで解雇させられたのなら、いっその事、そういうことで儲けてやろうと思った。
『女性のみなさん。あなたの欲望を私が満たします』
ブログとSNSを使い写真付きでそんな広告を出してみた。
すると、高額な値段なのに多くの女性から要望が殺到した。時には一日で何人もの女性を相手にしていった。その結果、会社員時代よりも多くのお金を稼げるようになった。
まあ、写真を出してしまったこともあり、以前は男性が現れることもあって。そういうときはやんわりと断る。拒むようなら警察へ突き出す。それを経験した男性がネットに広めたため、今では男性が現れることはほとんどなくなった。
「同性愛者の私でも金は稼げるんだよ。こんなにもね」
あいつらの頭の中には、私のことなんてもう綺麗さっぱりなくなっているかもしれない。
でも、同性愛者の私は女性絡みのことでお金が稼げて、私のことを必要としてくれる女性がこんなにもいる。その事実があいつらに逆襲できているような気がして嬉しかったんだ。でも、どこかに寂しさや虚しさもあった。
「……ふぅ」
今回の客はしつこかった。強引にキスしてきたり、首筋を舐めてきたりして。私の気持ちを変えさせるために必死だった。本当に笑える。
ただ、あの客は私のことを性的な欲求を満たすおもちゃでしか思っていない。それなら、金を払わせて一時の快楽を味わわせれば十分でしょう?
「疲れた……」
基本的にはスッキリしてお客さんと別れるけど、しつこい客の後は酷く疲れる。そんなときはブラックコーヒーを飲んで一息つくのが私のルーティーン。
家に帰る途中、ブラックコーヒーを買って近くにあった公園のベンチに座った。
「……美味しい」
やっぱり、ブラックはいいな。あまり好きじゃないけど、深い苦味が心を落ち着かせてくれる。
「はあっ……」
そうため息をつく黒髪の女の子が、私の隣に座った。大学生かな。白いワンピースがよく似合う可愛い子だ。
「あっ、すみません……ため息、聞こえちゃいましたか?」
そう言ったときの彼女の笑顔に、不覚にもキュンと来てしまった。
これまでたくさんの女性と出会って、金の上で成立した情事を行ない、時には愛の告白を断ってきたのに。そんな私が、彼女のことを一目で好きになってしまった。何が何でも手に入れたくなるほどに。
「……聞こえました。何かあったんですか? 私で良ければ……あなたの悩みを聞きますけど」
私がそう言うと、彼女はニコッと可愛らしく笑ったのだ。そのことでまたキュンとくる。私の恋心は嘘じゃなかった。
「今朝、付き合っていた彼女にフラれちゃって。大学に行こうと思ったんですけど……どうも行けなくて。そうしたら、ここにお姉さんがいて。一人じゃ寂しくて……ここに座っていました」
「……そっか。あと、君も女の子が好きなんだ」
「君も……ってことはお姉さんも?」
「……うん。私は女の子が好きだよ。でも、色々とあって……女の子に快楽をもたらすことを仕事にしているんだ」
「へえ……」
しまった。こんなことを言ったら同性愛者の彼女でも引いてしまうかもしれない。
ただ、それは杞憂だった。彼女は変わらず可愛らしい笑顔を見せて、私のことをじっと見つめてくれていた。
「お姉さん……凄い人なんですね。女性を気持ち良くさせて、生計を立てているなんて」
「……そう言ってくれたのは君が初めてだよ」
「じゃあ、私にとってはお姉さん……高嶺の花ですね」
「高嶺の花だなんてとんでもない。私なんて淫らなことで金を稼いでいるゲスな女さ。金稼ぎのときに、自分も快楽を求めているんだし」
「それでも、あなたのことを求めている人はいる。だから、お金がもらえる。それって、凄いことだと私は思いますけど……」
私を求めている人はいる……か。
これまでの客は私に何を求めていたのか。
一時の快楽なのか。
私という恋人がほしいのか。
私が稼いだお金がほしいのか。
私にはよく分からない。
ただ、そんなことを考えている中でも、はっきりとしている気持ちはあった。今、私の隣に座っている黒髪の少女と付き合いたい。恋人として。
でも、告白された経験はたくさんあるけど、告白した経験は一度もない。自分の素性を明かしてしまった以上、彼女がそう簡単に私と付き合ってくれるとは思えない。
「……え?」
私は今日、稼いだお金を強引に彼女に握らせた。
「このお金で、あなたが許す範囲で私と……付き合ってほしい。一目惚れして、あなたのことが好きになったの。わがままかもしれないけど……」
今まで、私は客が求める快楽の時間に自分の付けた価格で売ってきたんだ。だから、今度は私が求める愛おしい時間を彼女の付けた価格で買ってもらうんだ。いや、付き合ってほしいのだから、私自身のことを買ってもらうんだ。
うーん、と彼女は声に出しながら考えると、渡したお金を全て私に返してきた。
「お金なんていりません。私も……お姉さんに一目惚れしてしまいましたから。付き合うことに必要なのはお金ではなくて、気持ちがほんの少しでも重なっていることでしょう?」
彼女の真っ直ぐな言葉に思わず涙が出てしまった。
あぁ、そうか。そうだったのか。
お金はたくさんあっても、虚しさや寂しさを抱いてしまうのはそこには温かな心が全くなかったからだったんだ。そんなことを考えていると、
――ちゅっ。
彼女は私にキスをしてきたのだ。それは今までしてきたどんな女性からのキスよりも温かく優しいものだった。
「……お姉さんのことが好きです。私をお姉さんの彼女にしてくれませんか?」
「……もちろん」
彼女の温かい愛情を受け入れるように、私は彼女のことを抱き寄せた。私は始めて女性と心で繋がることができたような気がした。
「この後、家に来ない? ……しようよ」
「私も同じことを考えていました。今日はずっと……お姉さんとしたい」
その繋がりを確かめたくて彼女を誘ってみたら、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。その反応がたまらなく嬉しい。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私はブラックの缶コーヒーを飲みきって、近くにあったゴミ箱に捨てる。もう、苦いのはこれっきりにしようかな。
そして、私は彼女を繋いで歩き出す。それは今までとは何かが違う一歩のような気がした。
これが正しいのかどうかは分からない。
ただ、今は隣に君がいて。この先ずっと隣に君がいるような気がして。それがとても愛おしく、幸せに思えた。そう思える時点で、もう正しいのかもしれない。
『Me$』 おわり
Me$ 桜庭かなめ @SakurabaKaname
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます