第一話2 Discovery
瓦礫の中でも人間は生きて行ける。そう知ったのは十二歳のときだった。
もともといたソ連の西東京占領地の綺麗な町でアサヒ・フジムラは家族を全員失った。
彼もイレイザーの巨大なアームに捕らえられ絶体絶命の状況にあったのだが、なぜかその場にいたイレイザー数機が暴走し、彼を掴んだまま西東京とアメリカ領土の東東京を隔てていた高い壁と有刺鉄線を壊して越えてしまったのだ。
そこからどうなったかはあまり覚えていないが、とにかく壁を越えたあと停止したイレイザーの巨大な手から必死でもがいて抜け出し、走って逃げた。
当然ながら壁を越えるのは例え暴走であっても領域の侵犯だ。
あっという間に戦火が広がり、気づいたら西東京と東東京の境目は戦場になっていた。
二ヶ月ほどでその戦いは終わったが、境目は人が住めるような場所ではなかった。そのため境目は両国から放棄され、廃東京と呼ばれるようになった。
結局流れ着いた日本人が住み着くようになり、7年経った今はある程度栄えているのだが、法律が無い以上ここにはありとあらゆる人間がいた。
帰路につくアサヒのすぐ横を馬鹿笑いしている数人のソ連兵がすれ違う。おそらく金のない日本人の年端も行かない少女を買うために来たのだろう。
こうして風俗代わりにこの廃東京を使う外人はよく見る。どうやって西東京から壁を越えて抜け出してきているのかは知らないが、出るのは簡単なのかもしれなかった。
案外ずさんなのだ、きっと。
そう考えているうちに市場に入った。
昔アメリカ人が使っていた巨大な道路はそのままマーケットになっている。このスラムにおける経済と生活の拠点だ。このスラムで生きていくにも金が必要なのだ。
もちろん警察も法律も無いから泥棒などをして生きていくしかないものもいるが、というかそれが大多数だが基本的には返り討ちにされ殺されるリスクも大きい。となればマーケットで物を売って金を稼ぐか、水商売で外人に買ってもらうしかないのだ。
ちなみにアサヒは先ほどのようなビルの瓦礫を回収し、鉄骨を取り出してアメリカの業者に売りさばく商売上手なやつのもとで働いている。
ガラクタとはいえイレイザーを四機保有しているということはそこそこ儲かっているのだろう。運良く瓦礫には困らない町だし、六人で動かすしかないイレイザーを一人で動かせる特技のおかげでクビになることもなさそうだった。
先ほどのソ連兵同様「アメリカの業者」とやらもどうやって廃東京に来ているのかはまったくもって謎のままだが。
まあ、そういうわけでアサヒは市場で夕飯になるような物を探しつつ、寝床にしている廃墟のもとへ向かっているのであった。
好物のコロッケが安かったのでご機嫌だった。だったはずだった、のだがアサヒは目の前に広がる面倒くさそうな光景に疲れた顔でため息をついた。
「また行き倒れか……」
暗くて細い裏路地で困り果てたように立ち尽くすアサヒ。そのボロボロの靴を履いた彼の足の先にはあまり大きくない白い塊のような物が転がっていた。
よく見れば人間のようなシルエットにも見えるが、この小柄さだ。おそらく行き倒れと見て間違いない。 白い服は薄汚れているが、どうにも最近汚れたばかりのようでほつれなどは無い。おおかたこの街に最近流れ込んだ浮浪者で、生きて行けずに飢えて倒れたのだろう。
まあ普段ならこういった面倒ごとは無視するところなのだが、今日のアサヒはあいにくご機嫌だった。
その上、この塊をなんとかしないとこの路地は狭すぎて通れそうも無く、とにかく生きていようが何だろうがどかさなければならなかった。
まあ自分も昔行き倒れているところを今の職場の主任に拾ってもらった身だ、たまにはどかすだけでなく人助けもいいだろう。そんな気持ちで白い塊の近くにしゃがみこんだ。
「おい、大丈夫か」
「……」
声を掛けるも返事は無い。暗がりでよくわからないが長い白髪が生えているように見える。俯せだから顔は見えなかったが、老人なのかもしれなかった。
「死んでんのか?」
「……」
ぴくり、と微かにその身体が動く。若干呼吸しているようにも見えるからおそらく死んではいないのだろう。埒が明かないのでとりあえずアサヒはこの老人らしきものをひっくり返すことにした。
「……」
ひっくり返して出てきたのは西洋トランプのジョーカーのような老人ではなかった。
というよりも、あらゆる意味でアサヒは絶句していた。
白い。服も、髪も、あらゆるものが白い少女だった。まるで人形のような、むしろ機械のような精巧さを感じる少女。だが、それ以上にアサヒを動揺させていることがあった。
「……お前……まさか」
脳裏に七年前の光景がフラッシュバックする。平和な日常に襲いかかってきたイレイザー。頭が消し飛ぶ父親、そして……。
死んだはずの妹。
「……う……な、に」
そこでひっくり返した事により覚醒したらしい少女のうめき声でアサヒの思考は途切れた。同時にその記憶を振り切る。
「いや、なんでもねえ……大丈夫か?」
「だい、じょう、ぶ」
そう言うと少女はふらふらと立ち上がった。立ち上がった事によってその顔が月光に照らされて浮かび上がる。そうして見るとますます死んだはずの妹に似ていた。
四歳離れだった妹。もちろんこんなに白い髪はしていなかったし、むしろ黒髪だったはずだが、翡翠色の目は同じだった。
ゆっくりと立ち去る真っ白な少女を彼はしばし時が止まったように呆然と見送っていた。しかし、その静寂を一つの不協和音が乱した。
少女の腹が鳴る音だった。
立ち止まる少女。そのままふらふらと倒れ込む。
「お、おい! ちょっと大丈夫じゃなさそうだぞ!」
「だ、だいじょうぶだから……構わないで……」
「うるせえ! ちょっと来い!」
強引にアサヒは少女に肩を貸して身体を起こさせる。対して少女は青ざめた顔をしながらわずかに抵抗の意思を見せた。だが、妹に似ている事もあって放っておけなかったためアサヒは無理矢理にでも担ぎ上げる。こんなところにいたらどうなるか分かったものではない。
「……かまわないで……」
「コロッケあるぞ!」
「…………!」
どうやら彼女もコロッケが好きなようだった。
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