そだつ朝ごはん ~魔術師の森物語~

ひょーじ

そだつ朝ごはん

 魔術師の森マギズ・フォレスト錬金術師通りアルケミスト・ストリート

 錬金術師アルケミストと呼ばれる「技術師」──魔力物質をエネルギーとするからくりを主に研究する研究者達──が集まって暮らす通りの、それは何の変哲もない朝の事。


 ある家の上空では朝一番で飛行機械研究家が風見の塔のてっぺんから墜落し、

 ある家の台所では機械が爆煙と爆音と料理を一度に吐き出し、

 ある家の窓辺ではトーストをかじりながらそんな有様を詳細に日誌につける人がいて、

 ある家の居間では昨日の朝からずーーっと寝ている人がいる。


 いつも通りの風景。


 そんな中、通りを歩いて行く一人の女性がいた。寝起きなのか、何となくもしゃっとしたショートヘアに寝ぼけまなこで、長身にちょっと振り回され気味にふらふらしながら。

 手に、よく育った大麦がそよぐ器を抱えて。

「あさごはん……あたしのー、あさごはん~……」

……べそまでかいて。


 彼女──エリカは、この通りに住む錬金術師の一人だ。

 夜はしゃきしゃき姉御肌、昼はとろ~んとお寝ぼけモード(実は熟睡中)でほとんど一日中を動き回って過ごす、ちょっと変わったお嬢さん。難点は、昼と夜のモードの間に記憶の互換性がない事。

 そんな彼女に、一体何が起こったのか?

 時間を遡ってみよう。



「よ、よしっ! これでよ……し……」

 眠気と疲労でぷるぷるする土だらけの手が、部屋に張り渡された紐に草の最後の一房を干し終える。

「……も……もういいや……寝よ……」

 手を洗う間もなく、ぽふん、とエリカの頭が枕に沈む。



 夜間の素材集めを終えて明け方に就寝したエリカは、日が昇りきった頃にお腹が空いて、お寝ぼけモードで目を覚ます。



「……ぅゆうぅ……」

 もにゃもにゃと目をこすり、体を起こして第一声。

「……おにゃかすいたーぁ……」

 何故か泥だらけになっている手をぱちゃぱちゃと洗い、何故か着ていた色気もそっけもないローブをお気に入りのフリル付きローブにほにょほにょと着替える。

 通りのマスター言うところの『夢の中の住人』の、いつも通りの朝。

 いつも通りに朝ごはん。今日のごはんはオートミール。いわゆる『おかゆ』である。

「えへへへへへ……」

 しあわせそーにオートミールを炊き上げ、

「いたーだき、ます……ぅ?」

……塩気が薄い。炊く時に使った一つまみで最後なのはわかっていたものの、味付けにはそれで足りると思っていたのに。

 だからと言って、さすがにしょうゆは入れたくない。

 エリカはしばらく首をかしげていたが、ふと昨日のお昼時の事を思い出してぽんと手を打った。

 そういえば、お塩が足りなくなりそうだなぁ、と思って通りのマスターに分けてもらったのだった。昼寝していたところを叩き起こしてしまって、その場でぺこぺこ謝る事になったけれど。でも、マスターは寝ぼけてふにゃふにゃ言いながら声一つ荒げずに

「どぉ~ぞ~ぉお」

 と、お塩を瓶ごと貸してくれたのだ。

 あれで怒らないのだから、マスターはとてもいい人だな~、とエリカは思う。

 思いながら、風変わりな小瓶をふにゃふにゃと取り出してきて、中身をパラリ。


 一瞬、オートミールの表面に明るい緑色の光が浮かんだのは気のせいだろうか?


 もっとも、当のエリカは瓶のふたを閉めるのに一生懸命でそんな事には気が付かず。


 小瓶を置いて、スプーン持って。

「いたーだき、ます☆」


 そして、この時エリカは思った。

――どうして、器の中が緑色なのかにゃ?


 単に緑色なわけではなかった。

 それは、真っ直ぐな何かで。

 上に向かってすらりと伸びるそれを目で追えば、エリカの頭の上では見事な穂がさやさやと揺れていた。


 朝の光をいっぱいに受け、のびのびと育った大麦on朝ごはんの食器。


 なお、ご存知の方はご存知かと思うが『オートミール』は『大麦のおかゆ』である。

 何故なのかエリカにはわからなかったが、とにかく今、目の前の食器からは麦が生えていた。

 少なくとも、いかなお寝ぼけさんのエリカでもわかる事が一つ。


 これは、このまま食べられない。



 そんな頃、マスター宅では弟子とマスターが家捜しに追われていた。

「マスターっ! 『成長促進霊薬』の試作品、まだ見つからないんですかっ!?」

「そ、そんな事言っても……ないものはないんですよっ。困ったなあ……」

 これもまた、いつも通り。

 お寝ぼけエリカさんと寝ぼけたマスター。この二人のはちあわせで、年に何度か、月に何度かといった割合でこんな事件が起こるのは周知の事実。だが、今のところマスターとその弟子は、まだ現状に気付いていない。

「おっかしいなあ……」

 マスターは、もう一度記憶を辿り始める。困った顔でもしゃもしゃと引っ掻き回す頭に、弟子のお説教がきーんと響く。

「とにかく、まだ安全性試験も終わってないんでしょうっ!? お願いですから、試薬はきちんと棚に入れてくださいっ! ただでさえ食事テーブルの上まで機材が占拠しかけてるのに云々云々……」

「……はい」

 うっかり者のマスター、弟子に説教される毎度の朝。


 そして。

「……あーーーーーーっ!? まさかっ!!」


 マスターの叫び声が、通りの外まで響く頃。


 エリカが歩いて行く。

 両手に、大麦のそよぐ器を抱えて。べそをかきながら。


 マスターの家で、朝ごはんを食べるために。



 いつも通りの朝だった。

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