第28話 うわさ『カオナシ2』

「ねぇ、あのうわさ聞いた?」


 私の名前は知佳、県立大学の二年生だ。


 そして私が興奮気味に話しかけたのは紗有里。紗有里は怖いものは大嫌いな同級生だ。


「聞いてない」


「もう、紗有里はいつもそう言う」


「だって知佳と違って私は怖い話が苦手なんだもの」


「誰が怖い話って言った?」


「えっ、違うの?」


「違わないけど」


「やっぱり。何の話かは知らないけど聞いてないし聞く気もないわ」


 紗有里は本当に怖い話が苦手なのだ。


「冷たいわね。でもそう言いながらもいつも付いてきてくれるのが紗有里なんだよねぇ」


 そうなのだ、知佳一人で危ない場所に行かせるわけにもいかない、ということでいつも一緒に行ってくれるのが紗有里だった。


「今回は行かない」


「えっ、なんで?」


「嫌な予感がするのよ」


「紗有里の感は当たるからなぁ、霊感もあるし。となると」


「行くのを止める?」


「絶対に行く」


 そうなのだ。紗有里が悪い予感がすると言った時は本当に怖いことが起きる確率が高いのだ。そんな好機を知佳が逃す筈がなかった。


「明日の土曜日は暇だよね」


「バイトは無いけど」


「うん、知ってる。今日はうちに泊まりなよ」


「嫌よ、一晩中怖い話をして寝かせないんだから」


 いつも知佳の家に泊まる時はホラー映画観賞会になるか知佳の仕入れた怪談を聞かされるのが常だったのだ。結局断り切れずに紗有里は知佳の家に泊まることになってしまう。いつものことだった。


「それでね」


 この夜は知佳が仕入れた噂話の披露と、その真偽の検証のために明日出かける計画を練るのだ。


「早速?」


「夕食も食べたしお風呂にも入ったんだから、それしかないでしょ」


「もういいわ、好きにして」


 紗有里は諦めることにした。いくら言っても知佳は聞かないからだ。これさえなければ親友として申し分ないんだが。


「それでね」


 改めて知佳が話を始める。話はだいたいこんな感じだった。


 紗有里たちの住む街から電車とバスで1時間半ほど離れたところに過疎化が始まっている村がある。村は市町村合併の時にどこにも相手にされなかったらしく今でも村だった。そこに『カオナシ』という妖怪が実在する、というのだ。


「カオナシ?何処かのアニメの出てた奴じゃないの?」


「違うわ。妖怪は妖怪なんだけど顔がない、ってことは顔が欲しい、ってことなのよ。それでね、実は私が高校の同級生だった江里菜って子がその『カオナシ』を探しに行って行方不明になったのよ」


「そんな。知佳の友達が?」


「そう。当時は新聞にも載ったのよ。今でも見つかってないんだけどね」


「でも本当に友達が行方不明だなんて大丈夫なの?」


「うん。仲良かったんだけどね」


「そうじゃなくて、そんな場所に行くことが大丈夫なの?って意味なんだけど」


「ああ、それね。まあ、もしかしたら何か手掛りが、とか思ってない訳じゃないけど」


「そうか。それもあって行きたい、ってことね」


「まあ、そんな感じ」


 『カオナシ』は夕方の4時くらいに若い女性に後ろから声を掛けてきて『あなたの顔をちょうだい』と言うらしい。


 もちろん誰もが断るのだが、嫌だと言うとそのまま殺されてしまうらしい。遺体をずるずると引き摺って行くのだと言う。その引き摺られた跡が毎回くっきりと残っているらしいのだ。


「それでもし『いいよ』って言ったらどうなるの?」


 紗有里の素直な疑問だった。


「そりゃ『カオナシ』に顔を取られるんじゃないの?」


「確かにそうなるわね」


 知佳の目が輝く。


「まさか」


「ええ、もし『カオナシ』に会えたら『いいよ』って言ってみない?」


 これが知佳だとは判っていたが、そんな危ないことをさせる訳には行かない。


「絶対だめよ。そもそも行っても会える保証もないんだし、明日はどこか買い物にでも行きましょう」


 そんなことに素直に合意する知佳ではないことも十分判っているのだが紗有里には悪い予感しかしていなかったのだ。


「嫌よ、絶対に明日行くから。紗有里が来ないなら一人で行く。買い物に行くなら朝から行けばいいし、向こうに三時には着くように行くから」


 そう言うと知佳は先に寝てしまった。気が付くともう日付が変わっていたのだ。


 次の日、結局一人でも行くという知佳を本当に一人で行かせるわけにもいかないので紗有里も付いていった。いつもこれの繰り返しだ。ただ本当に今回は悪い予感が止まらなかった。


「さあ、着いたわ。なんだか寂れた村ね」


 バスに最後まで乗っていたのは終点の村に行く二人だけになっていた。途中でみんな降りてしまったのだ。着いた時は三時半を回っていた。


「帰りのバスは五時で終わりなんだから、それまでにバス停に戻らないと歩いて帰ることになるわよ」


「判ってるって。でも1時間ちょっとしか時間が無いと会えない確率が高いわね」


 バス停から舗装されていない村の道を適当に歩き出す。なんとかそれだけで戻れるといいのだが、と紗有里は願っていた。


 村の雰囲気の暗さもあり冬の曇り空の所為もあって、辺りはもう薄暗くなりはじめていた。街灯が少ないのも理由なのだろうが、そもそもあっても点灯しないのではないか。


「出ないわねぇ」


 知佳は能天気に先を歩いている。『カオナシ』は後ろから声を掛けて来るので、もし居たとしても声を掛けられるのは紗有里の方だ。


「居る訳ないじゃない」


「でも本当に若い女性は全然居ないみたい。それってちょっとは可能性あると思わない?もっとも村に来てから誰とも会わないけど」


「思わない。でも本当に誰とも会わないね」


「紗有里はいつもそう言うんだから。いくら過疎化が進んだ村だとしても、人っ子一人居ないって言うのは、ちょっと変じゃない?」


「もしかして本当に『カオナシ』が出る時間帯だから誰も外を歩いてないのかしら」


 その可能性はある。紗有里は異様な雰囲気を感じていた。二人の周りだけ周囲から隔絶されたかのようだ。その時だった。


「お嬢さんたち、こんな村に何の用だい?」


 後ろから声を掛けられて二人が驚いたのは言うまでもない。後ろに人の気配が無かったからだ。二人が振り返ると70歳くらいのお婆さんか立っていた。


「あ、お婆さん、実は私たち『カオナシ』のことを調べていて今日は実際にこの村に来てみたんです」


 知佳が正直に全て話してしまった。村の人が気を悪くするに決まっているのに。


「なんと『カオナシ』のことを調べておるとな。悪いことは言わん、直ぐに引き返すこった。後悔することになるぞ」


「えっ、それじゃあ『カオナシ』は本当に居るんですか?」


「何じゃ、信じてここに来たんじゃないのか。それじゃ尚更じゃ、直ぐに帰りなさい。本当に『カオナシ』に出会ってしまう前にな」


 それだけ告げるとお婆さんは二人を追い越して行った。


 知佳の顔に満面の笑みが浮かぶ。『カオナシ』は実在するのだ。時刻はそろそろ四時になろうとしていた。


「本当に居たじゃない『カオナシ』。でもさ」


「ん?なに?」


「さっきのお婆さんも変じゃなかった?」


「変?」


「後悔することになるぞ、って言ってた」


「そのままの意味だよね、別に変なことじゃないんじゃない?」


「いや、そうじゃなくて、忠告するだけじゃなくて本当に『カオナシ』が居るならもっと真剣に止めたりしない?」


 紗有里が言いたいことはよく判らなかった。


「そうかも知れないけど、それがどういうことになるって言うの?」


「そう。あのお婆さん『カオナシ』のやっていることを容認しているっていうか、仲間?とか」


「そんな訳ないじゃないの」


「だよね。でもなんか変な気がするんだよね、上手く言えないけど」


(ああ、やっぱり最悪の事態になっちゃった)


 紗有里の感は当たるのだ。


「知佳」


「ん、何?」


「あなた、本当は何か知ってる?」


「何で?」


「知佳、この村に来てから、なんか雰囲気がいつもと違うんだよね」


「そう?」


「私に何か言うことない?」


 紗有里が知佳に向かって問う。


「言うこと?何を言えばいいのよ」


「私から言う?『あなたの顔をちょうだい』とか」


「えっ?」


「ちゃんと後ろから声を掛けないと駄目なんでしょ?」


 紗有里は声を荒げることもなく冷静に知佳に向かって重ねて問う。


「なんで判ったの?」


「知佳は私の幼馴染って言ったよね」


「そうよ。幼稚園までは一緒だったよね。それで大学で再会して今に至る、って感じ」


 知佳には紗有里が何を言いたいのか判らなかった。


「そうね、確かにあなたは知佳の記憶を完璧にトレースしている。でもね、私には判ってしまうのよ、あなたが知佳ではない、ってことが。ただ確信を持ったのはここに来てからなんだけれど」


「やっぱりあなたは危険だった。ここに連れて来て正解だったわね。そろそろ顔も変えたかったし」


「知佳はどうしたの?」


「知佳はここに居るじゃない」


「あなたは知佳じゃないわ」


「ちょっと勘違いしているようね、私は知佳なのよ。そして私が知佳になった時に死んだのが知佳の友達だった江里菜って子。結構気に入ってたんだけど、知佳が無理やりここに連れてきたから顔を変えざるを得なかったのよ。この顔や性格は全然私好みじゃないわ。だから」


「だから私、ってとこと?」


「そいうこと。理解が早くて助かる」


 紗有里の後ろにはさっきの老婆が立っている。


「あなたの顔は知佳よりずっといいし、その臆病な性格も好みだわ」


「おい、ちょっと待て」


「何よ、お母さん」


「その方は駄目だ」


「その方?」


「その方は、そのお方は始祖様だ」


「始祖様、って最初の『カオナシ』ってこと?」


「そうじゃ。殺気は確認が持てなかったが、間違いない、始祖様じゃ」


 紗有里は少しだけ嫌な顔をしたが直ぐにその表情を消した。


「お婆さん、私のことを知っているのね。じゃあ話は早いわ、この子をちょうだい、あなたの娘なんでしょ?」


「ちょっと待って、ちょうだいってどういう意味よ」


「そのままの意味よ。しかし『あなたの顔をちょうだい』って誰が言い出したの?そんなことを言わないと顔を変えられないなんて『カオナシ』も落ちたものね」


 そう言うと同時に知佳だった物が倒れ込んだ。それを見下ろすのは、知佳だ。


「じゃ、後はお願いするわよ」


 そう言うと知佳の顔をした始祖はバス停へと向かった。


 老婆は涙をいっぱいに浮かべながら娘を引き摺る。僅かな抵抗として引き摺る娘の顔を上向けにして。




 

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綾野祐介短・掌編集 綾野祐介 @yusuke_ayano

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